夜の兎 | ナノ


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 博多での事件から数日後、季節はすっかり冬を迎え、ここ雄英高校にも寒い風が吹いていた。


「ふんふん」


 一定の揺れに合わせ、ご機嫌な声が空中にある白い足と共にぷらぷらと揺れる。すると轟がその足に向かって腕を伸ばした。


「障子変わるぞ?」


「いや、大丈夫だ。軽いからな」


「わぁ、嬉しい」


 障子の複製腕と肩との間の上で喜ぶのは高いところが大好きな名前。近頃、そこは名前のお気に入りの場所だった。視界は高いし、障子の複製腕が陽を遮り、過ごしやすい。それに何より複製した口や目は愛嬌があって可愛いのだ。

 数日前、体育祭で峰田チームが見せたトリッキーな騎馬がどうしても気になっていた名前が「乗ってイイ?」と尋ねたところ、優しい障子が「筋トレにもなるな」と快諾したことで、この移動法はヒーロー基礎学で時折見られる光景になっていた。


「にしても今日は寒いね」


 十数度しか無い気温は外で活動するには適していない。ましてやここはヒーロー科。防寒よりも動きやすさを重視した者が多く、中には全裸の者までいるのだから、尚のこと寒さが厳しい。


「障子は寒く無いの?」


 名前はちらりと何の布にも覆われていない自分の乗る腕を見た。


「ああ。名前は長袖になったんだな」


「寒かったの」


 ヒーローには個性によって、季節毎に合わせた機能を携えたコスチュームに変える者も多く、その際、デザインを変える者も少なくはない。所謂冬仕様というやつだ。それが毎年、この時期の話題として特集まで組まれるのだから人は新鮮味というものに飢えているのだろうが、それはここ雄英でも同じことである。辺りの話題は同じく新衣装の話であった。

 名前は特に何かの機能が増えたわけでは無かったが、マントがあるとはいえ、冬にノースリーブのチャイナドレスでは寒い。袖口の広がった長袖に変え、それに合わせてグローブを短いものに新調、そして。


「あとこのマント。よくよく見ると裏起毛」


「それはいいな」


 そうでしょう。名前は差した傘の柄をくるりと回すと他にはどんなのがいるかな、と辺りを見渡した。


「あーーー!?文句あんなら面と向かって言えやクソナードが」


 動きやすいコスチュームの筆頭であった爆豪が長袖になっている。ステルススーツのようなそれは見るからに多機能そうで、緑谷は目を輝かせた。


「そのスーツ防寒発熱機能付き?汗腺が武器のかっちゃんにとってとても理に適った変更で素晴らしいと思「褒めてんじゃねーーーーー!!!!」」


「爆豪めんどくさ」


 言えと言ったかと思えば言うななんて、名前は自身をキッと見つめる爆豪を気にすることもなくぷらぷらと足を揺らした。


「ンだとクソ怪力女!!!上から見下ろしてんじゃねぇーぞ!!!」


「ほーん」


 ずんずんと歩み寄った爆豪が自身を見上げる。名前は一度、障子を見ると、腕にトントンと指を当てた。意図に気付いた障子が腕をより高く上げる。


「ああ!!!?…引きずり降ろしてやらァ」

 
 見下ろす名前の視線が上がり、爆豪がさらに苛立つ。そして引き摺り下ろそうと足に手を伸ばした。ムキになって紐を引っ張ろうとするワンちゃんみたい。名前はその足先をゆらゆらと揺らした。


「ははっ」


 さらに爆豪の目が吊り上がる。


「あいつ何かああいうの似合うよな」


 それを見ていた上鳴。


「ミッドナイトの素質を感じるぜェェェエ」


 峰田は第二の18禁の到来の予感にウッヒョー!!と目をかっ開きながらマントの隙間から時折見える太腿を目に焼き付けた。その時である。「おいおい、まーずいぶんと緩んだ空気じゃないか」とこちらを挑発するような声が風と共に現れた。


「僕らをなめているのかい」


 そこに並ぶのはB組。今時のヒーロー基礎学は入学して初の合同訓練なのである。


「お!来たなァ!!なめてねーよ!ワクワクしてたんだ」


「フフ…そうかい、でも残念。波は今確実に僕らに来ているんだよ」


「さァA組!!!今日こそシロクロつけようか!?」


 腰を大きく後ろに反らし、歪んだ笑顔を浮かべながらそう宣言したのはB組物間。出た出た。A組の中にそんな雰囲気が生まれる。が、そんな空気など知るわけもなく、ただただ物間を少し照れ屋なだけの人だと認識しているA組唯一のヒトが「ストレッチ?」と物間に声をかけた。


「物間くん何かご機嫌だね」


 そう言っていつものように首を傾けた名前がふっと笑う。


「……」


「静かになった!!!」


 楽しそうなのは何より。かく言う名前自身が新しい個性を見られるかもしれない、という状況にワクワクしているのだ。テンション高めにこちらに突っかかる物間をどこかズレた認識で肯定した名前。だが、その興味は既に物間から移動しているようで、「黒影ちゃんと似たようなのいるネ」と目線を轟に向け、別の会話を始めている。


「見てよこのアンケート!文化祭でとったんだけどさァーア!A組ライブとB組超クオリティ演劇どっちが良かったか!見える!?2票差で僕らの勝利だったんだよねえ!!」


 物間が突き出した紙には『―アンケートー文化祭どちらの演目がよかったですか?(ぼくしらべ)』と書かれている。その得票数は確かに二票差でA組が負けているが、A組とB組は演目が同じ時間であった為、観ることはできなかったことから、「いや、ウチのが良かったし!」とは強く言えない。


「マジかよ、見てねーから何とも言えねー!!」


 後ろで拳を握る拳藤。


「入学時から続く君たちの悪目立ちの状況が変わりつつあるのさ!!そして今日!!A vsB!!初めて合同戦闘訓練!!僕らがキュ!!」


 が、意外な人物が物間の暴走を止めた。


「黙れ」


「ものまァ!!!」


 相澤の捕縛布で首を絞められ、物理的に言葉を遮られる物間。そして黙ったところで相澤の隣に立っていたブラドキングが「今回ゲストがいます」と言った。


「しょうもない姿はあんまり見せないでくれ」


 ブラドキングの後ろからヒョコっと緑谷にも似た髪が現れる。誰だ誰だ、と騒ぎ出す生徒たち。


「ヒーロー科編入を希望してる」


 「あ」「あ」とその人物と縁深い尾白、緑谷が声を出す。


「普通科C組心操人使くんだ」


「あーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 
「心操――――――――――!!」

  
 尾白が叫ぷ。体育祭で操られた体験は彼の中ではよほど印象深いものだったらしい。名前は以前に特訓を見たことがあったために特に驚きを感じることは無かったが、横に並ぶとさらにそっくりな相澤と心操を見て「(師匠と弟子…)」と心の中で呟いた。


「一言挨拶を」


 相澤に促され、心操が言葉を放つ。


「何名かは既に体育祭で接したけれど拳を交えたら友だちとか…そんなスポーツマンシップ掲げられるような気持ちのいい人間じゃありません。俺はもう何十歩も出遅れてる。悪いけど必死です立派なヒーローになって俺の”個性”を人に為に使いたい。この場の皆が超えるべき壁です。馴れ合うつもりはありません」


 なかなかいい”挨拶“をする。体育祭同様に。名前はつんつんと障子の複製腕から伸びる柔らかな目玉を手遊びに指で突いた。


「ギラついてる」


 麗日が。


「引き締まる」


 常闇が。


「初期ろき君を見てるようだぜ」


 瀬呂が。問題児の多いA組はなんだか久しいような気持ちを感じながらパチパチと拍手をした。


「そうか?」


「うん」


「いいねぇ」


 「なんだか必死な感じがして」体育祭以前のピリついていた轟と心操を「必死な感じ」とだけでまとめた名前もゆっくり拍手する。瀬呂は心操の”超えるべき壁”、言い換えれば”超える気だ”という言葉にもどこか他人事の名前に「お前もうちょっとさァ…」と苦言をこぼした。


「じゃあ早速やりましょうかね」


「戦闘訓練!!」


 生徒達が身を引き締めたところで授業は本題に。息ぴったりに交互に話した担任2人が手に箱を持つ。そしてブラドキングが授業内容の説明を始めた。


「今回はA組とB組の対抗戦!!舞台はここ運動場γの一角!!双方4人組を作り1チームずつ戦ってもらう!!」


「…心操を加えると42名。この半端はどう解決するのでしょうか」


 獣のような風貌のB組の生徒が紳士的に尋ねる。


「心操は今回2戦参加させる。Aチーム・Bチームそれぞれに一回ずつ。つまり6試合中、2試合は5対4の訓練となる」


「6試合?」


 ヒーロー科の数は41人。心操を入れたとしても5試合中1試合を5対4にするのではないのか?そんな疑問が上がる。すると相澤がそれに答えた。


「クラスの人数じゃこっちが1人余るからな。最後の試合は二度目の奴らがAチームに3人、Bチームに4人だ。公平を期すために余った1人以外のメンバーは直前に決める」


 だがそれでも…。


「4人が不利じゃん!!」


 拳を握った葉隠が言う。


「ほぼ経験のない心操を4人の中に組み込む方が不利だろ。それでいて、相手が5人になるなら尚更な。それに5人チームは数的有利を得られるがハンデもある。今回の状況設定は「”敵グループ”を包囲し確保に動くヒーロー」!お互いがお互いを”敵”と認識しろ!4人捕まえた方が勝利となる!」


「敵も組織化してるって言うもんね」


「シンプルでいいぜ!」


 キノコ少女と鉄哲が言う。が、そんな柔軟な考えが得意でない者がA組にはいる。


「ヒーローであり相手にとっては”敵”!?どちらに成りきればいいのだ!?」


 頭を抱えるのはフルアーマーを纏った飯田。


「ヒーローでよろしいかと!」


 そして暴走しがちな委員長を諌めるのは副委員長の八百万である。


「双方の陣営には『激カワ据え置きプリズン』を設置。相手を投獄した時点で捕まえた判定になる」


 『いらっしゃい!!』と腕を広げる校長の絵が描かれたポップでキャッチーな檻が現れる。


「緊張感よ!!」


「自陣近くで戦闘不能に陥らせるのが最も効果的。しかしそう上手くはいかんですな…」


 自陣に帰ってくるまでに逃げられてしまえば、確保にはならず、むしろ追えば追うほど自分達には不利。それにこれはチーム戦。そう、上手くはいかない。紳士的な獣の生徒が呟く。


「「4人捕まえた方」…ハンデってそういうことか?」


 爆豪の指摘にハテナを浮かべる上鳴。名前は傘をくるりと回すと爆豪の言葉が何を意味しているのかを教えてやった。


「実戦慣れしてない心操入れてても4人捕まったら終わりって事だよ」


「ほォー」


「ああ。慣れないメンバーを入れる事、そして5人チームでも4人捕らえられたら負けってことにする」


「お荷物抱えて戦えってか。クソだな」


 そう答えた相澤に言葉をオブラートに包む事もせず返す爆豪。


「ひでー言い方やめなよ」


「いいよ事実だし」


 そんな言葉も静かに受け止める心操にA組は目を開く。爆豪なら確実にキレているからだ。


「徳の高さで何歩も先行かれてるよ」


「確かに」


 その点に関しては「超えるべき壁」とは言えないだろうな。名前は大きく頷いた。それにいち早く反応する爆豪。


「あ???確かにって何だクソ怪力女ァ。テメェもおんなじ様なもんだろ!!」


「そうかな?爆豪には負けるよ」


「こんなんで負け認めてんじゃねェ!!!」


 どっちなんだ。今度は癖でなく疑問に首を傾げる。するとこそこそと上鳴、瀬呂、切島が名前の背後で頭を寄せた。


「名前に勝ちてぇけど、勝手に負け認められんのは嫌なんかな」


「解釈違いってやつじゃないか」


「コソコソ言ってんじゃねぇ!!俺がコイツを完膚なきまでに叩き潰すんだよ!!!」


 案の定であったのか爆豪が吠える。だが、今回はA組対B組の対決だ。名前を徹底的に潰す機会は訪れそうにはない。爆豪は大きく「チッ」と舌打ちをした。


「じゃ」


「クジな」



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