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楽しい時間が終われば次はそれを片付ける時間がやってくる。「これ持って行っていい?」「俺、洗い物するわ!」と各々が仕事を見つけ、作業を分担する中、名前も例外に無く片手に乗せた大皿に幾つかの食器を乗せ、片付けに従事していた。
「これ持てる?」
「ああ」
落とすかもしれないから、と手には乗せず、机の上に積み重ねて置いていた食器の束を指差し、キッチンに向かって歩き出す。すると、後ろを歩いていた轟が突然、少しスピードを上げた。
「轟?」
そしてすれ違いざまに空いていた手首が取られ、そのままどこかへと連れられていく。突然のことに驚きながらもそれについて行けば、向かう先には爆豪、緑谷の2人の姿があった。
「緑谷、爆豪。もし行く宛が無ェなら。来るか?No.1のインターン」
だから自分も連れてこられたのか。名前はパッと笑顔を浮かべると軽く腰を曲げ、顔を寄せた。
「いいね、それ。それがいいよ。楽しくなりそう。ね?いいでしょう?きっと強くなれるよ。今よりネ」
一つ一つ区切るよう、ゆっくりと言葉を放つ名前。そんな強引さと共に甘さを含んだ誘惑が轟の提案を後押しする。2人は一度目を合わせると、それに是認した。
「親父には俺から伝えとく」
「楽しみだネ」
背中で両手を結び、「よろしく」と名前が笑う。
「きっと退屈しないネ」
轟は2人が同意したことと、喜ぶ名前の姿がただ嬉しく、「そうだな」とそれに同意した。だが、言葉の裏に勘付く人物もいる。
「チッ」
「きっと退屈しない」。まるで自分達がただの暇つぶしか、遊び相手のような言い方だ。強さを求めてインターン行くわけでもなく、自分達に負けると思っていないからこそ出た言葉。それは意識的だとしても無意識だとしても未だ勝ち越せてはいない爆豪の苛立ちと競争心を煽るには十分だった。
「行きゃトップの現場、見れるだけじゃなく、テメェを負かす機会も手に入るっつーわけだろ。退屈なんざさせねぇ。せいぜいビビってろ」
「強気だねぇ」。そう言うと名前は片手を伸ばし、爆豪の腕と体の隙間に入れ、腕を組むように軽く身を寄せた。
「ビビらせるぐらい強くなってくれたら私も嬉しい。あ、そうそう。手袋。丁度、新調しようと思ってたの。手が寒くて。ありがたくコレ使わせてもらうネ。……でも、バクゴーも同調圧力に屈しちゃったなんて、意外だったなぁ」
「うっせえ!!!文句あんなら返せ!!」
払い除けられるのと同時にくるりと回り、轟の食器を持つ。そして手袋に手を伸ばす爆豪を見て、名前はニンマリと笑みを浮かべた。
「やっぱり爆豪のだったんだ?」
「ちげぇ!!!!!!!」
「隠さなくてもいいのに。男女兼用、どこでも使えて、付け外しもしやすい。相手のこと考えてる人なんだぁ?って思われるだけだよ」
それを言われたくなかったんだろうが!!爆豪はそう思ったが、口に出せば認めていることになる上、さらに揶揄いの種にされるだけなのは目に見えている。それに目を細めた名前の顔。爆豪の額に筋が立った。
「クソ性悪女がァァ」
「えええ」
爆豪が一言、恨み言を溢しただけに止めたことに驚く緑谷。だが、それと同じく、爆豪を揶揄う度胸と、宣戦布告を軽くあしらう名前にも驚いてしまう。そしてそれを「仲良いな」なんて見つめる轟。このメンツでのインターン。なんだか、とても…。緑谷は不安と驚き、そして学びへの期待を感じながら3人の顔を見回した。
──────────
「片付けしてるとまたお腹空いてきそう…」
一体、その腹の限界はいつ来るのか。呟き1つで周囲を慄かせながら、食器を全て運び終えた名前がソファに座る麗日とエリちゃんのもとに歩み寄る。すると、麗日がどこか困ったような顔をしていることに気がついた。
「どうしたの?」
「エリちゃん寝ちゃいそう……どうしようか」
ソファの背から頭だけを出しているエリちゃんの顔を覗き込めば、ワインレッドの瞳はすでに閉じられ、頭は大きく船を漕いでいた。
「どうしたい?戻る?ここにいる?」
名前はよく、選択肢を与えるような言い方をエリちゃんにした。それは名前が自分で決めたこと以外、する気がないから、というのが理由であるが、それは意外にもエリちゃんの自己主張を育てるという面で効力を発揮していた。
「おとまり…する。おねーさんのおへや」
「私の部屋?」
「ん、」
「ちょっと待ってね」
エリちゃんを抱き上げ、相澤の顔を見る。相澤は一度、小さく頷いた。可である。
「いいよ。皆、片付けちょっと抜ける」
「もう終わっから気にすんな」
両手を布巾で拭いながら砂藤が手を振る。そしてそれに合わせ、クラスメイト達もエリちゃんに挨拶をした。
「「「エリちゃんおやすみー!」」」
「おやすみなさぃ」
ーーーーーーーーーーー
ぶんぶんぶんぶん。扉が閉まり、2人の姿が消えても尚、手を振り続ける生徒達。エレベーター横の表示板が2に変わった瞬間、生徒達は相澤の元に集まった。もちろん、そこには上鳴と切島に無理やり参加させられた爆豪の姿もある。これはクラスあげてのオペレーションなのだ。
「……エリちゃんのプレゼントも用意してるんだが…まさかの事態だな。絶対に夜野を攻略しなければならなくなった」
「アレは用意してるか」という相澤の問いかけに耳郎が「はい」と返事をした。
「リカバリーガール特製の栄養剤です。睡眠成分ありのやつ」
取り出されたのは1つのカプセル。第一関節分はありそうなそれは少し大きめだが、先程の名前の嚥下力なら問題は無い。
「お前ら間違ってもコレ食うなよ。最低でも数日は起きられん。数グラムで鯨も寝るらしいからな」
「なんつーもん作ってんだリカバリーガール!」
しれっと言いのけた相澤だが、鯨も眠るような薬を飲ませて大丈夫なのかは疑問が残る。すると相澤は生徒達の心配を払拭するように「その辺はちゃんとあいつ用に調整してある。ミッドナイトも監修済みだ」と言った。眠りのプロとも言えるミッドナイトのお墨付きがあるなら…と納得する生徒達。
「何を警戒してるのか、元来なのかは分からんがアイツは気配に敏感で普通に行っても近づけん」
相澤は寮生活が始まった当初、人の気配が気になるから、と周囲が空室の教員寮で寝泊まりしていた名前を思い出した。それがクラスあげてのオペレーションである理由だった。名前を覚醒させることなくミッションを遂行できれば、それだけで強くなった証明になるのだ。とはいえ、薬ありきなことを考えれば、実力とは言えないだろうが、今回の作戦はそれをしなければ攻略ができないのだから致し方ない。
「で、何が欲しいかは結局分からなかった訳だが」
相澤は名前が蛙吹と一緒に書いたという手紙、いや葉書を掲げた。代わりに出しておいてやる、と受け取ったそれだが、住所と名前、裏面にメリークリスマスと筆で書かれているのみで、肝心な何が欲しいかの記載がない。年賀状か。誰かがツッコんだ。
「先生は何を用意したんですか?」
「エリちゃんには人形、夜野には傘だ」
相澤の用意したものはガンリキネコのぬいぐるみと傘である。気軽に持ち運べる重さでなかった為、荷台に乗せ、外に置いているとのことだった。
「意外とちゃんとしてる」
芦戸が呟いた。
「マイクにちょっとな。って、どういう意味だ」
初めはエリちゃんと名前、2人お揃いのパジャマだったのだが、クソダサであった為、プレゼントマイク及び他の教員陣に止められたのであった。
「「「(グッジョブプレゼントマイク)」」」
「僕らも一応、用意してたんです」
名前が以前、「相澤先生、センスない」と言っていた事を思い出し、クラスメイト達はもしものために自分達も用意していたのだ。
「俺らからはプロレスビデオシリーズ全集。エリちゃんにはおべべ!」
上鳴、切島、瀬呂、そして無理やり引かれた爆豪。
「私ら日焼け止め諸々が2セット」
女性陣。
「俺らはお菓子」
砂藤、障子、口田。
「僕らはゲームソフト」
麗日、飯田、緑谷、常闇。
「俺はコスプレいしょ、ブヘッ」
峰田が沈められる。
「俺は手打ち蕎麦セット」
轟。
「蕎麦はバレるんじゃねぇか」
「多いな。まぁ、エリちゃんとならそんなもんか」
どれだけ信用なかったんだ。と思いつつも、「とりあえず一纏めにするか」と相澤は持参していた大きな布の袋に放り込み、用具入れの中に置いた。
「一旦それは隠しておきましょう。あとは何とかして名前さんに薬を飲んでいただきませんと」
「作戦立てねーとな」
八百万と切島の言葉に頷く生徒達。しばらくして作戦会議を終えたリビングにエレベーターの到着する音が鳴った。
「「「(キタッ)」」」
コップに入れた飲み物にカプセルを割り、中身だけを入れる。結局、効果的な案は出ず、原始的に薬を盛るということになった。
「あれ、片付け終わってる。悪いねー」
「あ、ああ!良いって良いって!今、休憩がてら皆でジュース飲んでたんだけどよ!お前も飲むか?」
砂藤が仕掛けた。だが、名前は何かしらの違和感を感じたらしく、飲み物には手を付けず、真顔ながらも怪訝そうな雰囲気を醸しながら砂藤をじ、っと見つめた。
「な、何だよ」
「いや?なんか薬でも盛ってるような雰囲気だからさ」
ビックゥウ
その指摘に数名の肩が上がった。
「「「(す、鋭い)」」」
「美味いぞ」
そこで轟が一歩前に出た。薬を入れた瞬間を見ていなかった轟には怪しい様子は無く、名前も轟が自分を騙すことはないだろう、と少し警戒を解く。
「ふーん」
目の前に置かれたそれを手に取り、名前は口を付けた。よっしゃ、とクラス中が思った。だが次の瞬間、すすすと移動した名前がそれをシンクに向かって吐き出した。
「どうした!?」
「これ変な味がする。悪くなってない?みんなも飲まない方がいいよ」
ぬ、抜かったーーー!!もっと味の濃いものにするべきだった!!一つしかないのに!!その場にいた大半がそう思った時、名前がポケットから小さな袋を取り出した。中には先程と全く同じカプセルが入ってる。
「え?ちょ、名前、それどうしたの?」
「栄養剤?リカバリーガールが飲めって」
「「「(ナイス!!リカバリーガール!!!)」」」
そんな正攻法でいいんだ、と思うと同時にリカバリーガールのナイスアシストに感謝する生徒達。名前は新しいカップを取り出すと水を入れ、カプセルと一緒にゴクッと喉を鳴らした。瞬間、直立のまま、背中側に倒れていく。
「あ!」
緑谷が間一髪、頭と床との間にスライディングで枕を挟む。
「大丈夫か、名前」
あまりの効き目に心配になった轟がしゃがみ込む。口元から出る息はただ眠っているだけのようだが、強力すぎやしないだろうか。頭を打っていないか、と名前の頭の辺りに手を伸ばした時、閉じられていた目がぱちっと開いた。眠ってなどいなかったようにはっきりと開いた瞳が天井を見ている。
「(え、何。どういう事。効いてねぇのか)」
「(しらねぇよ!)」
ロボットのようにぐんっと勢いよく上体を起こした名前。生徒達の肩がまたびくりと跳ねた。
「よいしょ」
驚く生徒達を置いて、立ち上がった名前が歩き出す。
「寝る」
一言そう吐き捨て、後ろを振り向くこともなくエレベーターへ乗り込んでいった。呆気に取られる生徒達を置いて、扉が閉まる。完全にしまったその瞬間、エレベーターの中からガタンッと大きな音がした。
「…寝たな」
「あとは枕元にコレを置けば終わりだな」
相澤の言葉にクラスメイト達はぐっと親指を立てた。
―――数時間後―――
単純に面白そうだと思った数人と、心配でついてきた数人、そしてサンタ姿の相澤が名前の部屋に向かった。相澤にコスプレの趣味はないが、もし起きた時の為にとゴリ押しされてたのである。大きな袋を手に歩く姿は暗闇ではサンタにしか見えず、なかなかのクオリティに衣装担当であった八百万、芦戸、葉隠は満足気な顔をした。ゆっくりと足音を殺しながら四階、真ん中の部屋へと向かい、最小限の力でゆっくりドアを開ける。
「んん、」
微小な音を感じ取ったのか、唸り声と共にベットで眠る名前が片足と片手を上げて、寝返りを打った。隣で眠るエリちゃんも全く同じように寝返りを打つ。
「またアイツ余計なこと教えてんな」
「寝てるのにね」
扉の隙間から顔を出し、呆れる相澤に蛙吹が「でもかわいいわ」と返した。意を決し、相澤が一歩一歩中に足を進める。まだ起きる気配はない。薬は効いてるみたいだ。良かったと生徒達が胸を撫で下ろした瞬間、何本ものペンが猛スピードで相澤目掛けて飛んできた。
「うお、」
咄嗟に後ろに下がり、それを避ける。ペンは地面に連なるように突き刺さった。顔を上げると、目線の先には横になったままの名前がペンを投げた体制のまま手を伸ばしている。
「寝てんだよなぁ?!」
「上鳴しっ!!」
「天井から行くか…」
瀬呂ハンを部屋のカーテンレールに引っ掛け、今度は蛙吹が行った。空中を少しずつ進んでいく。名前に動きはない。あとは舌を伸ばしてプレゼントを置けば、そう皆が思った時、名前が天井に向かって脚を90度に上げた。
「ん!?」
そして真上に跳ぶ。蹴りである。咄嗟に障子がテープを回収したことで蛙吹には当たらなかったが、クラスメイト達の頬には冷や汗が垂れた。
「寝てんだよなぁ!?本当に!!」
寝てるかどうか怪しいほどの寝相だが、落ち着いた寝息が聞こえることからきっと寝ているのだろう。
「葉隠はどうだ」
常闇がそう言った。
「えっ!?私!?寝てるのに透明、意味あるのかなぁ」
「たしかに」
試してみるだけ試してみよう、とのことで、次に透明人間の葉隠が前に出た。一歩一歩ジリジリ近づくが、まだ名前に動きはない。いけるんじゃね?と皆が期待したその瞬間、葉隠の眼前、ピントも合わないほどの距離に丸い穴が見えた。いつ体を起こしたのか、立ち上がった名前が葉隠の顔面に傘を突きつけている。そして、ガチャっと傘に仕込まれた拳銃がリロードされた音が聞こえた。
「逃げろ葉隠!!」
「ひぇーー」
ワタワタ逃げる葉隠を追うことなく、名前は諦めたようにゆっくりと布団に体を落とした。
「…範囲があるんじゃないかな」
「範囲?」
「ほら、さっきのペン。あそこを超えると攻撃されるんだと思う…」
初めに投げられた数本のペン、その最も名前に近いペンを指さした緑谷。確かに数歩入るだけでは名前は動いていない。その可能性は高い。
「なんで自衛がオート?」
「どんな寝相だよ」
「寝相っていうんかあれ」
「縛るか」
動くなら動かなくさせればいい。相澤の一言で次の作戦は決した。
「瀬呂、やれ」
「あーらよっと」
作戦は瀬呂が初めに名前の体をテープで覆い、後は、全員で押さえる。ただ、それだけである。
「いいぞ!」
先に力自慢の砂藤、口田、障子、緑谷が押さえ、間を他の生徒が埋めていく。名前からは「んんん、」と不快そうな声を漏らした。少しずつ生徒たちの体が波打ち出す。
「「(相澤先生!後は頼みました!早くうう)」」
最後の仕上げに相澤が枕元にプレゼントの大袋を置いた瞬間、ぱちっと名前の目が開いた。時が止まって、数秒見つめ合う。すると名前がへにゃり、と惚けたような笑顔を浮かべた。そしてがばりと上体を起こす。
「さんた、きた!え、いち、に、さん、し、はは、いっぱいいるねー。全部つかまえたら懸賞金いくらだろ」
寝ぼけている上に本来であればあと数時間は眠るはずの薬だ。抜けきれていないそれに半ば眠り状態、錯乱状態の名前の目はぐるぐると回っていて焦点があっていない。誰がいるのかもよく分かっていないようであった。
「(だから爆弾魔じゃねーって!!)」
「(そんな場合じゃないよ!!どうする!!?)」
「(仕方ない。気絶させるか)」
相澤が手を出そうとした時、ふわっと甘い香りが周囲に漂った。咄嗟に捕縛布で自分と生徒の顔を覆えば、背後からコツコツとヒールの音がする。
「ふぅ、ギリギリだったわね」
甘やかな声に振り返れば、そこにはサンタコスにガーターベルトを合わせたミッドナイトの姿があった。個性をモロに食らった名前はパタンと背後に倒れ、またベットですやすやと眠り始める。
「助かりました。でも、何でここに」
「リカバリーガールから事情聞いてね。薬の効き具合見てこいって頼まれたの」
「最初っからミッドナイトに頼めば良かったな」
何はともあれこれで任務は完了である。生徒達は全員ほくほくした気持ちで名前の部屋を後にした。
「なんか頭痛いや」
「(あと半日は寝てると思ったが…)」
翌日、薬の影響で二日酔いのような症状に悩まされながらも大喜びする名前とエリちゃんの姿を見てクラスメイト達が涙ぐんだのは言うまでもない。
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