夜の兎 | ナノ


▼ 2

 新年も開け、数日後。爆豪、名前、轟、緑谷の4人は仲良く電車に揺られていた。


「仲良くじゃねーよ」


「そう?」

 
 爆豪に貰った手袋をつけたまま名前がひらりと手を振る。爆豪は不服そうな顔をした。


「爆豪って、緑谷と同じぐらい揶揄いがいがあるよね」


「一緒にすんじゃねぇ!!!」


「ほら」 


 ピシッと指した指の先には目を釣り上げた爆豪がいる。反応がいい、と笑う名前の一つ隣、1番左端で同じく名前の挙がった緑谷が「ははは」と乾いた声で笑った。


「着くぞ」


 降りることにも慣れた駅を轟に続いて降りる。学校の訓練も嫌いじゃないが、やっぱり実戦じゃないと。なによりヒーローは本気で殺そうとはしてくれない。それに元より学のない自分だ。寺子屋どころか、学校と名のつく物には通ったことすらなく、ただ座ってお勉強しているよりは動く方が性にもあっている。

 久々のインターンにワクワクを隠さない名前を轟、緑谷は楽しそうだな、と微笑ましげに見ていたが、その本質がただの闘争本能という欲求不満であることを見抜いていた爆豪は「戦闘バカが」とジトりとした目で睨み付けた。


「はは、楽しくなれば良いね」


 間違いじゃない、と否定することもなく名前が笑う。それから4人は改札を出て、事務所と1番近い出口へと向かった。


「今日は…晴れかぁ」


 マフラーの中で肩を竦め、空を見上げる。冬の寒い空気の中、夏よりも澄んで見える空は陽の光を遮ることなく落としていた。


「早よいけや」


 爆豪に急かされながら、左手に持っていた傘を空に差す。


「それって…」


 黒を混ぜたようなくすんだ赤がパッと開いた。冬の景色の中でよく映えるそれは、気分によって使い分けている名前のコレクションを一通り見たことのある3人ですら初めて見たものだった。


「カワイイでしょ?」


 くるくると回る深紅の傘は名前の瞳と同じ色であり、白い肌によく合っている。轟、緑谷は深く頷いた。


「名前何にしようかな」


 「先に私の名前書いた方がいい?パクられちゃうかも」と心配するように傘をくるくると回す名前が尋ねる。緑谷は傘を上から下まで見て、言葉を選ぶように眉を八の字に曲げた。


「ど、どうだろう。ちょっと大きすぎるかも……」


 滑り止めの巻かれたグリップ部分は両手を上下にして掴んでも余りあるほどに長く、女性の手とはいえ、名前の手が一周するほどの太さがある。全長は前のと同じ、身長程だが、やはり傘にしては大きく特殊な和紙は重厚感がある。実際に超怪力に合わせた素材や強度を考えれば、重量も相当なのだろう。相当な土砂降りの中でも、あの傘が誰かに取られるとは思わない。


「そう?」


 機能面に関しても、その傘は名前を満足させた。重さ、強度共に物足りなさは感じないし、内蔵されている銃が変更され、銃というよりもランチャーのように爆発力のある弾が打ち出せるようになった。代わりにマシンガンのような連射は出来なくなったが、元々、使っていたものがそのタイプであったため、手はむしろ馴染みを感じていた。その他にも一つ、また新たな機能が追加されているのだが、そちらは攻撃としての使い方はできず、名前自身、どう使うか、と悩んでいるところである。


「新しいやつか」


「そー」


 この傘はクリスマスの朝、枕元に置いてあったプレゼントの中に入っていたものだ。


「(さん太のおじさんホントに凄かったんだ)」


 色合いも機能も自分の好み通り。誰かに話したことがあったような気がするが、さん太とやらに話した覚えはもちろん無く、ただただ不思議であった。いつか居酒屋でぐだぐだと管を巻いていたじいさんとトナカイがやったとは到底思えない。とはいえ、届いたことは事実であり、名前は考えることを早々に辞めると「あ」と一声、見えた赤に向かって小走りで近付いた。


「エンデヴァーさん」


 他の3人を置いていく形で駆けた名前が勢いを止めることなく進む。だが、いつまで経っても彼女に止まる気配は無く、名前はそのまま仁王立ちのエンデヴァーのパーソナルスペースを踏み越えた。


「…!」


 どこまで来るのか。そうして、エンデヴァーが条例違反だと周囲に思われてしまうような出来事を危惧した時、名前の足がぴたりと止まった。そして、自身の顔を見上げ、「傷、残ってる」と笑顔を作る。エンデヴァーは物理的に懐に入り込むような距離に一瞬、固まった。


「(そう、だったな)」


 するりと入り込んできたかと思えば、距離を空け、急に近くなる。そんな、意表を突くような行動をする名前の特性、それを知ってはいても、対応しきれないエンデヴァーの反応はなかなかに名前の悪戯心をそそった。


「男前になってる」


「む。そうか?自分で言うのもなんだが、女性はあまりこういうのは好かんと思っていたが」


 一歩足を引き、再度名前がエンデヴァーの顔を見る。轟と同じく、エンデヴァーの左側の顔には脳無によって付けられた傷が額から口元にかけ、深く刻まれていた。


「そうなの?」


 たしかに、造形的には好まれる見た目では無い。だが、人の価値は、美しさは、見た目だけではない。傷の奥に見える彼の魂が、輝きが価値を決めるのだ。名前は目元を細めた。


「私は好きだよ。なんだっけ…名誉の負傷?」


「見てたのか。そう言って貰えるとは嬉しいもんだな」


 前回、会った時よりも幾分かエンデヴァーの雰囲気が変わっている。きっと初めて会った時であれば、こんな風には喜ばれなかったはずだ。

 私も彼と戦ってみたいなぁ。せっかくの強者がいるに何もしないなんて。赤髪野郎が居たら笑われそうだ。頼めば手合わせぐらいはしてくれるだろうけど、多分、本気は見せてくれない。私が敵にならない限り。ヒーローを選んで後悔は無いが、涎垂らして見てるだけなのも案外きついものがあるな、と名前は困ったように眉を寄せた。


「…悩ましいなぁ」


「名前」


 小さな呟きに被せるように轟が名前を呼ぶ。そして揃った4人にエンデヴァーは一言、歓迎とも取れる言葉をかけた。


「ようこそ、エンデヴァーの下へ」


「なんて気分ではないな。焦凍の頼みだから渋々許可したが!!当初はこの二人だけのはずだった!!」


 だが、すぐさま撤回される。腕を組んだエンデヴァーが名前と轟を指差し、緑谷、爆豪を威嚇した。


「許可したなら文句言うなよ」


「しょっ、焦凍!!」


 なんて代わりようか。焦凍の頼みだから、なんて言葉が出てくるとも思わなかった上、轟の正論すぎる指摘に名前は我慢できずに吹き出した。


「補講の時から思ってたが、きちィな」


 怒るわけでも、ツッコむ訳でもなく、至極冷静に爆豪がそう言った。それが尚のこと名前の笑いを誘った。


「焦凍、本当にこの子と仲良しなのか」


 爆豪の頭上にナメプ、デク、ショウワルが乗った秤と、トップが乗った秤が天秤に吊るされる。それは何度か上下を繰り返し、ギリギリのところでトップの乗った秤に傾いた。


「まァトップの現場見れンならなんでもいいけどよ」


「友人は選べと言ったハズだ!」


 失礼な言葉と共に轟を怒鳴りつけるエンデヴァー。


「どんまい爆豪」


「黙ってろテメェは」


 会って早々、グダるこの場。なんとかその場を収めようと、唯一の常識枠、緑谷が「許可して頂きありがとうございます」とお礼を述べた。


「学ばせてもらいます」


「焦凍は俺じゃない…だったな」


 歩き出したエンデヴァー。その後ろをついて4人が歩き出した瞬間、名前の体がピクッと跳ねた。そして2人が同時に走り出す。


「申し訳ないが焦凍以外に構うつもりはない。学びたいなら後ろで見ていろ!!」


 後ろを振り向き、そう言ったエンデヴァーの視線が隣を走る名前を見た。


「学べるもの、何か楽しみだなぁ」


 “後ろで”その言葉への返答と、学べるものがあればいいな、という言葉遊びのような軽い挑発。


「軽薄だな。存分に楽しんでいけ」


 それに対するエンデヴァーの答え。楽しめることがあると言うのか。名前は来て早々、事件が起こるという幸運とこれからの期待感に笑顔を浮かべた。


「指示お願いします!」


「後ろで!!見ていろ!!」


 3人を置いて、エンデヴァーがさらに加速する。名前もしばらくは並走していたが、火だるま状態で滑空し始めたエンデヴァーと同じ行動が取れるわけもなく、ビルの屋上で足を止めた。


「ホームグラウンドってやつね」


 エンデヴァーの脳には街の地図が入っているのだろうが、こちらはそうはいかない。そういう時は闇雲に追うなどせずに俯瞰して見ればいい。そうすれば道だけでなく、状況も分かる。どこぞの鳥はいつもしていることだろう。高さのある建物の上を駆け、エンデヴァーを別のルートで追う。騒乱の音が近付き、ビルの隙間から空中を浮遊するターバンを巻いた老人の姿が見えた。


「きゃー!」


 周囲のビルの窓が一ヶ所に集まり、悲鳴が上がった。ビルから身を投げ、足が地面についたと同時に駆ける。老人の手元には水のような硝子が集まり、巨大な球を形成していた。エンデヴァーの体がビルの隙間に一瞬見える。


「(にしても)」


 エンデヴァーのいる街で硝子を使う個性なんて、無謀すぎるな。知らなかったのなら運が悪いで済む話だが、No.1ヒーローの所在を知らないことがあるだろうか。何か隠し持っているのか。


「近付けさせるか!!」


 老人の仲間か、挙動の怪しい数人が道を阻む。女1人、侮りか、老人を助けにか、そこから数人が別れ、エンデヴァーのいる通りの一つ後ろの通りに向かった。


「よっ」


 両手を開いて止めようとする3人の抱擁をジャンプで避け、まとめて横蹴りで壁に沈める。そして、ビルの数階の壁に取り付けられた室外機を足場にさらに跳躍した。小さなビルを斜めに超え、通りの側で待ち構える仲間と老人、そして老人を追うエンデヴァーの進む先に向かい体が落ちていく。反対側には緑谷達の姿が見えるが、距離からして名前が先に着くだろう。 

 じいさんはエンデヴァーがやる。自分は前の3人を。そう考えた瞬間、名前は自身に近付く気配に後ろを振り向いた。


「ん、」


 ぽすん。柔らかな抱擁が体を受け止め、気の抜けたような音と共に顔と背中に軽い衝撃が起こる。自然の摂理に則り、名前の髪はふわっと前に流された。それと同時に赤い羽が視界の中で放出される。


「今じゃ!!」


 羽は爆豪や緑谷よりも早く待ち構えていた敵を倒した。


「あれ!?ああ!!インターンか!ごめん、俺の方がちょっと速かった」


「ホークス!?」


 名前の攻撃を中断し、体重とスピードを乗せた体を軽く受け止めつつ、攻撃までも行ったその人物は名前が戦闘において、過度な助力を嫌うことを知っているためか、傲慢な振る舞いの詫びをするように今度はゆっくりと地面に向かって自慢の羽を羽ばたかせた。


 

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