夜の兎 | ナノ


▼ 3

「……」


 スマホの画面を白い指が滑る。”泥花市で起こった悲劇”そのニュースを見ながら名前は江戸を思い出していた。

 思惑は激動を起こし、世を変え、人を変える。

 町が一つほぼ消えて、ただの一般人20人の仕業とされたそのニュース。本当にそんな事があるだろうか。しかも、市民が抵抗?戦闘もしたことのない素人にそんなことができるか。不明な点が多いとはいえ、そんなもの信じられない。名前の勘は、はっきり連合が絡んでると指した。


 戦争の匂い。


 夜兎は闘争本能の塊であり、名前はそれで生きてきた。慣れ親しんだ戦場の空気、喧騒の空気、それらは今や自然と肌で感じられるものだ。

 はっきり何が起こるかまでは分からないが、水に石を落とせば周りに影響するように社会の小さな何かが、他者の感情がもうすぐ何かが起こるぞ訴える。戦場を求める高揚感と期待感、そして周囲の人間への不信。生じた様々な感情に名前は複雑な気持ちになった。


「人間、脆いからなぁ」


「どうかしたのか?お前も人間だろ」


 隣に座る轟が覗き込む。


「君たちすぐ死ぬからハラハラするんだよね」


 一人でいる方が気楽かもしれない。でも、今学校を辞めて独断行動すれば敵と見なされるだろう。それに、プロのなり方を名前はよく知らない。きっとそれは現実的ではない。


「俺もお前が怪我するの見るたびにハラハラするぞ」


 いつもよりも整えられた髪がさらりと落ちる。指先を伸ばし、その髪をのけると轟がくすぐったそうに片目を閉じた。


「準備は?」


「終わってる」


 共有スペースにはいくつものカメラが並び、見慣れない人たちが忙しなく、往々と歩いている。彼らは先日、人助けをしたことで話題になった轟と爆豪のインタビュー待ちなのである。興味本位でそれを見に共有スペースへと来ていた名前は轟の言葉にハッと笑い、脚を組んだ。


「私は心配しなくても大丈夫だよ。今世、死ぬ気がしない」


「何でだ?」


「なんとなくね。むしろハラハラさせてるのに驚いてるよ。私は絶対に死なない」


「絶対は無いだろ」


「絶対だよ。私が絶対にするんだから」


 心配なんてする必要が無いのだ、と名前は言う。

 私は絶対に死なない。人間は脆いんだから。私だけは、絶対に死なないと。私を守る必要なんてないと。そう思わせていたい。それが早死にした私の決意であり、脆い人間たちの中で生きる私が唯一、出来ることなのだ。


「強いな、お前は」


「知ってるよ」


「私はそう生きるの」


  ―――12月下旬―――


「く、はははっ、爆豪ほんと笑える。轟が引き立ってるよ」


 A組の教室で朝からゲラゲラと笑う声が響く。


「アンタ、下着見えそうだよ」


 耳郎の視線の先には椅子の上で膝を立て、大笑いする名前の姿が。揶揄うように爆豪を指差し、冷たさを感じるような端麗な顔を周囲の見る目などお構いなしに悪どく歪めて笑っている。体を捻るたびにスカートがひらひらと太ももの裏で揺れ、まるで花に引き寄せられるように峰田がそこにふらふらと近付いていくのが見えた。

 美人で、頭も良い。なんでも出来る。が、なんでもは出来ないし、その見た目に反してワイルド。ガサツと言うのかズボラというのか、抜けているというのか。自分はもう見慣れているが、ファンはこの姿を見ると驚くだろうな…と耳郎は名前を見て「あー…」と残念な声を出した。


「うっるせぇええ!!!お前横で見てたろ!!笑ってんじゃねぇぞ!!」


「1時間もインタビュー受けて!!爆豪丸々カット!!」


 涙を上に垂らして笑う瀬呂と上鳴にさらに名前の笑いのツボが刺激される。


「使えやぁああ…!」


 見切れっぱなしの爆豪と、悔し気に歯をギリギリ鳴らす爆豪を見てそれは弾けた。


「むり…私、殺される…爆豪に…んふっ、」


 お腹を抑え、プルプルと肩を震わせ、俯いたまま口元を抑える名前。蛙吹が覗き込めば、その目尻にはきらりと涙が光っていた。


「良かったわね爆豪ちゃん。彼女、ノックアウトよ」


「笑いすぎだろクソ怪力女ァァアアア!!!」


 くわっと歯を剥き出しにする爆豪。名前はビッと掌を立てた。


「ちょっと今顔見せるのやめて、笑えるから」


「ああ!!??そのまま笑い死ね!!!」


「笑うのは許してくれるんだ」


『……「非難」が「叱咤激励」へと変化してきてるんですよね』


 緑谷のスマホで誰かが言う。


「「見ろや君」からなんか違うよね」


「エンデヴァーが頑張ったからかな!」


 笑う名前の側で麗日と芦戸が轟に言う。するとその言葉に返事をするように教室の扉が開いた。


「楽観しないで!!良い風向きに思えるけど裏を返せばそこにあるのは”危機”に対する切迫感!勝利を約束された者への声援は果たして勝利を願う祈りだったのでしょうか!?ショービズ色濃くなっていた今、真の意味が求められている!」


「Mt.レディ!?」


「うああああ!!」


 突然現れたレディにトラウマを刺激された峰田の叫び声が上がる。すると開いた扉の向こうから冬仕様に変化した寝袋を着用した相澤がひょっこりと現れた。


「特別講師として招いたんだ。おまえら露出も増えてきたしな」


「オイラが言うのもアレだけど1番ショービズに染まってんだろ」


「お黙り!!今日行うは「メディア演習」、現役美麗注目株がヒーローの立ち振る舞いを教授します!!」


「何するかわかんねぇが…みんなぁ!!プルスウルトラで乗り越えるぜ!!」


 切島の声に合わせ、クラスメイト達は拳を掲げた。


   ―――外―――


「“ヒーローインタビュー”の練習よ!!」


「緩い!!」


 コスチュームに着替え、外に出れば、そこにはインタビュー用の舞台がセットされていた。周囲には数名のカメラマンとミッドナイトがおり、本格的な作りになっている。あれだけ豪語しておいてショービズに染まってる感じが否めないが、何はともあれ授業は始まる。最初に呼ばれたのは轟だった。


「ガンバレー」


「ああ。行ってくる」


 ひらひらと手を振れば、轟も小さく振り返す。すると隣にいた瀬呂が名前の方にずいっと体を倒した。


「そういやぁさ。お前、前に新聞載ったよな」


 確か…。名前は半ば忘れかけていた記憶を引っ張り出し、瀬呂に頷いた。


「あー、あったね。でも私インタビューなんて受けた事ないよ」


 少し前のこと、敵を捕まえた際、芋づる式にさらに数人を捕まえた結果、別の事件の解決に繋がったことがあった。被害者の数が少なくなかったことから話題になったのだ。コスチュームの都合上、顔は出ていなかった上、色々あって写真も大したものは無かったことから、メディアインタビューの依頼は無く、名前はいつもと変わらない日常を謳歌することが出来たのだが、今の爆豪と轟を見るとそれで正解だったなと強く思う。


『凄いご活躍でしたねショートさん!』


 インタビュアーに扮したMt.レディが尋ねる。


「何の話ですか?」


 だが、天然轟。心当たりが無く、逆に尋ねる。


『なんか一仕事終えた体で!はい!!』


「はい」


『ショートさんはどのようなヒーローを目指しているのでしょう!?』


「俺が来て…皆が安心できるような……」


『素晴らしい!!あなたみたいなイケメンが助けに来てくれたら私逆に心臓バクバクよ』


「心臓…悪いんですか…」


『やだなにこの子』


 心配そうな轟に射抜かれたのはMt.レディだけではない。


「轟かわいい…」


「保護者かお前は」


 名前もである。


『どのような必殺技をお持ちで?』


 続いた質問に舞台を降りた轟が技を放つ。そして、実際のインタビューでやるには大きすぎるように思える氷の波が形成された。


「穿天氷壁、広域制圧や足止め・足場づくり等幅広く使えます。あとはもう少し手荒な膨冷熱波という技も…」


「あれ?B組との対抗戦で使ってたヤツは?」


「エンデヴァーの」


「赫灼熱拳!」


 耳郎、砂藤、葉隠が皆が思っていたことを尋ねる。予想していたのか轟は驚くことなく、それに返した。


「…は親父の技だ。俺はまだあいつに及ばない」


「パーソナルなとこまで否定しないけど…安心させたいなら笑顔をつくれると良いかもね。あなたの微笑みなんて見たら女性はイチコロよ」


 語尾にハートを付けたMt.レディの褒め言葉も轟には別の意味に聞こえた。


「俺が笑うと死ぬ…!?」

 
 言葉通り間に受け、顔を青くした轟に名前は笑うと、ね、ね、見てよ、と瀬呂の肩をトントントンと叩いた。だが、少しばかりテンションの上がった名前の力は瀬呂にとってはゴンッゴンッゴンッである。一度当たるごとに肩が落ちる。


「ね、可愛いでしょ」


「ちょ、おまっ、いててて、埋まるって。一体、何ポジなんだよお前は」


 するとチラリとその様子を横目で見てから、常闇が不思議に思っていたことを尋ねた。


「技も披露するのか?インタビューでは?」


「あらら!ヤだわ雄英生、皆が貴方達のこと知ってるワケじゃありません!必殺技は己の象徴!何が出来るのかは技で知ってもらうの。即時チームアップ連携、敵犯罪への警鐘、命を委ねて貰う為の信頼ヒーローが技名を叫ぶのには大きな意味がある」


 Mt.レディがそう言った途端、クラスメイトの首がぐるりと周り、名前の方を向く。名前の肩がその迫力にビクッと跳ねた。


「……こわ、何」


「ヒーローが」


 葉隠。


「技名を」


 上鳴。


「叫ぶのには」


 耳郎。


「大きな意味がある」


 瀬呂。と一人一人がMt.レディの発言を区切る。


「いざとなったら言うからいいの。…気分が乗れば」


 名前の赤い目が包帯の隙間ですすす、と逸らされる。


「何だその行けたら行くみたいなヤツ。ぜってぇ言わないじゃん」


「うるさいなぁ」


 上鳴の指摘は図星であったが、それでも言いたくないものは仕方がない。名前はあっちいけ、とばかりに手を払った。


「兄・インゲニウムの意志を受け継ぎ駆けるものであります!」


『誠実さが伝わるね!』


「博覧強記。一切合切お任せ下さい!」


『自身は人を頼もしくするの!』


「私の前では全てが0キロなのですっ!」


『和らげるのも一つの才よ!』


 と、そんな具合にインタビューは進み、とうとうまだ出てなかった人物。名前の番が来る。


「さ、次は夜野さんよ!」


「はぁい」


 マントをはためかせ、面倒そうに階段を上がっていく名前にクラスメイト達は少し心配になった。元より、他人を安心させる、という気のない名前だ。ある意味では爆豪や緑谷よりもヒーローインタビューには向いていない。


『ヤトさん!!凄い活躍でしたね!!どのようなヒーローを目指されているんですか?』


 こういう時はただ質問に答えればいいのだろうが、長い間待たされた名前は既に飽きていた。肩にかけた傘の柄をくるりと回し、Mt.レディを見る。それに呼ばれ慣れていないヒーロー名に一瞬、返事が遅れ、クラスメイト達はさらに心配になった。なんといっても今はフルフェイスの包帯姿。マントの隙間から出ているのは腕だけ。人相すら分からない。そんな名前にマイクがずいっと突き出される。


「…特に無い」


「愛想悪りぃー」


 メディア嫌いか?と首を傾けるのは担任である相澤。


「強いて言うなら、死なない?」


 「それってどんなヒーローにってのに含まれんのか?」瀬呂が言った。


『(なんだか強敵の予感ね…!)』


 Mt.レディのインタビュー魂に火がついた。


『えっと、尊敬されてる方はいますか』


「んー……、イレイザーヘッド?」


 少しの間を開け、イレイザーの名が飛び出す。クラスメイト達の視線が相澤に向けられた。その顔はいつも通りに見えたが、首をすくめて捕縛布に半分隠したところを見ると、もしかしたら照れているのかもしれない。クラスメイト達はほわほわとした気持ちになった。


『個性はどのようなものなんですか?』


「…ちょっと大きくなってくれる?」


 自分は出せないし飛ばせないし、作れない。見てもらった方が早い、と名前は巨大化したMt.レディをぐっと片手で持ち上げた。


「えっと、力持ちー。Mt.レディさんは軽いね」


 同じ女性として、重りとして扱うのはちょっと悪い。実際にそれほど重くは無いし、と名前は少しの気遣いでそう言った。元の大きさに戻り、空中から落ちてきたMt.レディを両腕でしっかりと抱き止め、そのまま地面に降ろす。


『お顔は出されないんですか??』


 Mt.レディは包帯を指差した。


「出すよ。その日の気分」


 傘を肩で支え、首元のチョーカーのボタンを押す。しゅるしゅると包帯が首元に戻り、髪がフワッと浮いた。そして少し首を振り、髪をならす。隠されていた顔が晒され、Mt.レディは鼻息荒く、質問を重ねた。


「……エフェクトでもかけてんのかアイツ」


『必殺技はどのようなものでしょうか!!』


「……」

 
 何も言わずに手を鉤爪のような形にした名前がそれを前に突き出す。途端、強い風が吹き、数メートル先まで伸びるように大きく地面が抉れた。


「コレ」


 バーン、と堂々と立つ名前。意地でも技名を言わない気である。


「言えよ名前を!!!」


『最後に何か一言』


 ヒーローっぽい事も言っとくべきなのだろうか。名前は身近なヒーローを思い浮かべた。そこで、出てきたのはホークス姿。あそこまでキザには出来ないが、多少はしておくか、とカメラに向かって小さく手を振った。


「応援、よろしくネ。私が誰よりも安心させてあげる」


『うんうん、良いわよ!初めはどうなる事かと思ったけど、結果的にそれが良かったわ!』

 
 ぴょんっと舞台から飛び降り、早々とクラスメイト達のところへ。すると瀬呂、上鳴がわざとらしく爆豪の隣で頭を抱えた。


「っカーッ何だアイツの戦法!初めは愛想の悪いヤツだと思わせつつ、優しさを見せ、顔出しからの、それに似合わないゴリゴリのパワータイプを披露。最後は笑顔で控えめなファンサ!!!」


「ツンデレ戦法、いや、クーデレ戦法…?ギャップ戦法には違いねぇ」


「だな」


 爆豪と名前。そのどちらも揶揄うような2人に爆豪の目尻が少しずつ角度を持つ。上鳴はビシィと名前を指差した。


「つーか必殺技言えよお前は!!」


「やだよ。恥ずかしい」


「お前以外はその恥ずかしいの叫んでんだよ……」


「君たち別に恥ずかしがって無いじゃん」


 断固として拒否の姿勢を示す名前。すると相澤が歩み寄った。


「お前、必殺技増えてんのか」


 必殺技を叫びたくないために必殺技を作っていないのでは無いか。相澤はそう思い、進捗具合を尋ねる。


「必殺技言いたくないからって怠るなよ」


 だが、名前はそれよりも一つ気になることがあった。相澤が未だに口元を隠したままなのである。もしかして…。


「……やっぱり照れてる?」


「うるせぇ。照れてない」


「本当に?」


「本当に」


「うそだ」


 そう言えば、勢いよく名前の頭に手が伸びる。そして鷲掴みにした手に力が込められた。やっぱり照れてる。にやにやと笑えば、相澤の手に筋が立つ。名前は図星かと更に笑った。だが、笑えないのは周囲である。瀬呂と上鳴は引き攣った顔を浮かべた。


「謝れ、謝れって!」


「イデデデ、見てるだけでイテェ!」


「あ、ちょっと痛くなってきた」


「ヘッドマッサージじゃねぇんだぞ」


 相澤は呆れつつもその手を離す。相澤が背中を向けたのをいい事に名前は後ろでピースをした。恐れ知らずである。


「私石頭だから。勝利ー」


 すると背後から布が飛び、形のいい頭にベシッと音を立てて当たった。



 


あとがき
 新聞は番外編のやつ。
 

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