▼ 2
12月初旬日曜日朝
「うわっ、名前が寝たまま歩いてる…!」
名前は苦手な朝の眠気に半ば屈しながら、前日の徹夜の影響の残る頭をなんとか回転させ、開かない目でふらふらとまだ人のまばらな共有スペースに降り立った。
「あら、名前さん。こんな朝早くからどうされましたの?」
「……」
耳郎のも八百万の声も耳には入っている。が、返事は無い。名前はそのまま冬仕様のチャイナパジャマでふらふらー、ふらふらー、と入り口の方へと歩いていった。
どんっ
「あ?」
その先にいたのは休日なのにも関わらず、制服姿の爆豪。そして名前がその背に勢いよく当たる。誰だァ?といきりたちながら振り返った爆豪だったが、そこにいた名前の風貌にビクゥッと肩を跳ねさせた。
「うおっ」
首を曲げ、長い髪を全面に垂らし、その隙間から薄ら細まった赤が覗いている。見える首元の肌は死んでいるかのように白く、外の雪を彷彿とさせた。それに関してはいつも通りだが、つまりは見た目が常時と違っていた。
「くたばり損ないかテメェは!!」
幽霊をそんな言い方で呼ぶ人は少数だろうが、まさしくその通りの風貌。その会話を聞き、爆豪の背後にいたもう1人の制服着用者である轟が「ん?」と覗き込むように爆豪の前にいる人物に目をやった。
「名前、か?」
「……」
「見送りに来てくれたのか」
「……」
「そうか」
「コイツ寝てんじゃねェのか」
爆豪には何も聞こえず、到底会話になっているとは思えなかった。実際に名前は話してもいなかったが、轟には何かが通じたらしい。
「今日で俺たちはお前に追いつく」
「俺は追いついてらァ!!今日で抜かす!!」
2人の返事に名前はこくん、と頷くとまたふらふらと歩き出し、そのままソファにどさんっと倒れ込んでいった。
「行くか」
「ケッ!」
思わぬ見送りに再度心を引き締められながら、寮の扉を開けた2人。その瞬間、冷たい風が寮に入り込んだ。
「ヤオヨロズ…」
それに少し覚醒したのか、か細い声が八百万を呼ぶ。
「はい?」
「鍋特集……」
「そうでしたわ!今日はテレビで鍋特集がありましたわね!」
日本の風物詩、鍋。コスパも栄養も良く、量も多い。名前の大好きな食べ物のうちの一つである。今日は朝からその特集がやっているから、と数日前から話していたことを八百万は今、思い出した。つまり、見送りが目的というわけでは無かったのである。
「でも、録画していましたのに。お部屋で眠った方がいいんじゃありませんか?」
仰向けになった名前の前髪が横に流れ、整った顔が現れる。冬の気温のせいか、雪のように白いと称される名前の肌がいつもよりさらに白く見えた。まるで、人形だ。八百万がそう思った時、色のない唇がゆっくりと開いた。
「……部屋のエアコン…壊れてた」
「ということは……きゃあ!名前さん、お肌が真っ白ではありませんか!毛布を!!それと急いで修理と!リカバリーガールをお呼びしますわ!」
「落ち着いて八百万。名前はいつも…って白ッ!?」
ソファの背から覗き込んだ耳郎も「わ!」と声を上げる。その隣で見ていた峰田は一言。
「死んでるみてぇ」
「やめろ!!」
「まじで死ぬ…」
そんな日曜日。泥花市では敵連合が動いていた。
prev / next