夜の兎 | ナノ


▼ 1

 ――教員寮前――


「ゆうえいの…ふのめん…」


「ふっ、くく、何それ、誰に教えてもらったの?」


 慌てたように足元に駆け寄ってくるえりちゃんを抱えた名前。すると物間はエリちゃんを指差し、大きく笑った。


「アハハ、何言ってんのかなこの子ォ!何言ってんのこの子ォ!?」


「文化祭のとき君のこと「雄英の負の面」と教えたんだ」


 さも当然のように、指を差し返し、真顔でミリオが言う。


「僕こそ正道を征く男ですけどォ!?」


 異色なメンバーが揃う教員寮。だが、ここに呼び出されたのは何もこの3人だけじゃ無い。ミリオの隣にいる緑谷が小さく尋ねた。


「あの…一体何が始まるのでしょうか?」


「おう、緑谷、夜野、通形、悪いな呼びつけて。物間に頼みたい事があったんだが如何せんエリちゃんの精神と物間の食い合わせが悪すぎるんでな」


 相澤が姿を見せる。彼はなんとも失礼な言葉を言い放ちながらそのまま、手を軽く振り、4人の元へと歩み寄った。


「ゲテモノ扱い」


「僕を何だと思ってるんですかぁアハハハハ」


 高らかに笑う物間。だが、相澤の言葉通りたしかに相性は悪そう…。緑谷、ミリオは顔を見合わせた。


「負の面なんて。ひどいこと言うネ。優しくしてあげなよ」


 片腕に抱くエリちゃんの頬をつん、と名前が指先で刺す。するとエリちゃんは「はぁい」と返事をした。


「その優しさはむしろちょっと…」


 緑谷は、ん??と疑問を浮かべながらさっさと室内に入る名前の後ろに続き、教員寮に入った。


    ーーーーー


「うーん…”スカ”ですね。残念ながらご期待には添えませんイレイザー」


 物間の額からはエリちゃんと同じツノが生えている。


「…そうか残念だ」


 相澤はそう言うが、どこか予想はしていたようで、深く落胆する様子は無い。


「エリちゃんの個性をコピー…!?一体何を?」


「それに物間くん”スカ“って…」


 驚く緑谷とミリオ。


「君たちと同じタイプって事。君も溜め込む系の”個性”何だろ?」


 物間の視線が緑谷の方へ向く。


「僕は”個性”の性質そのものをコピーする。何かしらを蓄積してエネルギーに変えるような”個性”だった場合その蓄積まではコピーできないんだよ。たまにいるんだよね僕が君をコピーしたのに力を出せなかったのはそういう理屈。…夜野さんのはいつもと少し感覚が違ったから厳密にそのタイプかは分からなかったけど」


 「文字通りのスカって感じだった」と答える物間。名前はそれに特に驚くことは無かった。彼のいういつもと感覚が違ったというのは、多分、逆だ。個性を使っていない普段と感覚が”違わなかった”から違和感があった。多分、そういう事だろう。


「スカ、ねぇ…」


 物間の言葉を興味深そうに飲み込んだ名前が首を傾げる。物間はそれに少し違和感を感じたが、ミリオが「何でコピーを?」と尋ねたことで意識は相澤へと向いた。


「エリちゃんが再び”個性”を発動させられるようになったとしても使い方がわからない以上またああなるかもしれない。だから物間がコピーして使い方を直に教えられたら彼女も楽かと思ってな。そう上手くはいかないか」


 相澤が頭を掻く。本来の目的はそれだけでは無さそうだが、相澤が言おうとしないなら言うまでも無い。名前はその時、エリちゃんが小さく俯いたのに気付いた。


「……ごめんなさい。私のせいで困らせちゃって。私の力…皆を困らせちゃう。……こんな力無ければ良かったなぁ…」


 緑谷がエリちゃんの前に膝をつく。


「困らせてばかりじゃないよ。忘れないで。僕を助けてくれた。使い方だと思うんだ。ホラ…例えば包丁だってよく切れるものほど美味しい料理が作れるんだ。だから君の力は素晴らしい力だよ!」


「……」


 顔を上げたエリちゃん。


 バチンっ


 小さな額から小さな音がした。そして、とんっと尻餅をつく小さな体。相澤、緑谷、通形、物間は驚いた顔で、伸びた腕の先。デコピンを食らわせた名前を見た。一拍遅れて「え、」と驚いた顔で額を抑えるエリちゃん。緑谷も同じく尻餅をつき、ミリオが額を押さえながら、赤い額の代弁をするように「イッターーっ」と声をあげる。

 エリちゃんは驚きながらもおそるおそる名前の顔を見上げた。


「お姉さん、怒ってる…?」


「ちょっとね」


 腰を下ろすこともなく、膝に手を当て、自分を見下ろした名前の指先がさらりと自分の額を撫でた。


「私生き方のコツ、なんて言った?」


「え?…キレイで、ジシンもてって」


「そう、そうだよ。それは貴方の力、貴方の一部でしょ。それを否定するってことは自分の全てを否定してる事になる」


 名前のそれはまるで誰かのことを言っているようで。


「どうしても自分の力が嫌なら好きになれるように努力するしかない。その為に周りをなんでも使えばいい。君に美しく無いところなんて無いんだから、自信持ってしゃんとしな」


 「顔を上げて、空を見るんだよ」名前はそう言って、エリちゃんの手を引き上げた。


「うん…!私やっぱりがんばる!デクさん、お姉さん!」


「がんばれー」


「やっぱり素晴らしいよ夜野さんは!!」


「デクも良いこと言ってたのに」


 「やはり負の面…」そう言ってあのお菓子のような目を物間に向けるミリオ。名前は真っ赤になったエリちゃんの額に指を当てた。

 力は極力抜いたつもりだけど、痛かっただろうなぁ。痛い事を今まで何度もされてきた彼女に、やり過ぎた。病院で絶対にいじめたりしないって言ったのに。


「お姉さん…?」


「んー?」


 いつもと同じ名前の声。だが、エリちゃんはいつもと少し違うような気がした。


「どうしたの?」


「約束破っていじめちゃったから」


 ぐっ、と胸元で拳を握る。エリちゃんは精一杯に声を上げた。


「ちがうっ、違うよっ!!お姉さんはそんな事してない!だって、お姉さんのことは怖くなかったもん…。お姉さんは私の為に怒ってくれたんだよ。お姉さん言ってたでしょ、同情して怒ってくれて守ってくれる人が優しい人だって。お姉さんはいじめたりしないよ、優しい人だもん…!」


 エリちゃんが名前の足にしがみつく。それは小さくて、感情を上手く出せない少女の精一杯の言葉だった。真っ直ぐ自分に向けられる視線。それがむず痒くて、そして何となく居心地が悪くて、目を逸らす。


「…私はそんな事してないよ。おでこ、冷やそうか」


 小さくそう呟いて、それをかき消すように言葉を続けた。


「うー、そうする」


「そう言えば、昨日、ゼリー買ったっけね。あれ食べよっか」


「うん」


 額に両手を当て、薄っすら涙目になったエリちゃんを笑いながら、名前は仲良く手を繋いでキッチンへと向かった。


「じゃ、僕は帰るよ。A組に恩を売ることもできたしね。ここぞって時にこの貸しは使わせてもらうよ」


「ありがとうな」


 黙って帰ることはしない物間に相澤が礼を言う。だが、「あ」と声がして、ひょこっと名前の頭だけが壁の向こうから戻ってきた。


「みんなも…。あれ、モノマくん帰るの?ザンネンだね。お茶しようかと思ったのに」


 それで少しはエリちゃんの誤解も解けるかと思ったが。名前はまぁ、仕方ないか。と出口の方に向かっていた物間にさよなら、の手をあげようとした。それを「あー!!」と物間が止める。


「ありがとう緑谷クン!!僕もお茶に誘ってくれるなんて!!」


「え、え?え?」


「ここぞって時キタね!!」


 ミリオがたっはー!と笑った。


 

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