夜の兎 | ナノ


▼ 2

 
 時は流れてクリスマス当日。寮ではクリスマスを祝うパーティーが行われていた。


「「「Merry Christmas!!」」」


「めりーくりすます」


 赤いチャイナのさんた衣装を着て、椅子に腰掛けた名前が音頭と共にカップを傾ける。


「(ああ…)」


 アルコールが恋しい…。一口飲んで感じるりんごの甘さ。予想の範疇ではありながらも諦めきれないそれに失意の笑顔が漏れると共に眉が垂れる。せっかくならシャンパンとか…いや、辛口の日本酒も…味を想像し喉が鳴るが、法律というヒーローの最も守るべきルールがある手前、きっとここ、ヒーローの養成所である雄英では許されはしない。名前は久しく感じていないアルコールを恋しく思いながらもう一度コップを傾けた。


「お隣よろしいですか?」


「どーぞ」


 顔を上げれば食器を数枚乗せた盆を手に声の主である八百万がにっこりと笑う。同じくサンタを模した服装の八百万に名前は「ヤオヨロズ、カワイイネ」と褒め言葉を送ると、照れる八百万をふふっと笑い、すっ、と1つ横にずれた。そして轟、常闇、尾白が並んで座る右隣のソファの肘掛けにコップを置く。八百万から離れた視線は机の上に並ぶ食べ物の数々に注がれた。


「チキン…アメリカンドッグ…唐揚げ…何から食べよう…」


「取れるか?」


 ここから机は遠いだろう、と轟が皿を受け取る為に手を伸ばす。人の申し出は快く受け取る派、もとい、めんどくさがりな名前はその申し出をもちろん断る事なく、「任せる」と轟の手の平に皿を乗せた。


「インターン行けってよー雄英史上最も忙しねぇ一年生だろコレ」


 誰に、とは言わずに聞こえた言葉を話題に付近で話しだす生徒達。未だインターン先を決めかねている八百万も参考にするために名前に尋ねようと隣を向いた。が、その視線は食べ物に熱く注がれており、話が聞こえているのか疑問なほどに興味を示した様子は無い。普段から浮ついた様子をあまり見せない名前だから驚きはないが、八百万にはそれとは別に既にインターン先が決まっているための余裕にも見えた。


「(きっともう決めてらっしゃるんでしょうね)いかがですか?そちらのコンフィ、私、腕によりをかけて作りましたのよ!」


 八百万はそう判断し、質問を名前が食べ始めたチキンの感想へと変えた。母直伝のコンフィの味はインターン先と同じくらい八百万の気になっていることである。


「おいしい」


「まあ!」


 嬉しそうに頬を緩ませる八百万。だが、もう1人、八百万と同じく、名前のインターン先に興味を持っている者がいた。


「名前はどこに行くんだ?」


 腰を上げた轟の後ろから常闇が声をかける。


「私?エンデヴァー」


「エンデヴァー、職場体験と同じか」


 なるほどな、と常闇が納得した隣で首を傾けた轟。


「そうなのか?」
 

 「知らなかった」と続けた轟の行く先はエンデヴァーのところだろう。だが、職場体験も同じで、普段から仲もいい2人が互いにどこに行くか知らないとは。常闇は不思議に思い、八百万と共に黒影と戯れる名前を見た。


「轟は知らなかったのか?」


「ああ。こいつの前のインターン、親父の事務所じゃなかったからな」


 それなら分からなくもなる。常闇はさらに「前は…」と続けた。


「相澤先生のとこ。エンデヴァーさんは断られちゃってね。だから、仮免補講で会った時に約束取り付けておいたの」


「インターン中止前か。早いな」


「楽しみだヨ」


 そんなに前から…。常闇は単純に名前が何を考えて約束を取り付けたのかが気になった。名前が行くなら上位の事務所だろうとは思っていたし、事件も多く、縁のあるエンデヴァーに頼むのも分かる。だが、いつの時点で、インターンの中止と再開を予想していたのか。そこにどんな理由があったのか。常闇は名前を過大評価するつもりはない。だが、過小評価をする気もない。だからこそ思う。強さ以外の底知れなさ。


「爆豪はジーニストか!?」


 瀬呂がパーティの輪の後ろで、コスプレをさせようと迫る芦戸と上鳴から逃げている爆豪に声をかける。


「ああ!?…決めてねェ」


 被せられた帽子を握りつぶしながら苛立ちと共に返事をした爆豪だったが、その勢いはすぐに弱まった。ベストジーニストは現在、行方知れずであり、ジーニストの事務所には行きたくとも行けないというのが実際のところであった。


「でもオメー指名いっぱいあったしな!行きてーとこ行けんだろ」


「今更、有象無象に学ぶ気ィねェわ」


「名前―!頼んだ!」


 爆豪にとって、ベストジーニストは有象無象には含まれないらしい。何があったかは知らないが、しっかりと矯正されていることに名前は、へー、と思いながら自分の被っていたサンタの帽子に両手の指をかけ、パチンコのように帽子を弾き飛ばした。名前の手から離れた帽子はギュルギュルと回転しながら爆豪の髪を荒らし、着地する。


「「「おおー」」」


「感心してんじゃねぇ!!」

 
「まだまだたくさんあるよー。諦めて被ったほうが早いと思うけどー?」


 隣に座る轟の頭から帽子を取り、また同じように構える。「クソガァッ」と爆豪が帽子を地面に投げつけた瞬間、パァンという音と共にすぐまた頭に帽子が乗った。側から見れば、帽子がいつ入れ替わったのか分からないほどの素早過ぎる動きとタイミングにまたも「おーー」と声が上がる。そしてまた地面に叩きつけられた帽子を上鳴が回収し、名前へとパスする。もはや永久機関である。


「うっぜぇなぁあテメェは!!」


「ふはっ。ばくごー、似合ってるヨ。こっち座れば?」


「笑ってんじゃねぇえ!!誰がテメェと仲良しこよしなんざ!」


 吠える爆豪を意に関せず、ちょいちょいと手招きする名前。だが、爆豪が来るわけもない。すると、とうとう峰田が声を上げた。


「おオい!!!清しこの夜だぞ!!いつまでも学業に現抜かしてんじゃねーーー!!」


「斬新な視点だな、オイ」


 インターンの話で盛り上がる空気を一刀両断するように峰田が切り込んだ。


「まァまァ峰田の言い分も一理あるぜ!ご馳走を楽しもうや!」


「料理もできるシュガーマン!!」


 砂藤の登場と共にわー!と声が上がる。名前の視線はその手にある大きなチキンの丸焼きに一直線に注がれていた。やな予感…と上鳴の口元がヒクつく。


「1人1匹ある?」


「やっぱり!」


「名前!お前初っ端から飛ばすなよ!!全力出すのは後半にしてくれ!」


 「勘弁してくれェ!」と聖なる夜に食いっぱぐれる予感を感じ、頼み込む数名。


「りょうかーい。これがカンサイのノリだね?」


「フリじゃねぇんだけど!?」


「誰か引き止めてくれ!!」


 その時、寮の扉がガチャと開き、隙間風が中に入り込んだ。


「遅くなった…もう始まってるか?」

 
 それと一緒に入室したのは相澤とサンタ姿のエリちゃん。


「とりっくおあとりーとー…?」


「違う。混ざった」


「サンタのエリちゃん!」


 名前を除いたインターン組が駆け寄る。


「かっ可愛――!」


「似合ってるねぇ!」


 褒められ、照れた顔を見せるエリちゃんに麗日の顔がさらに緩む。きょろきょろと辺りを見回した切島がいつもからエリちゃんと一緒にいる人物のことを尋ねた。


「通形先輩はいないンスカ!?」


「今日はこっちでと伝えてある。クラスの皆と過ごしてるよ」


「ん?エリちゃん何か持ってるの?」


「たまごに絵かいた」


「それはイースター!」


 麗日に言われ、卵を手元に戻すエリちゃん。そして、照れたように服の裾を弄り出した。戸惑っているような、躊躇しているような姿。その背中を相澤が押した。


「ほら。見せに行くって言ってたろ」


「うん、」


 覚悟を決めたような顔でエリちゃんが走り出す。そして真っ直ぐに椅子に座ったまま、人差し指で帽子をくるくる回す名前の元に駆け寄り、膝にひし、と抱きついた。


「お姉さん!」


「おっと」


 名前の視線がエリちゃんの上から下まで移動する。エリちゃんは緊張した面持ちで真っ直ぐに立った。


「服、お揃いだね。かわいい」


「うん!」


 チャイナドレス風の名前とはデザインに多少の違いがあるものの、ケープを付けてしまえば変わりはない。エリちゃんは「おそろい…」と呟くと体から力を抜き、名前の膝にそ、と卵を乗せた。


「ん???」


「???」


 褒め言葉のお礼と、絵を見て欲しいという気持ちで差し出したエリちゃん。卵を渡され何かのメタファーか何かだと思っている名前。互いにハテナを浮かべながら首を傾げる。


「どうすんだろうねアレ」


 耳郎が言う。すると名前は机にあったチキンを取り、エリちゃんの手にそっと乗せた。


「成長させるなよ」


「名前、卵はイースターだ」


 「いーすたー?」相澤の口からまた聞きなれないものが出る。地球人でも人によっては知らないだろう行事だが、それすらも知らない名前は今度は反対に首を傾げた。だが、今はパーティ中。まだ見ぬ行事より今目の前の食事の方が何倍も大事だ。すぐにはっとしてエリちゃんの手に新しい皿を乗せる。

 
「食べるぞー!」


「食べるぞー!」
 

 拳が天井に向けて突き上げられ、遅れて小さな手がそれを追う。名前はすぐに他の生徒の食べ物を確保するために取り分けられた自身用の大皿に手を伸ばした。


「ほら。キミも食べな。こっから取っていいよ」


 手前にある皿からならエリちゃんも取れるだろう、とその皿を引き寄せる。そして、中から一本の骨付きチキンを取り出すと鋭い犬歯を見せながらあー、とそれに齧り付いた。鼻に皺を寄せ、威嚇するように立てた歯で肉を噛み切る。手のひらほどのそれは、ほんの一口で半分以上が消え、真っ白な骨が現れた。


「肉食ってるだけなのにこえェ…」


 反対側の席でまじまじと眺めていた上鳴が呟く。するとぽかんと口を開けて見ていたエリちゃんに一度、名前の目線が落ちた。食べないのか、と伝える目線。そうして名前はもう一口、肉にかぶりついた。意を決し、エリちゃんも大きく口を開けてチキンに齧り付く。だが、同じように千切れることは無く、歯は骨にすら届かない。


「ん、んぐぐ」


 なんとか噛みちぎろうと骨を手で引く。そうして格闘すること数秒、ブチっという音と共に肉が千切れ、途端、反動と共にもう一本の肉に手を伸ばす名前の体に倒れ込んだ。


「真似せんでいい」


 背中からヌッと現れた相澤の手がエリちゃんの背中を立たせ、名前の頭を小突く。


「ン」


 それを欲しい、だと判断した名前は後ろを見ずに半身を取られた肉を背中側に差し出した。


「…お前、人にやるのが食いかけってどうなんだ」


 ぐわっと口を開けた相澤が残りの半分を一口で持っていく。尖った犬歯は名前のものより鋭さは無いものの大きく、エリちゃんはわぁ、と声を上げた。


「おいしい?」


 背後に立つ相澤にもたれ掛かり、相澤を見上げるような姿勢で言う。


「ああ」


 対して相澤は肉に添えていた指をぺろっと舐め取って、名前を見下ろしながら一言、返事をした。


「…なんかあそこだけアダルティじゃないか」


 2人にはなんて事ない行動も、15.6歳の健全な青少年には刺激が強い。反対側に座っていた上鳴、切島、瀬呂はこそこそと耳を寄せ合い、2人から視線を逸らした。


「ほんとに。なんか雰囲気が大人っつーか、紫っつーか」


「エリちゃん回収した方がいいんじゃね」


「いや、もう戻ったみてぇだ」


 相澤は何事もなかったかのように名前の座るソファの後ろ側に腰を下ろした。


「お酒があればなぁ」


 ボソッと呟いた名前。やはり、アルコールが諦めきれない。すると轟が「これか?」と飲み物を差し出した。エリちゃん用に用意していた子供シャンパン。名前は半ば困惑気味にそれを受け取ると、そのまま一息にそれを飲み干した。


 シャララーン


 誰かが流すクリスマスの音。そこに耳郎のギターが加わり、合唱が加わる。


「ふふ、宴会って久しぶり」


「えんかい。パーティーって言えよ」


 ニコニコ機嫌良さそうに笑った名前を切島が笑う。だが、名前は「ううん。宴会だヨ」ともう一度繰り返すと、隣のエリちゃんとコップを合わせ、「かんぱーい」と何度目かの音頭をとった。



「プレゼント交換の時間だ!!」


 パーティも終盤に差し掛かり、プレゼント交換会の時間となる。事前に用意しておいた各々のプレゼントに瀬呂ハンテープをつけ、真ん中に置けば、準備は完了。好きな瀬呂テープを選び、くじ引きのように紐を引く。


「何がくるかな」


 手を伸ばし、1枚のテープの箸を手に取る。それは他よりも短く、まるで見つかりたくなかったように他のテープの下に隠れてあった。するすると手元に引き寄せれば、シンプルな革手袋がテープの先から現れる。持ち上げてみれば、自身の手と大して変わらない大きさに見える。その上、サイズ調整も可能らしく、贈り主のマメな性格が見えた。


「(誰のだろ…)」


 周囲を見渡す。他のプレゼンは贈り主の特徴が現れているものばかりで、誰が贈ったのか簡単に見当が付いたが、自身の元に届いたものは全くと言っていいほどそれが無かった。生地は無地、形もシンプル、分かる事はマメな人であることだけ。その時、一瞬、ふわりと甘い匂いが鼻を掠めた。砂藤のデザートとも違う香り。覚えのある香りに記憶を辿ろうとした時、「これ…!」と小さくも興奮したような声に名前は引き戻された。


「お姉さんの?」


 名前の用意した物は自身のよりも小さな普通の日傘と同じサイズの番傘である。それがエリちゃんの左側に。彼女に渡ったんだ、と思うと同時に右側の肩にかかる大剣に目が行く。


「……常闇?」


 「オウヨ」返事する声を聞きながらエリちゃんに頷く。


「もし、不審者に出会ったらその傘で殴るんだよ。軽い分、耐久性は下がってるけど……ぎり砲撃受け止められるぐらいの強度はあるから」


「なんつーもん持たせてんだ!!」


「エリちゃんじゃ踏み込みが効かんだろ」


「それもそうか」


 いや、そこじゃない。相澤と名前の会話に頭を抱える生徒達。そもそも子供が砲撃を受ける瞬間とはいつなのか。というよりプレゼントが武器とは。いや、まだ護身用と考えれば…。クラスメイト達がなんとか理由に正当性を持たせた時、名前はそこ、と中腰で傘の手持ち部分を指差した。


「ここを押すと弾丸がでる」


「ちょっと待てぇ!!」


「回収しろ!」


 慌てる生徒達。名前はケラケラと笑うともう一度目線をボタンに向けた。


「ジョーダンだって。でも、押すととんでもないことが…」


 「とんでもないこと…」とエリちゃんは神妙な表情でごくりと唾を飲みこんだ。たっぷりと間を空け、ゆっくりと名前が瞬きする。つられて峰田もごくりと唾を飲んだ。


「な、なんだよ」


「防犯ブザーが鳴る」


「しょぼいッ!!」


 名前はもう一度、けらけらと笑った。


「でも耳元で鳴らしちゃダメだよ。鼓膜やられるからね」


 「これはホント」そう続けた名前にクラスメイト達は今度こそ、傘を回収すべきか、と頭を抱えた。

 ついにパーティーも終盤に差し掛かり、巨大な皿を一つ残して、机が片される。そして、残った食材が全て乗ったそれの前に名前がどかっと腰を下ろした。空気が静まり、視線が真ん中に集まる。生徒達はゴクッと唾を飲んだ。


「ワクワク!ワクワクッ!林間合宿以来だー!」


 腕を振る葉隠。


「なにするの?」

 
 クラスメイト達に囲まれた名前が舌なめずりをする。不思議に思ったエリちゃんが隣の砂藤に尋ねた。


「通称、リアル鯨飲馬食。俺も初めて見る…」


「簡単に言うと名前の大食いショー」


 耳郎が続けた。


「行きまーす」


「はじまるぞ!!」


 ゆっくりと伸びた手が勢いよく大皿を掴み、それを持ち上げる。その下で名前が口をパカっと大きく開いた。大量の食べ物がそこに落ち、喉がごく、ごくっと波打つ。


「名前くん!!食べ物はしっかり噛んで食べたまえ!!」


「そんなことより、胃袋と嚥下力に驚きだわ」


「…ふぅ、ごちそうさまでした」


 ものの数秒、一瞬で空になった大皿がドンっと机に置かれた。途端、ワッと歓声が上がる。


「よ!!人間掃除機!!」


「だからー、人間じゃないって」

 
「「「(確かに)」」」


 この食べっぷりは人間じゃない。そんなすれ違いを残しつつ、A組クリスマスパーティはこうしてお開きとなった。


 

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