夜の兎 | ナノ


▼ 8

 SONOHINOHOKAGO


 ヒーロー基礎学を終え、HRを終え。名前は相澤から聞いた伝言を元に校内の仮眠室を訪ねた。


 ガラガラ


「あれ、意外な人が」


 中にいたのは呼び出した人物であるオールマイト、そして彼とほぼセットな緑谷。そしてその隣には爆豪が座っていた。メンバーを見た瞬間、すぐにピンとくる。


「爆豪、教えてもらったんだ。何で私も呼ばれたの?」


 呼ばれたことに驚きもしないどころか「教えてもらったんだ?」と随分と前から知っていたような言い草。名前の言い方に疑問符は付いていなかったが、その時点で既に半分キレている爆豪にとっては「ああ、やっと教えてもらえたんだー?」である。


「何で1番関係無さそうなコイツが知ってんだよ!!!!」


 爆豪は目の前にある机をバンバンッと数度叩いた。


「彼女は自分で確信に触れてきたというか……」


 言いにくそうに、それでいて不本意だとでもいう風にオールマイトが言う。爆豪は自分より先に教えてもらったではなく、自分から暴きにいったという名前にさらに苛立った。


「触れさせてんじゃねぇ!!!」


  「そんなムチャな……」と肩を竦める緑谷。すると名前はソファの肘置きにとん、と手のひらを置いた。


「先越してごめんねー」


「ウッゼェなテメェは!!」


 ブンッと腕を払う爆豪に手を退けられる前にひょいっと浮かせて避ける。瞬間、爆豪の額にぴしりと青筋が立った。


「座ってもいい?」


「あ、すまないね。どうぞどうぞ」


 空いている場所は緑谷と爆豪の座るソファの対面に位置するオールマイトの隣。または1人分の誕生日席。名前は一度きょろ、と見渡すと、選んだ場所に腰を下ろした。


「……でなんでこのクソ狭いところだァァ!!」


 ドーンと座ったのはまさかまさかの爆豪と緑谷の間。もちろん爆豪は抵抗したが、そんなものパワータイプの名前に勝てる訳もなく軽々押し除けられたのである。


「嫌がらせ」

 
 まさに傍若無人。顔を赤くし、小さくなる緑谷と押し除けようとする爆豪の間という狭いそこで余裕綽々とばかりに名前は「で、」と足を組んだ。


「(なかなかどうしてビックなヤツじゃないか!名前少女!)あ、そうだね。本題は」


 名前は「ああ」と思い出したかのように声を出した。


「今日の黒いやつの事?」


「察しがいいね。もう実は少し話し始めてたんだ。2人は秘密を共有する者としてね」


 爆豪、名前をオールマイトは一度交互に見た。


「あんまり興味ないけどなぁ」


 言葉通り、本当に興味が無さそうな名前は真剣な表情を浮かべる2人の間で膝の上に置いた手の指を太ももに当て、とんとん、と叩いた。


「オールマイトは知ってたんか今回の事、黒い”個性”ん事」


 片足をソファに上げ、不遜な態度で爆豪が言う。


「私も初めて目にした。スキンヘッドの継承者―――…お師匠の前の継承者は黒髪の青年と聞いている。歴代継承者の”個性”が備わっていた事、恐らく師匠も知らなかったハズ」


「じゃあ現状てめーが初ってことだなゴミ。おい何かキッカケらしーキッカケあったんか」


 ゴミ。ナチュラルな罵倒で緑谷を呼ぶ爆豪。


「ううん全く……ただ時が満ちたとだけ言ってた……何か外的な因果関係があるのかも」


 考え込む緑谷。すると軽い調子の声が「じゃあ使いこなせる方が良いね」と言った。顔を上げた緑谷が声の方を向く。まるで何が問題なのか、というように、名前は時折見せる、美しくも、そして踏み込んではいけないもののような恐怖をも感じさせるあの微笑みを浮かべていた。


「使うべき時が来たって事でしょ。個性が進化しなきゃいけない時、ふふ、予感がどんどん現実味帯びてきて嫌んなってくるなぁ」


 嫌だと言いつつも、その顔はそうは見えない。


「予感?」


 緑谷は首を傾げた。


「オールフォーワン……いや、死柄木に会った時からね」


 意外なことに、爆豪が「それじゃねぇか」と同意した。


「オールフォーワン。ワン・フォー・オールは元々あいつから派生して出来上がったんだろ?複数”個性”の所持――……なるほど、あいつとおんなじじゃねぇか」


「皮肉だねぇ。対抗するのにおんなじ手になっちゃうなんて」


 口角を上げ、爆豪の言葉にそう続けた名前。率直な2人の言葉は時には鋭すぎることもある。オールマイトは複雑そうな顔をする緑谷に「……言いたくなかった事を……」と呟いた。


「でも、別にいいじゃん何でも」


 揶揄いの一つだとでもいうように、名前は同じトーンでそう言うと緑谷の肩に肘をかけた。


「正義も悪も表裏一体。勝てば官軍負ければ賊軍。つまり、勝った方が正義になるんだよ。この世はそう出来てる。つまり、緑谷は負けないように鍛えればいいだけ。難しいことは何もない。プルスウルトラー」


 いつもそうだ。知らない間に心の隙間に入り込み、それを撫でるような少しの怖さを滲ませながら、彼女は人を鼓舞する。きっと落とすことだって簡単にしてしまう。ただ、そんな彼女に肯定されてしまえば、出来るような気がしてしまうのも事実で、まるで、悪い誘いに乗ってしまったような、そんな気持ちを微かに感じながら、緑谷は「うん」と力強く頷いた。


「テメェはいっつも敵かヒーローか分かんねぇ言い回しなんだよ。ホントにヒーロー志望か??」


「どっちもおんなじ様なもんでショ。私はその中間でいいの。爆豪は……ギリ、ヒーローかな」


「ああ??モロヒーローだろどこ見てんだテメェ。殺すぞ」


「そういうところ」


 名前がオールマイトに渡されたお茶を啜る。すると爆豪がBOOMと両手を爆破させた。その衝撃で茶が溢れ、髪に散った火花が飛ぶ。名前の手から伝ったお茶がスカートにポタポタと跡を残した。


「わ、ちょっと待ってね」


 オールマイトが慌ててティッシュを取り出す。それでぽんぽんとスカートを拭けば、爆豪が「ハッ!!」と鼻で笑った。


「間横で花火しないでよー。パチパチうるさいから」


「名前さん……!?」


 爆豪の爆破を花火呼ばわり。緑谷は「はわわわ」と口元に手を当てた。


「アァ……??花火だ……??!爆死させるぞクソ怪力女ァ……!!」


「やれるもんなら」


「やってやるわ!!」


 瞬間、すっと前に出た名前の片手が両手をBoomBoomと爆破させる爆豪の顔を鷲掴む。先に手を出した方が負け?そんな思考はもちろん無い。


「ごめんなさい、は?」


 みしみしと米神に力がかかり、爆豪が頭を抱える。


「ガァァアア、テメェ!!!」


 容赦なくやり返すために顔に伸びる爆豪の手。名前はその手をパシッと掴むと手のひらで爆破を受け止めた。とはいえ、爆豪は一度喧嘩で謹慎を喰らっている。本気でやる訳もなく、名前の手は火傷すらしていない。


「みみっちいなぁ。キレてるのに物壊したら怒られるからって威力小さくしたの?」


「うるっせぇ!!!言うなや!!!テメェこそ早く手離さねぇと謹慎なるぞ?!!」


「さすが謹慎経験者は言うことが違うね。しっかり躾直されちゃって」


 パッと手を離す。するとオールマイトが目を丸くして、名前を見た。


「君は……ホントに16歳なんだよね?今日の戦いも見てたけど、いつから鍛えてるの?」


「生まれた時から」


「戦闘民族みたいなこと言うゥ」


 タハー!と上体を反らすオールマイト。名前は何ら驚くこともなく今更何を、とでもいうように「そうだよ」と言った。


「あわあわあわ」


 一度、死んだことを知っている緑谷が慌てふためき、爆豪がジロリと名前を見る。


「なんか隠してんだろテメェ」


 お茶を飲み干した名前がふぅと息を吐く。


「まぁ、オールマイトの秘密を知って、私だけ言わないのもフェアじゃないよネ」


 秘密というほどのことでも無いが。名前はさらっと「私、2度目の生なの」と言った。


「え、えええええ!?そんなのあるの!?」


「さぁ」


「前世ってやつか」


 「今更何言われてもおどろかねぇわ。個性だとしてもしょうもねぇ」と爆豪は続けた。


「正確にはちょっと違うだろうけど、まぁ、そんなもの」


「だから16歳とは思えない身のこなしを……」


 あっさり信じられたことに驚きつつも、名前は話は終わりだ、とふぁ、とあくびを漏らした。


「お前、トシは?」


「……」

 
 爆豪の質問にぴたりと動きが止まる。爆豪はにやりと片方の口角を上げ、笑った。


「ババァか」
 

 先ほどよりも速いスピードで伸びた白い手がもう一度爆豪の頭を鷲掴み、体ごと持ち上げる。するとミシ、と爆豪の頭から嫌な音が鳴った。

 断じて、断じて、私はババァではない。世間で言う割と若めで死んだし。というか、大人も子供の頃と大して考えることは変わらないし、精神年齢にオバサンとか、そういう概念は無いのだ。それに年齢はただの記号である。誰に言うでもなく、心の中で捲し立てた名前の口元が上がり、瞳孔の開いた目が爆豪を貫く。


「名前さぁぁぁああん!落ち着いて!冗談!!冗談だから!!」


「爆豪少年!!!女性に年齢の話は禁句だ!!!」


「これを機に勉強しようネ」


 ジタバタと暴れる爆豪を引きずり、部屋を後にする名前。バンッと閉まった扉に慌ててオールマイトと緑谷が後を追った。爆豪の代わりに何度も謝罪と弁護をする2人。名前はイラつきながらも仕方なくその手を離した。……いや、正確に言えば、壁に放り投げた。


 シューーーーッ


 壁に上半身を埋め、ぴくりとも動かない爆豪。オールマイト、緑谷は指を噛みながらガタガタと震えた。


「ヒェ、カッちゃん……!」


「私先に寮戻ってるね。色んな個性使えるようになったら私ともやろ、緑谷」


「え、うん」


「じゃ、また明日ねオールマイトさん」


「ま、また明日」


「「(彼女に年齢の話は禁句……)」」


 2人は今後一切、話題には出さないと心に誓った。

 

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