夜の兎 | ナノ


▼ 9

 
 仮免に合格したとて、ヒーローへの道は長く、またいつも通りの日常が始まった。ただし爆豪と緑谷の2人を除いては。

 彼らは試験のあった日の夜中に大喧嘩をして謹慎になったのだ。何が原因かは知らないが、元気なものだ、と罰として部屋の掃除をする2人を横目に名前は焼きたての食パンにかぶりついた。


「名前、始業式始まんぞ」


「まって。あと1枚だけ」


 制服に着替え終え、すでに登校準備万端な轟に急かされ、最後の一枚をレンジに入れる。時間は3分半。たとえ時間が無くとも妥協は許さない。名前にとって今この瞬間においては学校よりもパンの方が大事なのである。じわじわと赤くなるトースターを見つめ、時が過ぎるのを待つ。すると、食べ終わるのを待つことにした轟の視線が爆豪へ向いた。


「爆豪は仮免の補習どうすんだ」


「うるせぇ……てめーには関係ねぇだろ」


 緑谷と同じ箒を持つ爆豪が吐き捨てる。そのどこか気まずそうで、微妙な距離感の爆豪と緑谷に名前は不思議と既視感にも似たものを感じていた。


「(ああ、)」


 そして、すぐにその理由に気が付いた。自分だったのだ。

 いつもニコニコ笑って、二言目には殺ろうか、ヤろうしか言わない腐れ縁のマザコン野郎。幼馴染なんて生ぬるい物ではない。仲良くも無いし、ライバルなんて優しいものでも無い。もっと殺伐とした何かで結ばれた昔馴染み。そんな奴が自分にはいた。

 師匠の息子であるソイツと父親の弟子だった自分。互いが互いに気に食わず、何かにつけ喧嘩しては殺し合い、彼らと同じ歳くらいの頃には三日三晩寝ずに食い合ったことだってあった。


「(今となっちゃ若気の至りネ)」


 名前は自分と近くもないがそう遠くもない緑谷と爆豪の関係性につい笑みを溢した。


「テメェ、笑ってんじゃねぇ!」


「自分のことってよく気が付いたね」


「テメェの部屋のゴミだけは絶対ぇ捨てに行かねーからな」


「それは困る」


「みみっちいな」


  ーーーーーーーーーーー



「皆いいか!?列は乱さずそれでいて迅速に!!グラウンドへ向かうんだ!!」


「1人だけ防災訓練のノリなんだよなァ」


 運動場へと向かう中、1人列から外れて指揮を取る飯田に向かって名前がそう呟く。すると前にいた上鳴が「たしかに!」と笑った。


「聞いたよーーーーーーA組ィィ!二名!!そちら仮免落ちが二名も出たんだってぇぇ!!?」


「B組物間!相変わらず気が触れてやがる!」


 上鳴の失礼な物言いも切島の「さてはまたオメーだけ落ちたな」をも気に留める事なく「フッ」と笑い飛ばした物間は滑らかに移動するとB組のクラスメイトの前に立ち、腕を広げ、ポーズを取った。


「こちとら全員合格。水があいたねA組」


 物間の言葉を間に受け、「……悪ィ……みんな…」と落ち込む轟。名前はその肩にポンと手を乗せた。


「あらら、落ち込んじゃった。元気出して。そーいう時もあるって。タブン」


 なんの責任も取らない「多分」を含んだ言葉にも関わらず、慰めてくれたと感じた轟が「…ああ」と顔を上げ、小さく笑う。


 なんだかなぁ…。


 名前はなんだかこそばゆい気持ちになりながら視線を逸らし、物間を見た。すると目を血走らせ、歯を食いしばった物間が自分に向かって歩き出す。

 まだ何か用でもあったのか。そう思ったその時、物間はぴたりと足を止めた。そして、ズイッと両手が差し出される。


「……?」


 周囲を見れば分からないとばかりにクラスメイト達が首を振る。物間と手、名前がゆっくりとそれを交互に見た時、痺れを切らしたように片方の手が柔らかく握り込まれた。


「!」


 突然のことに驚いた名前の手にぐっと力が入る。瞬間、物間は膝を折り、崩れ落ちた。


「…これが、噂の…ハンドククラッシュ握手会…」


「なにそれ」


 一体それはどこの噂なのか。不思議に思った名前が尋ねる。だが、物間は「え!?い、いや、別に!?」と狼狽えるばかりで答えない。それどころか逃げるようにダラダラと汗を垂らし、視線を泳がせている。だが、そんな反応はむしろ興味を引くというもの。

 少しも合わない視線を合わせようと名前が顔を覗き込む。その瞬間、ものすごい勢いで後ろへと下がった物間は小さく上鳴を手招いた。「ちょっくら行ってくるわ」と歩み寄った上鳴が何かを耳打ちされ、定位置へと戻る。


「なんかSNSでお前の握手会では手潰されるって噂が流れてるらしい。ニッチだな」


「なにそれ」


 オリンピックに成り代わったとまで言われる一大イベント、雄英体育祭で顔の知られることとなった名前は知らず知らずのうちに出来たファンたちの間で強すぎる握力での握手が名物となっていた。


「ギャップがいいんだとよ」


「ふーん」


 物好きもいるものだ。名前は緩く首を横へ倒した。


「プラドティーチャーによるゥと後期ィはクラストゥゲザージュギョーあるデスミタイ。楽シミしテマス!」


「へぇ!そりゃ腕が鳴るぜ!」


「つか外国人さんなのね」


 角の生えた女の子、角取ポニーに切島、上鳴が返す。すると物間が彼女に小さく何かを耳打ちした。


「ボコボコォにウチノメシテヤァ…ンヨ?」


「キャラ被りの気配を感じる」


 カタコトの言葉、カルチャーギャップ、そして異国風。カタコト日本語に関しては負けている始末。個性も無いのにキャラまで被るのはいかがなものか。湧き上がる突然の危機感。
 
 もう少し訛るか?名前が本気でそう考え始めた時、その肩にポンと瀬呂の手が乗った。


「安心しろよ。お前にはまだユニバースとバイオレンスが残ってんだろ」


「カタカナで言うな。なんか腹立つ」


 だが、頷け…なくもない…か?。名前が首を傾げると「オーイ、後ろ詰まってんだけど」と声がした。どこか聞いたことのある声に振り向く。そこには体育祭でチームを組んだ心操がいた。そして、おっと驚く。彼の体躯は見て分かるほどに大きくなっていた。


「すみません!!さァさァ皆私語は慎むんだ!迷惑かかっているぞ!」


「かっこ悪ィとこ見せてくれるなよ」


 名前はじっと心操の目を見つめたまま片手を上げ、挨拶をした。心操は一度、少し戸惑ったような顔をしたが、すぐに片手を上げ、それに返した。


  ーーーーーーーーーーーーーーーー


「やぁ!皆大好き小型哺乳類の校長さ!最近は私自慢の毛質が低下しちゃってねケアにも一苦労なのさ。これは人間にも言えることさ。亜鉛・ビタミン群を多く摂れる食事バランスにしてはいるもののやはり一番重要なのは睡眠だね。生活習慣の乱れが最も毛に悪いのさ皆も毛並みに気を使う際は睡眠を大事にするといいのさ!生活習慣が乱れたのは皆もご存知の通りこの夏休みで起きた事件に起因しているのさ。柱の喪失、あの事件の影響は予想を超えた速度で現れ始めている。これから社会には大きな困難が待ち受けているだろって。特にヒーロー科諸君にとっては顕著に現れる」


「2、3年生の多くが取り組んでいるヒーローインターンもこれまで以上に危機意識を持って考える必要がある。暗い話はどうしたって空気が重くなるね。大人たちは今、その重い空気をどうにかしようと頑張っているんだ。君たちには是非ともその頑張りを受け継ぎ、発展させられる人材となって欲しい。経営科も普通科もサポート科もヒーロー科も皆社会の後継者であることを忘れないでくれたまえ」


「―――――それでは最後にいくつか注意事項を。生活指導ハウンドドック先生からーーー…」


 校長の長い話が終わり、司会のブラドキングへ。そして彼に紹介され、口元に口輪を付けた犬の個性のハウンドドックが壇上に上がった。


「グルルル…昨日う”う、ル”ル”ルル”ルル”寮のバウッバウバウッ慣れバウバウグルッ生活バウ!!アオーーーーン!!!」


 興奮のあまりか、人語を忘れるハウンドドック。生徒たちがハテナを浮かべているとマイクを取ったブラドキングがそれを翻訳した。


「ええと「昨晩ケンカした生徒がいました。慣れない寮生活ではありますが節度を持って生活しましょう」とのお話でした」


 バウンドドックいた意味あったのか?という生徒達の疑問の中。


「か、可愛い!」


 突然上がった明るい声にA組の視線が最後尾に向けられた。



「「「え?」」」


 名前順、最後の人物。名前が両頬に手を当て、頬を赤く染めている。


「あの無駄感も、犬も、大きいのも、モフモフしているのも良い…!」


 動物に好かれない名前はそれに反して無類の動物好きだった。


「前から思ってたけどアイツって…」


「可愛いの基準、変わってるよな」


  ーーーーーーーーーーーーー


「じゃあまァ…今日からまた通常通り授業を続けていく。かつて無いほどに色々あったが学生の本分を全うするように。今日は座学のみだが後期はより厳しい訓練になっていくからな」


 集会が終わり、場所は教室へと移る。1時間目の少し前、朝の連絡を聞きながら、名前はふぁ、と欠伸を漏らした。その瞬間、手遊びしていた手元のペンがみしりと音を立てた。


「?」


 目線を落とせばペンのプラスチック部分に大きくヒビが入っているのが見える。力加減を間違えてしまったのだろうか、名前は首を傾げた。


「ごめんなさい。いいかしら先生。さっき始業式でお話に出てたヒーローインターンってどういうものか聞かせてもらえないかしら」


 蛙吹が手をあげたのに合わせて、同じく気になっていた他のクラスメイトたちも声を上げる。聞かれるとは思いつつも、今日話すつもりのなかった相澤は少し悩むような目をして、「それについては後日やるつもりだったが……そうだな」と話を続けた。


「先に言っておく方が合理的か。平たく言うと”校外でのヒーロー活動”以前行ったプロヒーローの下での職場体験…その本格版だ」


「はぁー、そんな制度あるのか……。体育祭の頑張りは何だったんですか!!?」


 爆豪戦で個性の限界まで奮闘した麗日が勢いよく立ち上がる。


「確かに…!インターンがあるなら体育祭でスカウトを頂かなくても道が開けるか」


 飯田も同意する。


「校外活動は体育祭で得た指名をコネクションとして使うんだ。これは授業の一環ではなく生徒の任意で行う活動だ。むしろ体育祭で指名をいただけなかった者は活動自体難しいんだよ。元々は各事務所が募集する形だったが雄英生徒引き入れの為にイザコザが多発し、このような形になったそうだ。わかったら座れ」


「早とちりしてすみませんでした…」


 素直に謝罪し、着席する麗日。


「仮免を取得したことでより本格的・長期的に活動へ加担できる。ただ一年制での仮免取得はあまり例がないこと。敵の活性化も相まっておまえらの参加は慎重に考えてるのが現状だ。まァ体験談なども含め後日ちゃんとした説明と今後の方針を話す。こっちも都合があるんでな。じゃ…待たせて悪かった。マイク」


 相澤に呼ばれ、外で待機していたプレゼントマイクが勢いよく扉を開けた。


『一限は英語だーーー!!すなわち俺の時間!!久々登場、俺の壇場待ったかブラ!!!今日は詰めていくぜーーー!!アガッてけー!!イエアア!!』


「「「はーい」」」


 それからしばらく


『次の問題をーー行ってみようかァァ夜野!!!』


「はぁい」


 机に手を着き、腰を上げようと力を入れた名前。


 バキィィイゴシャァン


「は、」


 静かな空気の中、突然上がった大きな音。それに驚いたクラスメイト達の視線が音の出どころである最後列の席に向いた。


「どうしました、って名前さん!!?お、お怪我はありませんの!」


 人数の関係から一つ飛び出した場所にある机は真ん中で縦に割れ、無惨にも床で横たわっている。その前の席に座る八百万は突然の出来事に驚きつつもすぐさま持ち主の安否を確認した。


「??」


 目を丸くしたまま机に両手を着く形を空中でキープし、真っ二つに割れた残骸を見ている名前。怪我は無さそうだが、本人の意図したことでも無さそうな様子に八百万はおろおろと机と名前に何度も視線を向ける。


「ヘイヘイヘイ!!!なーにやってんだァ??」


「分かんない。力入れたつもりはないんだけど…?」


 呆れたように言うプレゼントマイクが器用に片方の眉を上げた。


「セロファァァン!一旦治してやってくれ」


 机の交換は後だと一先ず瀬呂のセロハンテープで応急処置をし、名前は言われた通り教卓へと向かう。そして、チョーク箱の中から一つを取り出し、先を黒板に当てた。指先のチョークがミシリと小さく音を立てる。


 バキッ、ビュン!


「ヒョエ!!!」


 何か飛んでいったような…?そんな気がして名前は自身の指先を見た。白いチョークの先からは丸みが消え、そして長さも消えている。折れたのか。ん?と首を傾げながら先を探すが床には見当たらない。


「ねぇ、マイクさん」


 そういえば、マイクが変な声を上げていた。名前が後ろを振り向くと、プレゼントマイクは拳銃を突きつけられたかのように両手を上げ、冷や汗をかいたままその姿勢で固まっていた。

 よく見ればその頬には赤い線が一筋走っていて、背後に見える天井からはシューッと白い煙をあげてる穴が見える。どこかから狙撃でもされたのか。名前が首を傾げると、クラスメイト達も何事かと首を傾げた。


「……今どっかから弾丸飛んでこなかったか?」


 もしかしなくても自分では無いか。


「……あれ?えーっと、プチョヘンザ?」


 名前の下手くそすぎる誤魔化しも耳に入らないのか、未だ固まったままのマイクはそんな声出せたのかと驚くほどか細い声で「ヒャーー…」と悲鳴を上げている。


「あら」


 片手を上げ、なんかごめんと名前が謝罪をすれば動きを取り戻したマイクが慌てたように席へと戻るよう促した。


『今日は調子が悪ィのかー?!戻っていいぞ!!』


 そんな覚えはないが、言われた通りに席に着く。ペンを持ち、続きをノートに書こうとした時、バキィと音がして前の席の八百万の肩が跳ねた。


「?」


「大丈夫ですか名前さん」


「…大丈夫」


 心配する八百万に平気だと返し、手元を見る。砕けたシャープペンシルが名前の手のひらで散らばっていた。それを不思議に思いつつも、新しいものを取り出し、またノートを取り始める。するとまたミシリと音がした。


 バキィ


「……?」


「あの、お作りしましょうか?」


「大丈夫、まだあるから」


 指の辺りで真っ二つに折れたそれ。元々力加減は得意じゃ無いが、今日で全部新調しなくてはいけなくなりそうだ。名前は一度ため息をつくとまたカバンから新しいものを取り出した。



「2限ですッ!!!名前さん!これ答えてくれる?大丈夫よマイクから話は聞いてるわ。その場で立って答えてくれればいいわよ」


「「「(来たッ!!)」」


 二限ともなれば様子がおかしいことにクラスメイトも理解し始める。いつどこで物が飛んできて一限のマイクのようになるやも知れない状況にクラスメイト達はごくりと唾を飲んだ。

 そんな空気の中、ミッドナイトに名指しされ、足に力を入れる名前。極力机に触れないよう、じりじりと椅子をずらす。何も壊れていない。ほっと、一息付いたその時。


 ドゴオオオオオオオン


「……あれ」


 膝裏についていた椅子の感覚が消える。不思議に思い、背後を向くと膝を伸ばした勢いで下がった椅子がなぜか後ろの壁を突き抜けていた。


「……」


 土煙に覆われたそこは何も見えないが、この先にあるのはB組の教室だけ。誰かに当たってでもしたらきっと相澤に怒られる。そんなことを考えるうち、土煙がゆっくりと晴れていく。

 壁に空いた椅子の形の穴の向こうでは、背中に直撃しただろうマイクが仰向けのまま椅子の上で白目を剥いていた。


「リ、リスナー…俺、なんかやったか…?」


「ご、ごめん、でもっ、ふふ、ちょっと面白いね」


「えっと、やっぱり座っててくれる?」


 ミッドナイトにそう言われ、ゆっくりと席に着いた名前。腰を下ろしたその瞬間、椅子がピキリと音を立てた。


―――3限――――


「今日ハ立ツ必要ハナイ」

 
 B組、いや、主にプレゼントマイクの突き刺さる視線を背中に感じながら乗り越えた3限、数学。担当はエクトプラズム。すでに連絡を受け、状況を理解している彼はそう指示を出す。


「はぁい」


 極力動かず、動かさず。そう意識して授業を受ける。そのおかげか、何も壊すことがないまま授業は後半に差し掛かった。が、そろそろ身動きを取らないで居続けるのもしんどい。名前は少しならいけるだろう、ともぞもぞと体を動かした。未だ椅子も壊れていないし、机も割れていない。大丈夫じゃないか?なんて考えが頭に浮かんだ。


「ちょっと動かすだけ……ならいけるよね」


 ゆっくりと椅子を下げる。だがその時、床に後脚が少し、ほんの少しだけ引っかかった。その瞬間、視界がクルンと周る。


 バァァァンン


「んなっ」


「名前―――??!!」


 視界いっぱいに広がるは天井。それと同時に感じる背中への衝撃。名前は仰向けのまま死んだような目で天井を見つめた。なんだこれ、なんなのコレ、もういいやと困惑と恥ずかしさと諦めで微動だにせず床にそのままでいると上鳴、瀬呂、切島の笑い声が部屋に木霊する。


「ヒィーー!!ヒャッハッハッ!!何やってんのお前!」


「受け入れてんなよッヒィー!」


「大丈夫カ」


 エクトプラズムに手を差し出されるが今、の自分だと手を潰してしまうかもしれないために礼だけを言って立ち上がる。倒れた椅子を持ち上げようと背もたれを持つと、背もたれ部分だけが持ち上がった。下を見れば、床にはバラバラになった椅子の残骸が散らばっている。エクトプラズムは苦笑した。


「……新シイ物ヲ取リニ行キナサイ」


「……」


 昼休みが始まったが名前は念のため教室で過ごしていた。

 極力、慎重に行動しているためにストレスが溜まる一方で、食事もめんどうになっていつもの半分の量しか食べられなかった。箸を五本折ってから先はもはや数えていない。はぁ、とため息をつく名前の不満げな顔を見て首を傾げた轟が「ん?」と覗き込む。


「どうした名前。なんかあったか?」


「分かんない。特になんもないと思うけど」


 今日に限ってお菓子がポッケ―。間違えて折って、手を汚しながら食べることになるのは嫌だ。ゆっくりゆっくり一本ずつ口に運ぶ。すると見かねた轟が代わりに袋からそれを取って差し出した。口をぱかっと開けて一本ずつ差し出されるそれをもぐもぐと食べる。


「なぁ名前…俺がポッケー食わせてやるよォ。ハァ…ハァ…なぁいいだろ」


 花に吸い寄せられる虫のようにふらふらと歩み寄ってきた峰田が名前の足に張り付き、スルスルと撫でる。名前はイラァとした顔を隠しもせず口元を歪めた。が、その嫌悪の顔と見下ろしすらも今の峰田にとってはアクセントに過ぎない。


「峰田ちゃん。それはダメよ」


 見かねた蛙吹が舌で峰田を払う。だがそれで懲りるような奴ではない。エロの為ならなんでもする峰田はまたふらふらと足元に擦り寄った。


「なぁいいだろ…なぁ」


 ちまちま動かないといけないイライラと原因のわからないもどかしさが名前の峰田へのイラつきを倍増させてく。


「あ、」


 気づけば名前は峰田の襟首を掴んで投げていた。軽くそこらに投げたつもりの峰田が入学式の個性把握テストよろしく窓を超え、グラウンドまで飛んで行く。


「うぉおおおおお!!峰田アアアアア!!」


 叫ぶ砂藤。


「助けてくれェェェェエエ」


「あれは峰田ちゃんが悪いわ」


 蛙吹の言葉に女性陣はうんうんと頷いた。


   ーーーーーーーーーーーーーーーー


「名前お前えええええ殺す気かぁァァアア!!!」


 峰田は偶然にも外にいたブラドに助けられたらしい。


「おっぱいがぁァァアアア」


 きっとあの胸板で受け止められたのだろう。四つん這いで床に向かって叫ぶ峰田の目は充血し、額には筋が立っている。名前はその勢いに押され、「ごめんって…」と謝罪をした。


「バカヤロウ!!謝って済むならヒーローはいねぇえんだよォォォ!!謝る気があるなら誠意を見せやがれェエエエエ」


「君が悪いのに…?」


 えぐえぐと泣く峰田。考えてみれば、彼はエロの権化とはいえ、まだ子供だ。よっぽど怖かったのかもしれない。名前は仕方ないと峰田の襟を指で摘んで持ち上げ、膝に乗せてやった。


「ウッヒョオオオオオ」


「何してんだァァ名前!!!やめとけ!!!」


 後頭部を胸につけて大喜びする峰田を名前は心底軽蔑した目で見下ろしている。それもある種の興奮材料として作用しているらしい峰田はさらに「ヒョオオ」と嬉しそうな声を上げた。


「…ちょっと涎やめて。キモチワルイ」


 これでいいだろう。詫びとしては十分なはずだ、とすぐにもう一度摘んで下に降ろす。すると教室後方が騒がしくなった。


「も、物間っ!!!落ち着け!!!あれはオワビだ!オワビ!!」


「お、詫びィ、だァ???」


「ダメだこいつ!!!羨ましさと殺意の混じった顔してる!!!!」


 壁に空いた穴の向こうには物間が見える。名前と目が合った瞬間、にこりと爽やかな笑顔に変わった。


「か、変わり身がスゲぇ!!」


「後ろ見ろ名前!!背中に椅子隠してんぞ!!!峰田逃げろ!!!」

 
「夜野いるか?ちょっとこっちこい」


 騒ぎの間から自分を呼ぶ、怒ったような声色に名前の肩がぎくりと上がる。見れば、首元の布を浮かべ、個性を発動しながら相澤がこちらをギロリと睨んでいた。無視をすればきっと尚更面倒なことになる。

 はぁぁ、とため息を着き、しぶしぶ腰を上げた名前は呼び出しに応じ、相澤の元に歩み寄った。


「なに」


 不満気な顔を隠しもしない名前を見下ろした相澤は不思議そうに片眉を上げる。


「あ?お前、壁に穴開けたろ」


「不本意よ」


「マイクにキレてじゃないのか。アイツ怒らせたのかもって心配してたぞ」


 相澤はくっと口角を上げた。既に知っていたからだ。説教と言いつつも、本人に意思があったのかを確認するためだけの呼び出しであり、この彼女の反応を見る限り、わざとではないのだろう。わざとであるなら彼女はこんな不満気な顔はしない。相澤はすぐにその原因が不調であることを見抜き、リカバリーガールの元へ行くよう指示を出した。


「とりあえずバアさんのとこ行け。峰田の件はその後だ」


「結局、説教されるんじゃん」


「謹慎にならないだけ有難いと思えよ」


 相澤は嫌そうにむすくれる名前を呆れながら「ほらいけ」と背中を押した。


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