▼ 3
「次はお前だ」
そんなホラーにありがちな言葉と共に突き出された箱。促されるままに手を入れれば中には幾つかのボールが入っていた。何度か手を回し、次に手に触れたものを箱から取り出す。裏面を向ければそこにはクラス中が1-5の数字を持つ中で唯一、例外である6の数字が書いてあった。
「当たりだな」
相澤がニヤリと笑う。だが、名前は不満気だった。
「どうせなら心操とやりたかった」
ニューフェイスである心操の手には1と5のボールが。つまり、彼とは一度も当たらないのである。「私もやりたい」と駄々をこねるように名前が相澤の腕を引く。
「お前何回か組手やってんだろ」
相澤は腕をグイグイと引かれたまま呆れたようにそう言った。相澤の言う通り確かに何度か組み手の相手をしたことがある。心操との戦闘はまるっきりしたことがないとは言えない。だが不満だ。
「でもさ。いつもと違うシチュエーションの方が燃えるでしょ」
細い指が相澤の服をゆるく握る。「ね、」と揶揄い混じりに同意を誘う名前はどこか秘事を思い起こさせる。だが、それを取り逃がさないのが峰田である。別の意味でも捉えられる名前の言葉に「いつもと違うシチュエーション?!!」と途端に鼻息を荒げビュンッとその距離を詰めた。
「コラ、やめろ。そういう言い方すんな。こういうのが寄ってくるんだから」
軽く名前の頭に軽くチョップを落とす相澤。名前は懲りた様子もなく「えー」と不満気な声を漏らすと今度は心操に同意を求めた。
「心操もそう思うでしょ?」
「まぁ…」
じ、と相澤が心操を見る。「甘やかすなよ」と言う視線。心操はすぐに「俺もアンタと実戦形式でやれないのはちょっと惜しいけど、今日は見学させてもらうよ」と続けた。
「心遣いも出来てる!!!」
#nam#はザンネン、と傘を肩にかけた。
「それに一回しかできないし」
その上、6番は最後の試合。出番はまだまだ先だ。暇だなァ、そう思った名前の目に一冊のノートをパラパラと捲り、真剣な目をした緑谷の姿が入った。
「みーどーりーや」
歩み寄り、ぴょんっと軽く飛びながら緑谷の背後から顔を出す。肩から覗き込むような姿勢に動きと共に風を感じた緑谷の顔が首元から徐々に赤くなる。
「名前さんっ、ち、ちちちち近いよっ」
自分にいまだ慣れない緑谷の反応は今では逆に新鮮で、名前はわざと離れることなくそのノートに手を伸ばし、片手に持ち上げながら自然と落ちていくページに目をやった。すると、でかでかと書かれたヤトの文字が目に入る。名前はすぐに間に指を挟み込み、そのページを見た。
「私のページも作ってるの?」
「ももも、もちろんだよ!!判断力、気配察知、パワーを利用した高精度な体術に柔軟な戦闘術!近接だけじゃ無く遠距離もこなせる!勉強になる事が多いよ!!」
自分だろう絵に矢印が伸び、コスチュームの詳細と機能、そして自身の身体特徴と戦闘に関する内容が書いてある。そして簡単なステータスも。さっきまで顔を赤くしていた緑谷はまるで自分の事を言っているように得意げに鼻をフンフン鳴らした。それが不思議でつい笑みが漏れる。
「ふふ、嬉しい」
「え、い、いや、あの」
Bomと湯気が出そうなほど赤くなる緑谷をじ、と見ていればその奥にいた麗日と名前の視線がガッチリ合った。途端にまん丸な目の中で瞳を小さくした麗日がハッとする。
「……」
「……………」
名前の視線にだらだらと汗をかく麗日。それが数秒。身構える麗日に名前は面白いものを見た、とでもいうようにニンマリ、悪どく笑うとひらりと手を振り、「馬に蹴られる前に逃げないとネ」と緑谷から体を離した。
「ちょっ、名前ちゃん!!」
「??」
疑問符を浮かべる緑谷は麗日に任せ、軽いステップで後ろに下がる。するとびゅう、と冷たい風がマントの中に入り込んだ。
「今日寒いネ」
本当にそう思っているのかいないのか。名前は身を震わせることもなくそう言うと地面に座っていた轟の左隣へ風から身を守るように腰を下ろした。
「トドロキは寒くないの?」
「俺は個性柄慣れてる。名前は……」
傘の下にある大きな影は腰を下ろしたことで色を深め、それが冬のせいか他の場所よりもやけに冷たそうに見える。轟はその中でスリットに晒された肌を見て「…寒そうだな」と言った。
ボウッ
轟の左手から小さく炎が上がり、気付いた名前がその距離を詰める。
「やってくれると思った」
そうか。轟は予想していたらしい名前に頷くと1試合目のメンバー達に目をやった。
「1試合目は口田、切島、上鳴、蛙吹、心操か」
そして対するB組は円場、宍田、塩崎、麟の4名。
「私B組の個性全然知らないんだよね。ワクワクする」
「そうだな。俺もだ」
小さな火を囲み、少しも試合前の緊張感を感じさせずに話す2人。そんな2人の話を他のA組のメンバーはヒヤヒヤとした気持ちで聞いていた。なぜならB組はヒーロー科がメインである催し物、体育祭にもちろん出場してたし、活躍もしていたからだ。だが、クラスメイトのことすら眼中に入っていなかった轟と自分の好きなもの以外に関心の薄い名前にとってはそれが本音であり、悪気もない。だから尚のことタチが悪い。周囲は「頼むから向こうに聞こえていないでくれ」と誤解されがちな2人の会話を聞きながら声のボリュームを上げた。
「じゃ、第一試合」
『START!』
開始と共に自陣の奥へと進むAチーム。一塊になるAチームは広範囲攻撃の出来る上鳴と上手くいけば同じく相手を一網打尽に出来る心操が揃っている。複数を相手にしなければならない今回、上鳴を中核に置き、電気を通さない塩崎を切島、蛙吹で抑えにかかるつもりだろう。今は様子見の段階。だが、それは既にBチームにもバレている。何かに気付いた切島、上鳴、そして蛙吹が空中を見た。
「来たね」
名前が言う。その瞬間、B組の宍田が背中に円場を背に攻め入り、蛙吹、切島の2人をぶん投げた。相手が準備を終えるまでの速攻攻撃。自陣からは遠くとも今が最も隙がある。背中の円場が口から四角い箱のようなものを飛ばし、残った口田を閉じ込め、宍田が次の狙いを心操、上鳴に定める。だが、宍田がその大きな体を起こした途端、動きを止めた。心操のペルソナコード。仲間の声に擬態した心操に反応したのだ。初めての組み手で見たアレか。名前は足を崩し、頬に指をついた。
「敵が多いと心操の個性はいいね。相手チームを疑心暗鬼にさせられる」
「対策するとしたらどうする?」
轟が聞く。名前は考える素振りも無く即答した。
「簡単ネ。チームプレイをしなきゃいい」
「それじゃダメだろ」
「どうして?」
「どうしてって」
顔を向ければ、チームでやるのが当然だろ、と言わんばかりの顔で轟が振り向く。名前は困ったように眉を寄せた。本気で分からなかったからだ。何故不利なのを分かっていてチームを大事にするのか。何故、そもそもチームを作る必要があるのか。ただ、轟がチームありきでの場合にどうするのかを聞きたいことは理解できた。
「なら、心操の知らない情報で呼ぶとか、逆にチームで離れないとかかな。ま、対策されてるだろうけど」
円場が同じ箱で心操を捕らえ、固まる宍田の頭を叩く。衝撃に目を覚ました宍田は今度は上鳴に目を付けた。が、それは上鳴の捨て身の作戦であり、攻撃を加えた宍田の体を痺れさせる。その隙に空中にいた円場を蛙吹が捕らえた。投獄場所に向かう蛙吹を追う宍田を切島、口田が阻止するが切島は吹き飛ばされ、塩崎の元に。そして蛙吹を追うのをやめた宍田が口田を捕らえ、投獄場所へ向かう。これで3対3。だが、有利なのは未だB組だった。
『早くも削り合い!宍田・円場の荒らしが覿面!!』
蛙吹のベロで運ばれた円場が牢獄の中で顔を赤らめる。
『これは!!残人数は同じでも精神的余裕はB組にありか!?』
「偏向実況やめろ!!」
「ブラドさんの生徒愛も凄いけど、相澤先生の弟子愛も負けてないね」
「揶揄うな」
じーっと心操の動きから目を離さないように画面を見る相澤を名前が揶揄えば、相澤は視線も向けずにそれを一蹴りした。だが、その行動はむしろそれを認めていることと同じこと。名前はふふっと笑った。
『蛙吹氏が3人向かってきてる!』
その声に観覧席は困惑した。画面の中には心操、蛙吹、上鳴、3人の姿が映っていたからだ。
「2人に塗布して匂いを上書きしちゃったんだ!」
「オイラたちすら忘れかけてたからB組が想定なんてできやしねぇわな」
緑谷、峰田が言う。心操、上鳴は蛙吹の粘液を纏い、動いているのだった。誰が誰かは分からずとも近付く匂いに蔓を延ばす塩崎。捕まったのは上鳴だった。ポインターの付いた宍田を狙う上鳴より先にポインターを鱗が破壊し、すかさず塩崎が上鳴の体を蔓で覆う。が、それはA組の作戦だった。
『次だ!早くツル張り直せ!』
『ええ、宍田さん位置を…』
動きを止めた塩崎。
『今のは俺の声じゃねぇよ!!』
疑心暗鬼になり、話さなくなる宍田。そしてコミュニケーションの隙をついた蛙吹が塩崎を連れて行く。
「おっもしろいなァ、アレ。もはや圧巻よ」
心操は目立たないが、それでも相手チームを混乱させ、その隙を上手く蛙吹が使い、上鳴が活かしている。
『避けろォオ黙示録ゥ!!』
心操の捕縛布の攻撃をモノともせずに迫る宍田は背後から来るのが誰かに気付いていない。
ゴンッ
『ごめんなさいね』
蛙吹の投げた鱗が宍田に当たり、2人は動きを止めた。
『第1セットぐぬぬぬぬぬA組+心操チームの勝――――利!!』
「反省点を述べよ」
戻ったメンバーの前に担任がそれぞれ立つ。
「相手にケンカする気がねぇと俺の”個性”は役立てづれぇ。本番だったら捕まった時点でぶっ殺されてる」
「虫たちにもっと細やかな指示出せるように…」
「俺は良かったっしょ!?ホレるっしょ!?良いよホレて!大丈夫。恋なんてのはコントロール出来るものじゃないんだ。良いよ大丈夫」
切島や口田に続き、1人、反省点では無いことを言うのは上鳴。
「大丈夫。ホレないから」
「そっ、それは落ち込むってー…」
だが、名前の毒突きによりすぐさま「スミマセン…」と謝罪を述べた。
「2人を失ったこと。誰も欠けることなく勝ちたかったわ。バタバタしちゃった」
「教わったことの1割も実践できなかった。悔しいです」
そして最後に心操が言い、今度は相澤が一人一人への改善点を淡々と述べていく。対してB組のブラドキングは。
「もう自分たちで分かってるな?」
頷くBチーム。
「宍田を軸にするか塩崎を軸にするか統率が取れていれば勝てた内容だぞ」
お前たちを信じている。そんなThe キョウシィ!な対応。教師というよりは上官のような相澤とはまるっきり違っている。着実に策を練るB組とその場その場で臨機応変な対応をするA組との色の違いはこんな所にも現れるらしい。名前は面白くなりそう、と次の試合を待った。
「ヘイ心操くんA組に吠え面かかせる計画練ろうよ!」
「こっちも対策立てなくちゃ」
先程の試合に感化されてか、物間にされてか、他チームも作戦を立て始める。
「……」
暇だ。すぐに始まるとばかりに思っていた試合もこの調子ではもう暫くかかるだろう。相手どころかチームメイトも決まっていない名前にはすることがない。梅雨ちゃんは…と終わった人ならどうか、と思うも、蛙吹は自チームでの反省会に参加しているらしく、そこから離れる様子も見えない。名前は吹いた風に髪を押さえた。
「……」
すると、目の前で相澤の布がひらりと揺れる。名前は目についたそれに手を伸ばし、くんっと引いた。
「うおっ、」
座ったままの姿勢で引いたために相澤の口から驚いたような声が漏れる。名前は気にすることなく、柔らかくも少し硬いそれを腕に絡めた。
「ふーん」
布は絡まりやすく、それ以外に何か機能があるようにも見えない。先ほどの心操がしたように物を引くだけでも指、手、手首と繊細な操作が必要とされるのが分かる。強度は…。両手で持ち、互いを引く。ぎしっと音はするものの簡単に千切れはしない。
「動くから離せ」
相澤の声が頭に降る。名前は布を手弄ったまま返事もせずに立ち上がった。
「(動いていいぞってことか…?)」
そう考えた相澤が歩き出す。それは正解であったようで、名前はただ黙って手元を見ながら相澤の後に続いて歩き出した。
「……」
ペットの散歩のような、逆に子供に離れないように服の端を持たせているような、そんなどっちとも付かない複雑な感情で見学に来ているオールマイト、ミッドナイト、そしてブラドキングの側へと到着した相澤。ハテナを浮かべる教師陣に相澤は「触れるな」と首を振った。
「心操どうでしょう?」
「良いね!物怖じしてない。悔しいがまず出てくるのは素晴らしい」
「今回はいわばヒーロー科編入へのセンター試験。次のセットは相当気合入れてくるでしょう」
ブラドキング、オールマイト、そして相澤の話す後ろで布を指に巻きつける名前。会話の内容に興味はなく、目下あるのは布の動かし方への好奇心だけである。布を巻きつけた指を上下に振ると、首までの布が大きく揺れる。それを大きく振ってみた。布が波打ち、今度は相澤の首元の布がフワッと浮く。
「(そこに行くんだ…)」
今度は両手で両端を持ち、上下に振りながら上でクロス。すると相澤の首元の布がクロスに浮いた。どうなっているのかはよく分からないが、試しに相澤の手の動きを思い出し、布の長さを緩めたり絞めたりと動かしてみる。するとふわりと大きく布が浮き、首から離れたかと思うと相澤の体に満遍なく広がる形で落ち、次の瞬間、その体をキュッと締め上げた。これには相澤以外の教師もたまったものじゃなかった。
「ブフッ」
「されるがままね」
吹き出すオールマイトとミッドナイト。
「…夜野いい加減にしろ」
髪を逆立たせ、目を光らせた相澤が振り返る。名前は仕方ないなァ、と再度布を緩めた。
「でも相澤くん、名前さんに結構甘いわよね」
「除籍、はまだしも何か言いそうなものなのに」とミッドナイトが続ける。相澤はすぐさま「違います」とそれを否定した。
「止めても気が済むまではやるんで、放ってるだけです。ほらお前もあっち行って試合見てろ」
「見るよ。でも、皆作戦会議してるから」
「じゃあじっとしてろ」
まるで猫を追い払うかのような相澤。名前はなんか適当だなぁと布の両端をクロスし、そしてきゅっと絞めた。案の定、首の布が締まり、相澤の目がカッと見開く。
「オマエなァ…いい加減にしろ」
片手に収まる頭に相澤はぐっと力を込める。だが、名前は痛がる素振りも怖がる素振りも無く「短気だなぁ」と言いのけた。
「言ったでしょ。轟、コイツそっち持ってけ」
「いや、俺次試合なんで」
「ふふん。せんせ、残念だったね」
「まぁいいじゃないか相澤くん。名前少女はなんだかんだ試合もちゃんと見てるようだし、きっと寂しいんだよ」
「寂しくは無いけど」
相澤は「ハァ」とため息を吐くとオールマイトに免じ、その手を離した。
「なんかオールマイトさんってカワイイね」
「え?え?」
寂しいなんて。庇ってもらったにも関わらずふふっと笑った名前が試合を映す画面に目をやる。そこは一面、キノコでいっぱいになっていた。
「人体にまで生えるのかよ……ホラーだ」
冷や汗をかく峰田。それを聞いたB組の回原は個性の解説を一つ加えた。
「彼女のキノコは2―3時間で全部消えるから後に引かないんだ」
じゅるり、名前が口元を手で拭う。
「キノコ……醤油かな」
「おま、食う気かよ!!」
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