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『皆さん長い事お疲れ様でした。これより発表を行いますがその前に一言。採点方式についてです。我々ヒーロー公安委員会とHUCの皆さんによる二重の減点方式であなた方を見させてもらいました。つまり…危機的状況でどれだけ間違いのない行動を取れたかを審査しています。とりあえず合格点の方は五十音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上でご確認下さい…』
モニターが揺れ、50音順に名前が映し出される。
「あった」
夜野名前の文字。だがすぐ近くにあるはずの轟の名前は見当たらない。
「轟?」
隣にいる彼の顔を覗きこむ。表情に出にくい彼らしく、その顔はいつもと変わらない。だが、どこか落ち込んでいるのが見て取れた。強個性を持ち、体格も判断力もある彼だ。挫折なんてあまり経験が無いのだろう。
こういう時、名前は慰める術を持っていなかった。だが、きっと持っていても試すことは無かっただろう。余計な声掛けは彼には不要に思えたから。熱くなりやすくて冷静な彼は自分でしっかりと区切りをつけることができる。
名前は轟に話しかけることはせずにもう一度モニターに目をやった。するともう1人、A組で名前の無い人物がいることに気が付いた。
「爆豪、もしかして怪我人に怒鳴ったりした?」
「ああ”!?」
喧嘩どころか、敵と戦ってすらも無かったのに。人知れず落ちていた爆豪に名前は我慢しきれないように口元を隠し、ぷぷー、と笑った。その顔と落ちたことへの苛立ちに青筋を立てながら彼女の胸ぐらを掴み、「んでバレとんだ!」と揺らす爆豪。図星である。
「轟!!」
「ムリムリ、笑っちゃう」
にやにや笑う名前とキレる爆豪の隣で真っ直ぐにモニターを見つめる轟の名を誰かが呼ぶ。三人が声の主に目を向けると大股で歩み寄ってきたイナサが「ごめん!!」と勢いよく地面に頭を着けた。
「あんたが合格逃したのは俺のせいだ!!俺の心の狭さの!!ごめん!!」
「元々俺がまいた種だし…よせよ。お前が直球でぶつけてきて気付けた事もあるから」
轟は彼を許した。互いに非を認め、謝罪する姿にエドの精神を感じ、名前は「リッパ!!これがブシドウ…」と頬に手を当て、恍惚とした様子で2人を見る。
「お前ってたまに外タレみたいな反応するよな」
これぞ青春…!と感動する名前の両肩に「はいはい、邪魔しないでおこうねー」と瀬呂が手を乗せ、ゆっくりとそこから押し出す。瀬呂は空気の読める男である。すると次第ににこにことご機嫌に笑う名前と、轟の周囲に彼が落ちたことに気付いたクラスメイト達が集まり始めた。
「轟…落ちたの?」
「ウチのスリートップで受かったの1人だけかよ!」
爆豪、轟の2人が落ちたことにもその流れで1人、名前が受かったことに驚きだと芦戸、瀬呂が声を上げる。
「我の違いか?」
系統は違えど名前も我の強さという意味では2人とどっこいどっこいの筈だが…。そんな瀬呂の疑問の視線に気付いた名前。
「どういう意味ヨそれは」
「あ”ー!!チョークスリーパー!降参!降参だって!」
裸絞である。そんな隣で上鳴が爆豪の顔を覗き込む。
「暴言改めよ?言葉って大事よ。お肉先パイも言ってたしさ。原因明らか」
「黙ってろ殺すぞ」
「両者ともトップクラスであるが故に自分本位な部分が仇となったわけである。ヒエラルキー崩れたり!」
上鳴が爆豪を、峰田が轟を揶揄うようにそう言った。続けて「自分本位代表のお前が受かったのは意味分かんねーがな!」と目を細めた峰田をすっと飯田が退かす。名前は「今日は違ったのかもね」と特に怒った様子もなくそう返事をした。それに納得のいかないのが瀬呂である。
「今のはOKだったわけ??」
「それにまだ分かんないよ。どんでん返し?蜘蛛の糸?なんかあるかも」
「お前って奴ァよォ!そういうのは言うなっての!無くなるやつだぞ!」
やめとけやめとけ、と止める切島。
『えー全員ご確認いただけたでしょうか?続きましてプリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されてますのでしっかり目を通しておいて下さい』
「夜野さん」
1人ずつ黒服に名を呼ばれ、プリントを手渡される。名前はそれをすぐに折り畳むと一度も見ることなくそのままジャケットのポケットに運んだ。怖いからとかそんな理由ではない。ただ、興味が無かったのだ。そんな名前に気付いた耳郎。もう見終わったのかな?と声を掛けた。
「何点だった?」
「あー、まだ見てない」
聞かれてしまえば見るしかない。名前はもう一度ポケットから紙を取り出し、目を落とした。
そこには点数と減点内容がつらつらと書き述べられていた。端的に言えば『対敵や力仕事といった自身の役割を意識した行動は良いが、救助活動において率先しての行動、傷の判別、応急処置は改善の余地あり』である。
「70。傷の判別と応急処置がダメだって」
「お前は戦闘って感じだもんな」
そしてつらつらと目良から激励のような言葉が贈られる。
『そして…えー、不合格となってしまった方々。点数が満たなかったからとしょげてる暇はありません。君たちにもまだチャンスが残っています。3ヶ月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば君たちにも仮免許を発行するつもりです』
「「「!?」」」
『今私が述べた”これから”に対応するにはより”質の高いヒーロー“がなるべく”多く”欲しい。一時はいわゆる”おとす試験”でしたが選んだ100名はなるべく育てていきたいのです。そういうわけで全員を最後まで見ました。結果、決して見込みがないわけでは無く、むしろ至らぬ点を修正すれば合格者以上の実力者になる者ばかりです。学業との並行でかなり忙しくなると思います。次回4月の試験で再挑戦しても構いませんがーーー…』
「当然」
「お願いします!!」
「あっちゃった。どんでん返し」
だが少し引っかかる。名前は嬉しそうな轟ににっこりと笑顔を浮かべたが、視線は公安の面々から離さなかった。
「……」
即席でもいいから実力のあるヒーローを用意したい。今の話を要約すればそうなる。
「(ヒーロー飽和社会じゃなかったのか)」
矛盾したそれに疑問が残る。一強では無く、全体でというのもそう。確かにオールマイトは抑止力だった。だが、引退していなかったとしても、彼だって数には敵わないだろうし、一人しかいないんだから取りこぼしだってあるはずだ。
「(No.1の穴を数で埋めようってのと別に、人手が足りなくなるのを懸念している、とか?)」
公安というのはいわばヒーローの元締め。国自体を守る機関だ。多分、裏でも色々とやっているのだろう。綺麗な正義だけじゃ出来ないことはたくさんある。それにヒーロー社会なんて言われてるぐらいだから、その大元である彼らの動きは社会の動きそのもの。先を見据え、備えるはずだ。
何かがある。名前はそう思った。
戦場無くしては生きられない私でも、訳も分からないまま良いように使われる気はない。杞憂か、USJ、神野と死柄木に会って彼がデカくなっていく予感が名前の中で確信的になりつつある今、そんな事をつらつらと考えていると、影がかかった。
「ん?」
自分を見下ろす轟と目が合う。
「どうしたの?」
「…名前。俺はすぐに追いつく」
「ふふっ、待ってるね」
名前が笑うと轟は決意を固めたような顔で「ああ」と頷いた。
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