夜の兎 | ナノ


▼ 7

 観覧場所に戻れば、意識を失ったままの宍田・回原が保健室に運ばれる間際であった。残った拳藤はギリギリではあるもののまだ意識があるようで、フラフラと頭を揺らしたまま担架に座っている。


『休養を必要とする愚かな人類達。いつか我らの椅子を運べ』


 それを運ぶロボット達が何やら逆襲を思わせることを呟く。すでに自我があるような気もするが、考えない方がいい。名前がそう思考を切り替えた時、周囲をB組の数人がわっと勢いよく囲んだ。


「結局個性どれ!!?動き読んでたし轟みたいな複合系??」


「音のやつも個性?距離掴めなくなったのは?気配消したのも?」


「個性は使ってないヨ」


 そう言うと「…完敗だーー!!」と拳藤が声を上げた。それにずんずんと歩み寄るブラドキング。


「数的有利が取れているにも関わらず!途中で自分達の方が責められてる側だと誤認し、錯乱にまでハマった!!心理的な面で負けていたぞ!!」


「まぁ初めからジワジワ攻められて気付かぬうちにって感じだったね」


「まさか爆豪とは違った感じでほぼ1人で攻めるとは思わんよ」


 首を振るB組の面々。すると相澤が「それ」と名前の傘を指差した。


「壊れてんのか?」


 ジャキンッ、ドンッドンッ


「ううん」


 答えるようになんの躊躇もなく弾丸が地面に撃ち込まれる。相澤は眉を寄せた。


「じゃあなんで使わなかった。使えばもっと早く被害も最小で終わったろ」


「試合の意味がないから。これは数の多い雑魚用なの」


「本音は」


「それじゃあ楽しくない」


「ハァ。お前はもう少しチームで協力するってのを覚えろ。1人でやるより複数でやった方が効率いいだろ」


 チーム戦、またしても言われる言葉に首元のチョーカーに伸ばしていた名前の指が止まる。そしてどこかむすっとしたような、そんな納得のいっていないような感情に表情には出さていなくとも、相澤はなんとなく気付いた。まぁ、一応、まるっきりソロで挑んでいたわけでも無いし、確かにほぼ1人で制圧しているという状況には変わりない。


「………だが、まぁ……多対1に焦点を当てるなら作戦自体は良かった」


 再度チョーカーに伸びる手がボタンを押す。しゅるしゅると包帯が首元に収まり、名前は一度傘をくるりと回した。


「やっぱり相澤くん、名前さんに甘いじゃない」


「違います」


「みんなに甘いよネ」


「違う」


 相澤を揶揄いながら手袋の下、見える指先にまで這わせた包帯を回収するボタンを押す。すると、少し離れたところでA組の輪が出来ていることに気付いた。よく見れば、B組の生徒も何人かそこに混じっている。きっと反省点を話し合っているのだろう。

 名前はなんか面白そう、とそれに軽い足取りで近付いた。


「体術とパワーだけでも厄介なのに、心理的にジワジワ攻めてきてその上、銃撃と遠距離攻撃もしてくるって考えたら、名前相手にするの中々詰みだよな」


「後半ホラーだったもんな」


「パワーでスピードもテクニックも補える。度胸もある。シンプルだからこそ対策も立てにくいしよ。なんつーかさ、オールマイティなんだよなァ。救助訓練以外」


 うんうん、と瀬呂の言葉に頷くA組。


「切島なら硬化で無傷だし攻撃も出来るんじゃないか?」


 尾白が言う。


「でも、俺何回か削られてるぜ。ま!訓練次第じゃそれも出来るようになるかもな!でも、あいつの場合そもそも体術がすげぇからなぁ。あと息切れ狙ってくるな多分!」


「倒すより動き止める方がいいんじゃねぇか」


 倒すというよりはそもそも動かさない。轟の案に八百万も頷く。


「近寄らせないように罠を何重も張るのはどうでしょう。どうしても近距離になりますし、時間稼ぎが1番有効なのではないでしょうか」


 名前はなんだか複雑な気分になった。


「火で囲むとか!」


 円状に話す面々。隙間は見つからず、入れるところはない。自分の倒し方なんて興味惹かれる話、聞き逃す手はないというのに。すると、そんな名前を見かねてか轟がちょいちょいと手でここに来い、と自身の肩をぽんぽんと叩いた。


「(人に乗るのが好きだと思われてる?)」


 正確に言えば、轟は名前が高いところが好きだから、と呼んだのだが。名前はどちらも好きであったために隙間も無いしまぁいいかと、座ってる轟の両肩に太ももを乗せ、足はあぐらの隙間から地面に。そして肩車の形で頭にもたれ掛かった。


「同じクラスだよね?」


 辺りを見回すも誰も答えはしない。


「関節狙うとかは?名前どう思う?」


「本人に聞くの?関節外して逃げられるんじゃない?」


 この状況でも話を続けるのか…と不思議に思いながらもそれに答える。


「グロッ!!そんな事やんのお前ぐらいだよ!!!」


「爆豪は体育祭で爆破吹き飛ばされてたしなぁ。やっぱ轟とか上鳴が一番有効なんじゃねぇか?」


「範囲攻撃ね!」


 確かに!と芦戸が手を挙げる。


「なら芦戸もいけんじゃねぇか?」


「でも体育祭の時みたいに速さで避けられるんちゃう?」


 麗日の言葉に芦戸はガックリと肩を落とした。


「骨抜が地面柔くして固めるってのは?」


「地面割る」


 名前が答える。


「やっぱ単体で止めんのはキツイんじゃない?どうしてもこいつ止めんのに数人かけられるな」
 

「知能プレイに脳筋プレイぶち込んで多少の無理も実行してくるからな、こいつ」


 耳郎に同意した瀬呂が名前を指差した。


「爆豪はどうする?」


「コロス」


「方法の話してんだけど???」


 意外なことに輪の中には爆豪もいた。


「つーか物間喋んねーな。一番イキイキしそうなのに」


 B組の鱗がピッと隣を指差した。


「戦闘中とは言え、手繋がれたのが相当嬉しかったみたいでな。フリーズしてる」


 物間は何の感情も写してない目でじーっと自分の手を見つめている。嬉しそうには到底、見えない。名前はにやにやと笑みを浮かべた。


「なら次はハニトラしようかな」


「やめとけ!!死ぬぞ!!」


 「コイツが!!」と物間を指差す泡瀬。


「やっぱ複数の範囲攻撃で逃げ場なくしてゴリ押すのが一番いいんじゃねぇか?」


「そんなとこ警戒して近づかないよ」


「動物的カン!!」


 自分の倒し方なんて考えたこともなかったが、面白い。だが、手持ち無沙汰で名前は轟の髪を戯れに二つに結んだ。真反対で見ていた麗日が「ブフッ」と吹き出す。


「心操の洗脳で動き止めれたら一番いいよな」


 うーん、と顎に手を当てた心操が答える。


「それはそうだけど、名前さんチーム戦で個人戦するから引っかけるまでが難しいんだよね。俺がいるってのがバレてたら誰にも返答しないと思う。あと近づいた時点で多分バレる」


「あーあのゲームのスキルみたいなやつな。気配察知。お前近くに何人いるとかまで分かんの?」


 上鳴が首を傾げた。


「索敵とかじゃないからはっきりとは無理だヨ。まぁ大体なら」


「つかそれどうやってんの?」


「満員電車とかで誰かが真後ろにいる時とか何となく違和感あるでしょ。あんな感じで勝手に感じる」


 言いながら轟の前髪を持ち上げ、一つに結ぶ。


「なんか動物みたいだよな。猫に近づこうとして逃げられるみたいな」


「あー、そんな感じだね」


「分かんだ。それどうやって身につけんの?」


 耳郎が尋ねる。


「さぁ」


 名前は「生まれた時はできなかったと思うけど。小さい時にはわりと出来てたかも」と言った。


「よく分かんないよー!修行とか?」


「修行…修行かぁ。森に住んで、24時間いつ攻撃されるか分かんないっていう修行はしたネ。一発でも当たれば致命傷だから常に緊張感マックスでスリリング。根性も付くよ。一生やりたくないけど」


「漫画かよ。熊と戦うとかもした?」


 葉隠に重ねて上鳴が聞く。


「熊は…、戦ってないけど腹筋するのに足持ってもらった事はある」


「何でだよ!!戦えよ!!活用の仕方が間違ってんだろ!!?つーか友好的すぎるわ!その熊!!」


 とうとう爆豪の我慢に限界が来た。


「A組が名前さんの事宇宙人って呼ぶ理由が分かったよ。突拍子のない話なのに嘘か本当か分からん」


 心操が引いた目で名前を見た。


「俺らもまだ測りかねてるよ」


「というか皆大袈裟じゃない?私なんて倒そうと思えば幾らでも方法あるのに」


「どんなの?」


 耳郎の疑問に名前は不思議そうな顔をした。


「頭打ったら気絶するし、血も出るし、体も再生しないし、水中で息できないし、燃やされれば燃えるし、頭だって良い奴には負ける。ね?簡単でしょ。ただ普通に勝てばいいのヨ」


 本気でそう言う名前にA組は何言ってんだコイツ、という目を向けた。つまり、自分よりも強ければ倒せる。名前はそう言っているのだ。


「そんなの分かった上で難しいって言ってんだよなァ!」


「ほら、お前らチャイム鳴るぞ早く更衣室行って着替えてこい」


 相澤がヌッと輪に顔を入れた。途端、既に教育済みである生徒たちは解散すっかー、と立ち上がる。それに続き、名前を肩に乗せたまま轟も立ち上がった。

 バランスを崩さない名前もそれを軽々持ち上げる轟のどちらも実力に違わぬところを見せつけているが、やっていることはじゃれ合いのようなもの。クラスメイト達は「仲良いなぁ」と柔らかな笑みを向けた。そんな生暖かい視線にすぐさま気付く名前。轟の頭に顎を乗せ、尋ねた。


「来る時も乗せようとしてたよね」


「良く高い所乗ってるし、さっき障子に乗っけてもらって喜んでたろ?俺もやりたくなった」


「何で?」


「…俺が1番仲良いだろ」


 何それヤキモチ?かわいい。大きくて可愛いものに弱い名前は轟の首下で足をクロスさせ、抱きしめるように隙間を埋めると紅白の髪をわしゃわしゃと撫で回した。
 

「ふふ、楽しいよ。乗せてくれてありがとう轟」


「物間が天仰いでる!!!」


「そっとしてやれ」


「名前の脚の間…だと!?変われや轟ィィイ!!」


「峰田じゃ自分で立つ方が高いでしょ」
 




あとがき
 1番仲良いから自分が良かった。気配消すとか無理に決まってる。単純に音立てなかっただけ。
 

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