夜の兎 | ナノ


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「くりすます?三太?何それ」


「は?!お前クリスマス知らねーのか!!?」


 師走に浮き足立つクラスに走る衝撃。驚いた上鳴の声に釣られるように、クラス中の視線が首を傾げる名前に向けられた。

 12月も後半。クリスマス前の空気にワクワク感を隠せないクラスメイト達の話題の中心は当然、クリスマス。そして恋である。そんな中、なぜか不思議そうな顔でその話を聞いていた名前に興味本位、葉隠が「クリスマスの予定は?」と尋ねたところ、そんなまさかと思う返事が返ってきたのである。


「地球の伝統?」


「でた、宇宙人」


 冬の時期、外に出れば一度は目にするクリスマスという言葉。目を瞑ってたって耳に入ってくるそれを知らないとは。一体、どのように生きてきたのだろうか。耳郎は不思議に思いながら何だっけ、と頭を捻る名前を見た。


「くりすます、くりすます…んん?さん太、ああ!さんた!」


「ほんとに分かってる?」


 どこか「クリスマス」「サンタ」とは違う発音に芦戸が怪訝な顔を見せる。


「知ってるヨ。あれでしょ。夜に家に来て…」


「うんうん」


「爆弾置くんだよね」


「違う!!!!」


 「どこの爆弾魔だよ!!」と上鳴が声を上げた。話し声を聞いていた他のクラスメイト達もなんだなんだ、面白そうだと集まり始める。すると名前が、あ、と間違いに気づいたように声を出した。


「爆弾だけじゃないんだっけ。やられる前にやんなきゃいけないんだっけ。倒せたら賞金貰えてハッピーってやつでしょ」


「過激すぎるだろ。アンハッピー届けてるじゃねーか」


 「やられる」が確実に殺られるだった。クラスメイト達は引き気味に顔を見合わせて、間違ったことは言っていないとでも言いたげな名前に詰め寄った。


「…もしかして、サンタ来たことない?」


 「いや!家庭の事情にもよるけども!」と慌てて付け足す緑谷に名前は「ないけど…会ったことあるよ。昔、居酒屋で会ったオジさんが職業サンタって言ってた」と答えた。


「?親っ」


 サンタは親じゃないのかと言いかけた轟。その口を緑谷と麗日が咄嗟の判断で塞いだ。すかさず八百万がサンタとは何かを説明する。


「名前さん。サンタというのはですね、サンタクロースというご老人で、プレゼントを配ってくださる方のことですわ」


「そうなんだ。いつ来てくれるの?何か登録しなきゃいけない?捕まえたらいいの?」


「捕まえるってあんた。ん?登録?」


 八百万の説明に何としても捕まえる気の湧いたらしい名前に呆れた耳郎だったが、すぐにサンタクロースとは結びつかない単語に首を傾げた。


「私のところ来たことないよ。なんか登録しないと来てくれないんじゃないの?住民票提出するとか?それか人間だけにくれるの?」


 興味津々といった様子の名前が耳郎の目を真っ直ぐ見つめる。


「え、えっと、住民票はいらないんだけど、」


 い、言えない、サンタは親なんだって、子供のところにしか来ないとは言えない!!耳郎はグッと口を閉じて、名前の視線から目を逸らした。そして、クラスメイトに助けを求める。その間も純粋過ぎる目はじぃぃぃぃっと自分を見つめていて、耳郎は軽くパニックを起こした。


「上鳴!」


 辺りを見渡し、目に付いた上鳴を盾にぐいぐい名前に向かって押す。「え、え、」と慌てる上鳴は同じく名前の純粋な目に晒され、耳郎と同じくパニックを起こした。


「い、良い子のところにしか来ないんだってよ!」


「だから来なかったのかぁ」


「うらぁあ!!」


 なんて事言ってんだァ!!!と耳郎と切島からラリアットをくらった上鳴が沈んでいく。目の前で繰り広げられる突然の暴力に名前は目を丸くした。


「え、どうしたの」


「いや別に。上鳴間違えたんだって」


「ウェイだったからな」


「え?今個性使ってた?」

 
 自分が良い子じゃなかった、ということに特に疑問は無い。というより、さもありなん。名前は「ふーん」と2人に返すと、切れ長の瞳をす、と細めた。


「なんか隠してる?」


「えっ!いえ、別に!隠し事などありませんわ!」


 八百万がそう返すが、名前の目元から鋭さは消えない。す、鋭い。クラスメイト達の頬に冷や汗が滲む。すると、するりと1人の人物が前に出た。


「サンタさんはどんな子のところにも来るのよ名前ちゃん。きっと今までは住所が分からなかったのね。一緒に手紙でも書きましょうか?」


「手紙?分かった」


 下の兄妹のいる蛙吹梅雨である。鶴の一声、ならぬ蛙の一声にその場にいたクラスメイト全員が内心、蛙吹に感謝した。


「ねぇ、サンタさんってどこにいるの?どんな人?1日で家全部回るの?それって個性?何人もいるとか?手紙はどこに出すの?ほんとにいるの?」


 途端、好奇心の刺激された名前が、ワクワクとした様子で矢継ぎ早に質問していく。答える側である蛙吹には悪いが丸くなった目はなんだか子供のようで、普段とは違うその姿に愛らしさすら感じるが、なおさら適当な事を言って話を逸らすなんてことは出来ない。それに下手な嘘はきっと通じないだろう。クラスメイト達はどうする、と目を見合わせた。


「ねぇ?」


 ヒーローは純粋な瞳というものに弱い。名前の無垢な瞳に晒され再度、危機が迫る。その時である。


 ガラガラガラ


 丁度、教室の扉が開いた。そして、名前の瞳が緑谷を見つめる。名前にも弱く、助けを求められたら弱い緑谷はじーーっと見つめられ、咄嗟に入室した担任に掌を向けた。


「何やってんだお前ら。席つけ」


「あ、相澤先生が知ってるって!!!」


「あ??」


 疑問符を浮かべる相澤の元に近づいた芦戸が事の次第を説明する。その隙に名前の元から逃げ出した生徒達は席に着き、助かったと、ほっと息を漏らした。


「サンタだ?お前、高校生だろ。流石にもう」


 来ないだろと言い切ろうとした相澤だが、名前と爆豪、轟以外の生徒が顔の前でバツを作ったことで言葉を止める。相澤は目線を名前に向けた。


「……」


 心なしか名前の目がいつもよりキラキラしている、ように見えた。錯覚かもしれないが。サンタというものを知らない高校生がいるのには驚きだが、確かにこの生徒の両親は何年も前に亡くなっている。あながちなくは無い話であるし、当の生徒が少し浮世離れしている名前なのだ。浮世というより、宇宙であるが、知らなくとも不思議はないかもしれない。


「あーー、来る、来るよ。サンタは。サンタ協会が色々やってるからな実態は一般人じゃ分からないんだ」


 つまるところ、相澤も年相応では無い名前の無垢な目には弱かったのである。


「捕まえていい?」


「だめだ」


 こうしてクリスマスパーティーの企画の裏で、裏企画『名前、初のサンタ作戦』が始動することとなった。


  

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