夜の兎 | ナノ


▼ 5

 
「轟、これ持って」


「おう」


 次の試合が確定しているのは自分だけ。名前は準備をしようと開いたままの傘を轟に手渡した。片手で受け取った轟がよろけ、驚いた表情で傘を両手に持ちなおす。それに笑みを溢し、フリーになった片手で髪を雑にかき上げ、もう片方の手でチャイナドレスの首元をグイッと開いた。周囲で不思議そうにしていたクラスメイト達が見えた白い肌に大慌てで顔を逸らす。


「おまっ、」


 見えてもないのに大袈裟ネ。名前は気にすることなく開けた首元に見えるチョーカーのボタンを押した。すぐに包帯がシュルッと顔を覆う。首元から手を抜けば、紺色の髪がバサっと風に靡いて落ちた。ゴーグルは……いらないか。古びたゴーグルを首元に下げ、最後にキュッと手袋を引き上げる。そして何度か拳を握った。


「これ、重いな」


「そう?」


 轟から傘を受け取り、肩に立てかける。すると、見ていた上鳴が興味深そうに声をかけた。


「いっつも思うけどそれちょっと敵っぽい見た目になるよな」

 
 その疑問にニッと笑う名前。包帯の隙間から見える濃い赤と口元に上鳴の肩が跳ねた。


「それがいいんだよ」


「サ、サイデスカ」


 しばらくもすれば相澤含めた教師が生徒達と戻る。名前はワクワクとした様子で箱を持ち始めたブラドキング、そして相澤の隣に並んだ。


「んじゃ、最終試合。くじ引け」


『当たりの人は手をあげなさい!』


 手を上げたのは緑谷、峰田、口田、B組は物間、宍田、回原、拳藤だった。組み合わせの妙というのか、チームメイトは林間合宿の肝試しで襲われた時と似たようなメンバー、それに先ほどの試合と数人被っている。しかも、その中には緑谷もいた。


「さっきのアレから緑谷は心配だが…」


「緑谷もきっと調整してやるよ。だからいいでしょ?何かあったら私が気絶させるから」


 名前はそう言うが、相澤とオールマイトが顔を見合わせる。2人の視線は次に緑谷に移動した。


「……やれます!」


 そうして変わることなく、第6試合のメンバーが決定した。


『あと5分で始めるぞ』


「おお、B組は近接タイプばっかだな。あ、でも宍田は索敵もできるか」


 瀬呂がそう言い、芦戸が「でもこっちには名前がいるもんねー!」


「A組は口田もいるしパワータイプが二人もいるな」


 B組の鱗が呟く。索敵もいるA組の方がバランスは良い。


「こっちも爆豪のとこみたいにすんのかな?でもそれだと緑谷と名前、どっちを軸にするか決めなきゃな」


 砂藤が言った。そんな会話を背中で聞きながら歩き出した名前が傘をくるりと回す。轟はそれに数歩だけ着いていくとその背中に「頑張れよ」と声をかけた。


「うん。楽しく、ね」


 そんな返事に爆豪が「ケッ」と吐き捨てる。名前はそれに「ははっ」と声を上げて笑うとチームメイトを置いて、スタート位置へ向かう階段を降りた。


「あれっ。もう行ってる!」


「おいおい待てよ名前―!」


   ーーーーーーーーーーーーーーー


 開始直前の牢屋の前。


「よろしくね名前さん!」


 緑谷に続くように口田、峰田も「よろしく」と言う。名前はそれににっこりと笑顔で返事をした。


「もう時間あんまり無いけど…作戦どうしようか。僕らは2戦目だから手のうちはバレてるだろうし…それに…」


 先ほどの暴走の事もある。自分は主軸とはなれないだろう。緑谷はそう思った。残るメンバーは口田と峰田。だが、2人は火力に欠ける。それに機動力、戦闘力に関してでいえば、名前も適任だ。その上、気配察知に嗅覚など、索敵にも強い。


「それに初戦だから向こうも警戒してるはず」


 口田、峰田が頷く。第4試合の爆豪達と同じく名前を軸に周囲がサポートするのがいい。緑谷はそう続けようとした。
 

「んー、」


 それを止めたのは他でもない名前だった。


「そっちはそっちで任せるよ。私は…囮?になるからさ」


「いや、お前は軸にする方がいいって…!体力余ってるしよ!」


 作戦を前提としたチーム戦は名前にとって馴染みがない。夜兎にとってはむしろそれが枷になるからだ。徒党は組もうとチームは組まない。個が完成されているからこそ、他者の存在を必要としない。それが自分達であり、自分である。

 だからこそ、チーム戦というものの必要性を感じていなかったし、例えそんな自分を中心にチームを作ったとしても、連携なんてものあってないようなものだろう。むしろ必要以上にサポート力が試されることとなるのは必須。即席で作ったチームならいつ崩れたっておかしくない。

 名前はそんな自我と、自己を理解しているからこそ、その提案には乗らなかった。

 だが、初戦ということで向こうは必ず自分を警戒する。そして自分を中心としたチームを組む、と予想することも予想出来る。だからこその「囮」。

 例えそれが外れ、連戦メンバーを含む3人を先に狙うとしても問題は無い。その場合はその”囮”が変わるだけ。囮を必要としない自分にとってはどちらも同じことだ。好きにするために便利な言葉がそれというだけ。先に自分を分断させ、確実に潰す気でも先に他の3人からいくでも、名前にとってはどちらでも良かった。


「ええ!!?」


「その方がいいよ」


『スターーーート!!!』


「お行きなさい羽の生えた友人達よ。居場所を突き止めるのです」


 スタートの合図と共に口田が鳥を使って索敵を始める。だが、すでに複数の気配が迫ってきていた。速攻で潰す気か、分断か。

 同数だからこそ向こうにとって誰に何人使うか、というのが重要になってくるはずだ。全員で来ればただの乱戦。だが、向こうには拳藤がいる。そんなマネはしないだろう。セオリー通りでいけば初戦の自分に人数を割くものだが…。名前は期待感に小さく鼻を鳴らすと口田に目をやった。


「複数来てるね。口田くん何人?」


「正面から2人!拳藤さんと宍田さん、向かってきてる!」
 

 口田はそう言うが、感じる気配は3つ。そして動いている気配は2つ。潜伏は無いと思ったけど…予想が外れたかな?


「来たよ。迎撃準備ー」


    ーーーーーーーーーーー


『来たよ。迎撃準備―』


 カメラの向こう側。観覧席でも緊張感の無い声が試合の始まりを告げる。次の瞬間、緑谷、峰田、口田、名前の正面のパイプの林が拳藤の手で破壊され、大きく開けた。


「やっぱ速攻狙いか!」


 ドォオォオン


 そして今度は空から宍田が落ちてくる。轟音と共に4人の後ろに着地した宍田が割れた地面の真ん中で顔を上げ、峰田に目を合わせ、拳を振り上げた。そのあまりの迫力とまさかの事態に最後尾にいた峰田が『オイラ狙い!?』と声を上げる。


「挟み撃ち!」


「体力のある名前を抑えつつ、着実に減らす。宍田は名前の足止めは出来ても、他が緑谷達を確実に捕えられるかは分からねェからな。もしものためにもパワータイプは後々にも残しておきてぇ」


「堅実なB組らしいね」


 轟に続き、オールマイトがそう言った。


「またさっきみてェな乱戦か!?」


「いや、そうはならなさそうだぞ」


 拳を握りしめた切島を轟が否定する。モニターに映る拳藤の手の中からは金色の髪がのぞいていた。


「総力で叩くべきだろ」


 そして爆豪がそう呟いた。

  ーーーーーーーーーーーー



「悪いね」


 拳藤がにっこりと笑う。それと同時に彼女の背後の上空に宍田の姿が見えた。


 ドォオォオン


「こっちかよ!!」


 名前を超え、拳藤と挟み撃ちする形で着地した宍田。その狙いは名前では無く、後ろの3人だった。体力消費のない自分の足止めをするより、疲労困憊の3人を狙う方が確保の可能性が高いからだろう。名前は確保後に全員で倒せばいい。

 だが、それは簡単ではない。

 背後に感じた拳を振る気配に後方の峰田の頭を掴み上げ、緑谷へと見ることもなく投げる。緑谷なら何がなんでも受け取るだろうし、きっとどうにかするはずだ。名前は真っ直ぐ宍田を見ていた。


「ならば貴方を」


 2対1。狙いを変えた宍田の拳を軽く跳んで避け、その上に手を着き、それを土台にさらに横に跳ねる。すると拳藤が合わせた巨大な両手を横に振り、それを花のように開いた。そして、中から現れた物間が投げられた勢いと共に近付いてくる。


「私へのプレゼント?」


「八百万を参考にねっ!」


 「意表を突かれたかい!?A組ィ!」と笑った物間が手を伸ばす。目が合った途端、それは驚いたような顔に変わった。なぜなら名前も彼に手を伸ばしていたのだ。


「コピーしたいの?いいよ。実ある演習にしたいもんね」


「へ!!?」


 彼は私の個性をコピーできない。そもそも持っていないんだから当然だ。とはいえ、それを知らない彼をそのままにしておくのも勿体無い。個性を試した時に生まれるだろう隙はどこかで活きるだろ。名前は差し出された手を掴み寄せ、また緑谷の方に投げる。すると目の前に今度こそ宍田が立ちはだかった。

 
「個性不明、しかも初戦。それでいてA組随一の実力者と噂されてる夜野氏!!!貴方は分断させて頂きたい!!!」


「悪いんだけど名前で呼んでくれる?」


「ヒーロー名ではなくですかな!?」


 両腕ごと巨大な手に体を鷲掴まれる。抜け出すことは可能だ。だが、そうはしない。


「名前さんっ!!!」


「私は大丈夫。じゃ、緑谷、作戦通りよろしくね」


「え!!?」


 作戦など無い。だが、そう言っておけば多少、相手への牽制にはなるだろう。これも作戦のうち。そう思わせる為に名前は体から力を抜いた。


「んん!?」


 抵抗することのない名前を宍田は驚きつつも当初の予定通り、そのまま空に向かってぶん投げた。


「んー」


 空中に放り投げられた名前は顎下に手をやり、考えた。

 このまま牢獄に入れられるとは向こうも思ってはいない。それにきっと1対1も避けてくるはずだ。となれば、これはただの分断だろう。捕縛系がいればまた話も変わっていただろうが。残ったもう1人が何をする気かは分からないけど、このまま向こうの思い通りの場所に着地するのもなんだか意外性がない。
 
 体を撚れば回転が加えられ、そのスピードが徐々に落ちる。そして名前は大きな岩のビルのような建物の側面に着地した。その瞬間、それを蹴り、崩壊音を背中に跳ぶ。そして、目的地の変わったそこにあった太い柱の上に着地した。


「結構戻ったかな」


 周囲に張り巡らされた細いパイプの上に一歩移動する。元の位置までは戻っていないが、そう離れてもいないはず。名前は徐に片足の膝を軽く曲げると、パイプの後ろに足の甲を引っ掛けるように立った。


「ざんねん」



ーーーーーーーーーーーーーー


「名前が分断された!!」


「すっげぇ回ってんぞ」


 宍田によって空中に投げ飛ばされた名前だったが、その顔は冷静そのもので、焦る様子はない。名前は空中で体を捻ると縦横無尽に回転しながら建物の側面に着地した。そしてそこを蹴り出し、戻ってくる。涼しい顔で足蹴にされた建物はその背後でガラガラと崩れる音と共に倒壊した。


「おお」

 
 壁を蹴り、そこから最終的にどこかの細いパイプの上に着地した名前。走って戻ることも無く、その場に片足を甲を下に後ろへと投げ出したまま立ち、傘をくるりと回している。気を抜いているのだろうか、とクラスメイト達は首を傾げた。


「なんかアイツって緊張感あんま無いよな」


 上鳴がそう言った瞬間、名前が水に飛び込むようにリラックスした状態で空中に頭から体を投げ出した。そしてそれと同時に、両サイドから巨大な拳と獣の手が名前のいた場所に振り下ろされる。


『ザンネン』


 まるで自分達も騙されていたかのように感じる、そんな名前の言葉。クラスメイト達はこちら側も見られているような気持ちになった。


「あーー……」


「なんていうか…食えない奴だよな」


 切島の言葉にうんうん、と頷くA組。すると前に落ちたはずの名前が上下を変え、今度は後ろから戻ってくる。


「手足入れ替えたんだ」


 耳郎が指をさす。足を引っ掛け、それを軸に回ることで落下に回転を加え、手と入れ替えたのだ。そして拳藤と宍田に真横から張り手を食らわした。パフォーマンスめいたどこかコミカルな攻撃に皆が「おお」と声を上げる。

 だが、そもそも一体、いつから拳藤と宍田に気付いていたのだろう。そう皆が疑問に思う中、名前はパイプを蹴って弾き飛ばした宍田を追い、その足が地面に着く前に、宍田の頭を両足で挟み込み、バク宙で頭から地面に落とした。


「フ、フランケンシュタイナー!!!」


 地面を割り、痙攣したまま上半身まで深く埋まる宍田。いかに頑強といえど、あれではしばらくは起きてこないだろう。


「えげつねぇ」


夢side


「これ避けた上でカウンターって、私らの意図気づいてたわけ?」

 
 お腹を押さえた拳藤。


「分断させられて前線3人は残りを相手するだろうし、着地点が違うから誰も近くに居ない、って気ィ抜いてるんじゃないかって?」


「丸わかり、か」
 

 体を前傾に倒し、地面を蹴らずに前に出る。咄嗟に体を引いた拳藤に間合いを詰め、防御の体勢をとる巨大化した掌の上に拳を振った。


「っう」


 吹き飛ぶ彼女を追い、また体を前傾にして間合いを詰める。前後、左右に動きながら緩急を挟み、ストレスを与えて、もう一発。すると拳藤は吹き飛ぶ勢いと一緒に宍田を掴み、去ってしまった。


観覧席



「なんか拳藤動き悪くないか?ずっと防御してるし、反撃できてないっていうか」


 モニターにはまるで傾斜と同じ角度で坂を下っているかのように、体を前傾に、その勢いで歩くような不思議な体勢をした名前が間合いを詰め、巨大化した拳の上から拳藤に拳を振る様子が写っている。


「名前がやってんじゃねぇか?見たことない姿勢だし」


「先生あれ何やってんすか!!?」


 瀬呂と上鳴が相澤に聞く。相澤は顎に手を当てると少し考えるような素振りを見せ、己の見解を話し始めた。


「あれは多分…古武術の一種だな。俺もよくは知らんが、間合いを詰めるための方法にあんなのがあると聞いたことがある。横から見るとよく分からんが、頭を揺らさず、地面を蹴らずに前に出ることで正面から見ると距離感がバグって上手く反応が出来なくなる。アイツはそれを入れたり入れなかったりしながら動いてるから反撃のタイミングを掴めませないんだろうよ」


「それに加えてワザと何度か拳藤の手の死角に入り込んで姿を消すことでストレスを与えてる」


 相澤は「ったく、どっちが意地悪だよ」と呟いた。


「ひぇーーーすげぇなアイツ。プロレス技から武術までなんでもござれって感じだな。格闘ゲームのキャラクターみてぇ」


「あいつ格闘技見るの結構好きらしいぜ」



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