夜の兎 | ナノ


▼ 6

 

「イナサ」


 続々と現れた合格者の中には勿論、士傑のメンバーもいた。彼の名が毛むくじゃらの学生に呼ばれ、そろそろかと距離を取る。それに気付いたらしい彼が「あの!」と声を上げた。それに軽く手を振れば、イナサは尻尾を振る大型犬のように大きく手を振り、「お互い頑張りましょうッス!!」と仲間の元へと駆けていった。


「ヤオヨロズー、お疲れ」


「名前さんもお疲れ様です。流石ですわ」


 全員きた?と尋ねるとヤオヨロズは首を横に振った。不思議に思い、辺りを見回す。そこには確かに誰よりも早く通過したがりそうな爆豪も、緑谷もいない。それに飯田や芦戸、麗日の姿も見えなかった。通過人数は既に半分を超え、残り枠は少なくなってきている。


「厳しい?」


 そう轟に溢すと外から聞いたことのある声がして、扉がまた音を立てて開いた。そして、上鳴を筆頭に爆豪、切島、緑谷、麗日、瀬呂が入ってくる。全員が泥だらけで、一目で外の交戦が激しくなっていることが見てとれた。


「皆さんよくご無事で!心配してましたわ」


「ヤオモモー!ゴブジよゴブジ!つーか早くね皆!?」


 騒ぐ上鳴。珍しくアホにはなっていないようだった。その視線に気付いた上鳴が名前ににっと笑いかける。


「驚いたろ名前!!俺だってぶっぱするだけじゃねーのよ!」


「アホ治ったの?」


「いや、だからまだアホになってねぇんだって」


「俺たちもついさっきだ。名前と轟が早かった」


 障子がちらりと2人に目をやった。


「さっすがー!!」


「ばくごー、道草食ってた?ほらお菓子あるよ」


「うっせぇ!!!」


 にやにやと笑い、封を切ったお菓子を差し出す名前に爆豪は不本意そうにしながらも「勿体ねェことすんな!!」とそれを勢いよく奪い取り、一口にそれを飲み込んだ。

 態度は悪いけど、育ちはいいんだよなぁ。

 目を吊り上げ、ギザギザとした歯でそれを噛み砕いていく爆豪。普段、辛いものばかり食べているイメージがあるために「甘いもの食べれたんだ」と言うと、爆豪は「馬鹿にしてんのか!!」と名前の持っていたマシュマロを焼きマシュマロに変えてしまった。


「これはこれで…ウマ」


「不屈か」


 そう言った瀬呂にアンタも食ってみな、と差し出す。瀬呂は同じように「うまっ」と言った。


「A組はこれで12人か」


「あと9人」


「アナウンスでは通過82名…枠はあと18人」


 飯田や芦戸達がまだ来ていない。出来るなら皆で、そう思うA組の心配に比例するように続々とアナウンスが鳴る。


『100人!!今埋まり!!終了!です!ッハーーー!!l


 隈の職員の嬉しそうな声が流れる。終われば寝られるからだろうか。だが、それに反して芦戸達の姿が見えないためにA組の表情は不安気だった。入室する人は少しずつ少なくなってくる。すると名前の耳に明るい声が入ってきた。扉が開く。そしてA組は全員、一次を通過した。


「おォオオーーーーー…っしゃああああああ!!!」


「スゲェ!!こんなんスゲェよ!!雄英全員一次通ちゃったあ!!!!」


 歓喜に沸くA組。だが、試験はまだ続いてる。喜びも束の間、備え付けてあった画面がパッと変わり、さっきまでの試験場が破壊される映像が流れた。


「スピーディだね」


『次の試験でラストになります!皆さんにはこれからこの被災現場でバイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます!!』


「パイスライダーー…?」


「現場に居合わせた人のことだよ。授業でやったでしょ」


 上鳴の疑問の声に耳郎が答える。正直、興味の無い内容であったために同じく曖昧な記憶となっていた名前も「そうなんだ」と頷いた。

 そして、その説明に八百万が補足する。


「一般市民を指す意味でも使われたりしますが…」


『ここでは一般市民としてではなく仮免許を取得した者としてーー…どれだけ適切な救助を行えるか試させて頂きます』


「む…人がいる…」


「え…あァ!?あァア!?老人に子供!?危ねぇ何やってんだ!?」


 子供から老人までの人々が現れ、崩れたばかりの建物へと近づいていく。演習場とはいえ、崩れた建物に躊躇なく近付く彼らを見るに、訓練での被災者を想定した役者なのだろう。素直に心配をする切島をチラリと見た名前は彼を優しいと思うと同時に、コイツ敵が民間人に化けてても気付かないんじゃ…と別の心配をした。


『彼らはあらゆる訓練において今、引っ張りだこの要救助者のプロ!!』


「要救助者のプロ!?」


「いろんなプロがあるんだねェ」


『「HELP―]USーCOMPANY」略して「HUC」の皆さんです。傷病者に扮した「HUC」がフィールド全域にスタンバイ中。皆さんにはこれから彼らの救出を行ってもらいます。尚、今回は皆さんの救出活動をポイントで採点していき演習終了時に基準値を超えていれば合格とします。10分後に始めますのでトイレなど済ましといてくださいねー…』


「あの人達が採点すんのか」


「多分ネ」


 救助、無いとは思ってはいなかったが苦手な分野だ。戦うこと、傷付けることにかけて名前は誰よりも得意であるが、対してそれと反対に位置する「技量の必要な”手助け“」は授業でも全く出来なかった。何故なら人間の耐久力が分からないから。言ってしまえば、傷の具合すらもよく分からないのである。

 なんせ、名前にとっては動ける程の傷も人間達は動けない。自分ならなんともない傷も人間には重傷。その線引きが分からない。それに加えて、名前は考えて、考えて、それでも無理な時は最終的に力技で解決するという性質でもあった。

 そのために安全策を取らないことも多く、戦闘では相澤も小言を言わないほど優秀だというのに救助となれば怪我人を雑に扱うな、安全に気をつけろと、そりゃもう重傷だといつも小言を飛ばされている。


「救助かぁ…」


 脳内にいつもの相澤の顔が浮かび上がる。「落ちたら手を抜いたと判断して除籍にするからな」つい最近、言われた言葉が思い出される。あの顔は本気だった。やばいなぁ、そう思っていると顔に出ていたのか、轟が心配そうな顔で肩に手を置いた。


「大丈夫か」


「大丈夫バナイ。救助苦手なの。重傷かわかんない」


 いつもはそういう時、知力と判断に長けている八百万に任せっきりなのだが、試験でそれは許されないだろう。彼女は多分、「不正はいけませんわ」と言うはずだ。


「いつもそれ言ってるな。今回は教えてる時間はねェし……動けなかったら重傷でいいんじゃねェか」


「なるほどネ。それでいこ」


 ポンっと手のひらに拳を置く。


「士傑こっち来てんぞ」


 誰かがそう言い、轟の背中の向こうを見る。毛むくじゃらの人が士傑の通過者を率いてくるのが見えた。もふもふしていて少し可愛い。彼は真っ直ぐに爆豪の元に行くと、可愛い見た目によらず、毅然とした態度で爆豪に声をかけた。


「爆豪くんよ」


「あ?」


「肉倉…糸目の男が君のとこに来なかった?」


「ああ…ノした」


「やはり…!色々無礼を働いたと思う。気を悪くしたろう。あれは自分の価値基準を押しつける節があってね。何かと有名な君を見て暴走してしまった。雄英とは良い関係を築き上げていきたい。すまなかったね。それでは」


 マスコット的な見た目に反し、紳士的。そして大人な対応である。毛むくじゃらの彼は言いたいことを伝え終えると颯爽と戻っていった。その後ろにはもちろん、イナサの姿も。


「おい、坊主の奴」


 すると突然、轟がイナサに駆け寄った。


「俺なんかしたか?」


「……ほホゥいやァ申し訳無いっスけど…エンデヴァーの息子さん。俺はあんたらが嫌いだ。あの時より幾らか雰囲気変わったみたいっスけどあんたの目はエンデヴァーと同じっス」


 だが、こちらはこう。良い関係を築きたい、と言ったセンパイの言葉のすぐ後で言うには少しばかり敵意が過ぎる。毛むくじゃら君の言葉は士傑の言葉であり、イナサ個人のでは無いから当然だが。

 真っ直ぐに向けられる怒り。エンデヴァーと同じと言われた為か、彼を覚えていないのか、轟は固まるばかりで何も言わない。それを横目にイナサに手を振ると彼はすぐに表情を変え、「アンタも頑張ってくださいっス!!!」とブンブン手を振り返した。


「まぁ今は気にしないで。行こ轟」


 彼の手に一度触れ、意識を逸らすように少しだけ引く。もしかするとイナサが轟に会ったのはエンデヴァーばかりに固執した頃だったのかもしれない。轟は冷たく見えるが、熱い男だ。個性故かもしれないが、いざという時の冷静さは失わないものの、感情に左右され、一つのことに熱くなるばかりに周りが見えなくなることがある。落ち着けと暗に伝えると轟は私を見て「…ああ、わりぃ」と言った。その瞬間、ジリリリリと警報が鳴り響く。


『敵による大規模破壊が発生!規模は◯◯市全域。建物倒壊により傷病者多数!道路の損壊が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ!到着するまでの救助活動はその場にいるヒーロー達が指揮をとり行う。1人でも多くの命を救い出すこと!!!!』


 シナリオは神野の事件に近い。一次は個人の力も見ていたが、全体的に協調性やらチームワークやらを重視しているようだった。それを鑑みれば、きっと今後はオールマイトという圧倒的No. 1、1強が居なくなった事で予想される敵の活性化をヒーロー全体で対処していこう、ってところだろう。


「チームワーク…苦手だなー」


 とりあえず出るだけ出るかとスタートの合図とともに走り出す。すると、元はビルだろう瓦礫の下に一瞬、人の腕が見えた。腰を曲げ、中を覗く。瓦礫の間で1人の老人が唸っていた。「た、助けてくれェ……」とか細い声が聞こえてくる。

 たしか人間は歳をとるほどに弱くなる、筈だ。夜兎の老人は歴戦の証で、その歳まで生きていたという時点で強さの証明になっているものだから、どいつもこいつも化け物じみているのが普通で、人間のように弱ることが無い。たしかに、こちらに伸ばす枝のような腕は触るだけで折れてしまうような気がした。


「はいはい。どっか痛いところとかある?」


「あ、足が…挟まっとる」


「そっかそっか。ちょっと待っててね」


 パニックにはなってない。なっていたら気絶させるところだが、それだけで死んでしまいそうだから良かった。上に乗ってるだけの瓦礫を片手で持ち上げ、隣に置く。老人の体がしっかりと見えた。血糊がついている訳でも無いし、多分、設定はただの骨折。骨折は重傷じゃ無い…ハズ。


「足は…うん重傷じゃないね。血は出てないけど骨は折れてるかな。歩け…はしないか」


 骨折は心臓より上にするんだっけ。敵のテロがシナリオなら敵役がいてもおかしくない。とりあえずここから離した方が良さそうだ。極力体に触れないように最低限だけ持って横抱きにし、走る。


「ウエッ、吐く吐く。迅速な行動は良いが、年齢を鑑みろ…」


 救護地区にいた治癒系の個性に吐きかけの老人を手渡し、また走り出した。瓦礫の山を越え、敵を探して辺りを見回す。だが、どこにも見当たらない。まだ来ていないのか、もう撤退後なのか、と思った時「助けてくれぇ…」とか細い声が耳に入った。瓦礫を滑り降り、声の主を探す。瓦礫の山のそばから靴のようなものがはみ出ているのが見えた。


「痛い…いたい…早く…助けてくれ…死ぬ…」


 砕けた岩の上を通り、そこへと近づけば、瓦礫の山のそばで1人の男性が鉄筋に体をくっつけたまま寝そべっていた。血糊が腹部から流れている。鉄筋が刺さったという体だろう。


「大丈夫だよ。喋れてるなら十分生きられる。重傷…ではないね」


 鉄筋が動かないように根本を持ち、上を折る。この傷が本物なら、むりやり引き抜いた瞬間、勢いよく血が抜けて失血死するからだ。それから近くに偶然いた轟を呼び、氷で軽く偽の傷口を塞いでもらった。「歩け…はしない?する?」と念の為に聞く。男は突然クワッと起き上がると「重傷だろ!!!」と叫んだ。


「処置はしているがこれは重傷だ!!判断不良で減点!!!」


「元気だねー」


 抱き上げ、また救護班に。そして、また街に出る。辺りを見渡すが、ここらにはもう怪我人はいないのか、周囲にヒーローの姿は見当たらなかった。ならばとさらに奥に進む。救護地区から少し離れたその場所は、私と同じように捜索範囲を広げた参加者達が多くいた。これなら自分は要らないだろう。そう思い、方向を変えた瞬間、狙ったように腕を抑え、泣き喚く子供が現れた。


「腕が痛い…!うわあああん!ゲホッ、ヒィ…ヒィ…うわああ!!」


「ダイジョーブダイジョーブ。他に怪我したところはある?頭とか」


 パニックを起こす子供の背中をぽんぽんと撫でる。ポカンと口を開け、少し落ち着いた様子を見せた子供HUCは「ど、毒っ!言い方ッ!!」とツッコミを入れた。


「……他には怪我してない!」


 すぐに切り替え、演技を続ける子供。凄いなァと感心していると子供は自分の腕をじっと見て、何かを訴えかけてきた。


「あー、」


 救助しろ、と言う事だろう。子供の姿を上から下まで見る。腕を抑えているが、話せているし、足に怪我はない。歩行能力はある。これは…多分、軽傷だ。近くに固定できる個性か麻痺させられるような人がいないかと、辺りに声をかける。偶然にも紐を出せる人がいて、瓦礫の板と個性で子供の腕を固定してもらった。いつの間にか子供の涙も止まっている。


「泣き止んだ?君強いねー。でもお姉さん君のもっと強いところ見たい」


「うん!」


「一人で救護所までいける?」


「うん!」


「ん、じゃあまた後で会おうね」


 子供は大きく返事をすると、怪我人を運ぶついでだからと言う他校の参加者の後を着いて、救護地区へと向かっていった。


「なぁアンタ!瓦礫動かすの手伝ってくれ!こっちだ!」


「んー」


 次々くるなー。そう思いながら指差された瓦礫を持つ。その間に他校の人が要救助者を助け、そしてまた次に呼ばれる。そうして私は苦手な怪我の判断やらなんやらには関与せず、徹底的に瓦礫の撤去や建物からの救出だけに努めた。言うなれば適材適所というやつだ。そんな事を何度か繰り返した時のこと。


 ゴォオォン


 少し離れた救護班のいる辺りで大きな爆発音がした。すぐさま頭を上げ、視線を向ける。音の出どころである壁には客席に届くほどの巨大な穴ができていた。一次試験から思うことだが、試験にしては金をかけすぎじゃなかろうか。


『敵が姿を現し追撃を開始!現場のヒーロー候補生は敵を制圧しつつ救助を続行して下さい』


「わァ、なかなか難しいことする」


 アナウンスが鳴り、確認のために折れ曲がった電柱の上に立つ。名前は軽く前に腰を倒し、屋根のように手を額につけながら目を凝らした。


「んーー?」


 敵だろう同じ服を着た集団の中に1人、どう見てもヒヨっ子には見えない、ガタイの良いシャチのような男がいた。

 やっぱり来るよね、敵。名前は軽く辺りに人がいないのを確認すると深く膝を曲げ、前へと跳んだ。その反動に完全に折れた電柱の近くから「減点すっぞ!!!」の声が上がるが、空中移動の手段が無い名前が戻れるわけもない。


「聞こえなかったフリしよ」


 空中に弧を描くように急行する名前の視線の先では朝の青年、真堂がシャチの姿をした敵に向かって攻撃を仕掛けているのが見える。裏表のありそうな彼は口だけでは無いらしい。


「温い。この実力差で殿1人…?なめられたものだ!」


「2人だよ」


 突如、背中に現れた名前の声にシャチことギャングオルカが振り向く。だが、オルカは中腰のままの姿勢を変えることなく口を開け、攻撃対象を変えずに真堂に何かを放った。瞬間、キュイーンと耳鳴りのような音がこだまする。


「(シャチの超音波!)」


 間に合わなかったが、致し方ない。爽やかくんに顔を向けたままのシャチの後頭部を蹴り、追撃を阻止する。


「ッ」


 ガクンと頭が落ちたのと同時に気絶した真堂の奥で今し方到着したのだろう轟が右手を動かすのが見え、シャチの加減の無いパンチを避けながら地面に転がる真堂と離脱する。そして次いで来たイナサと轟の二人がシャチを囲み、後ろの部下たちを引きつけている間に邪魔な彼を担ぎ直し、救護所の方へと移動した。


「うぅ」


 背中から漏れる小さな声に目を向ければ、歯を食いしばる真堂が薄目を開けた。


「あれもう起きたの?」


「あ、んたも来たのか」


「適材適所ってやつだヨ」


 シャチの攻撃が不完全だったとは言え、彼は人よりも揺れに強い体質らしい。救護班には引き渡さず、「ここで良い」と言う爽やかくんの要望通りその辺に置く。


「取り繕うのはやめたの?」


「う、っせぇ、早く行けよ」


 簡単に剥がれた面の皮に笑みを溢せば、真堂は地面に両手をついたままそう言った。この子、ちょっと爆豪に似てるかも。そんなことを思いつつ、敵を見ると任せたはずのイナサ、轟がなにやら揉めているようだった。

 この状況下でなぜ?

 攻撃態勢をとるシャチの近くには逃げ遅れた設定だろうHUCがいるのが見える。イナサも轟もそれに気付く。が、もう遅い。興味本位それを眺めていれば、緑が1つ、その中に飛び出した。


「緑谷」


 巻き込まれそうな一般人を緑谷が跳躍で掻っ攫うように引っ掴み、救助している。敵への攻撃は冷静に様子を見てから行う彼だが、助けが必要な人がいる時はなんの躊躇いもなくいの一番に向かっていく。なのに、何故、敵には攻撃しないのだろう。いつも不思議だった。

 躊躇?それとも優しさ?私ならきっとあのHUCをどうにかするより前にまず敵を攻撃してから対処した。その方が簡単だから。”助ける“こと、それだけが1番なんて。そしてそんな彼に影響を受けるようにイナサと轟は揉める事をやめ、彼の援護に回った。

 だが、シャチの超音波がイナサと轟の2人に直撃し、その体が地面に倒れ込む。近接でプロヒーローに勝たなければならないという状況にも関わらず、戦線は完全に崩壊してしまった。


「爽やかくんここ任せるね」


「まか、せろ」


 彼の個性は振動?だから足止めにはもってこいだろう。地面を蹴り、距離を詰める。遠くでイナサ、轟が顔を見合わせるのが見えた。きっと何か考えがあるはずだ。この状況で味方同士の小競り合いなんて無駄以外の何物でもなく、彼らもそれを分かっている。だがシャチは既にこちらに向かって歩いていて、轟とイナサからは少し離れてしまってる。


「よっと」


 名前はシャチの目の前に着地すると眼前に蹴りを入れた。だが、それは本命ではない。フェイクに誘われ、オルカが両手を防御のために出したところですぐさま蹴り足を地面につけ、クロスされた両手を自分の両手で掴み、そのまま後ろへと押す。ギャングオルカの巨体が地面に線を作りながら勢いよく下がった。


 ズザザザザザアア


「このっ辺かな?」


「こざかしい」


 顔を下げ、開いた口が目の前に現れる。並ぶ歯はもちろんシャチと同様のものだった。


「そう何度も打たせやしない」


 名前はオルカの顎下目掛け膝蹴りを入れた。


「ガッ」


 強制的に頭を上げられ、天井に向かって超音波が伸びる。そのまま名前はさらに両手に力を込め、オルカを元の位置へと押し戻した。だが、疑問が残る。

 やけに攻撃が緩いのだ。

 シャチといえば全身が筋肉の生き物であり、自然界でも最強に分類される生き物だ。だが、スピードもパワーもあるはずなのにさっきから碌に攻撃してこない。超音波に頼った攻撃が多いのは、こちらへのハンデだろうか。何重にも円を重ねたような目からは何も読み取れないが、きっと何か意図がある。


「なら遠慮なく畳み掛けるのみ」


 さらに両腕に力を込める。その時、その視界の端で地面に転がる轟の指がぴくりと動くのが見えた。


「じゃーね」


「!」


 すぐさまシャチの手を離し、同時にバク転でその場を離れ、そこらにいた部下2人の頭を開脚で蹴る。その瞬間、先ほどまでいた場所から大きな火柱が上がった。見れば中でシャチが炎と風の檻に閉じ込められている。


「おい後ろ!後ろ見ろ!シャチョーが炎の渦で閉じ込められた!」


「まずくないか!?」


「シャチっぽいシャチョーは乾燥に滅法弱い!!」


「戻るぞ!!」


「ダメだよ」


 弱点を聞いてわざわざ戻らせるわけがない。#地面に片足をつけ、また上に跳び、別の部下に蹴りを入れた。そして、その反動で今度は反対へと飛び、別の部下の首後ろへ手刀を落とし、遠距離を狙う別の部下を傘で撃つ。さらに地面に手をつき、回転しながら集まる部下を蹴り飛ばすと、起こった風圧に周囲の部下も吹き飛んだ。

 そして、そのままぐっと腹に脚をつけるように折り、起き上がる反動で別の敵役を蹴り倒す。だが、何度倒しても敵役は減るどころかその数を増していった。


「名前!!加勢に来た!!」


「ありがとー」

 
 常闇や瀬呂、そして見知らぬ誰かが数人、駆けてくる。その瞬間、一際大きくキィィンという甲高い音が鳴り、背後で炎が離散した。振り返ると地面には依然、倒れたままのイナサと轟の姿があり、それを助けようとしているらしい緑谷が空中にいるのが目に入る。


「こっち頼むね」


「おうともよ!行ってこい!」


 名前はもう一度、地面を蹴った。


「二人から離れて下さい!!!」


 緑谷の蹴りを手で受け止めながら、どこからか凄まじい速さで懐に入り込んできた名前を見下ろすギャングオルカ。その目はギラリと光っていた。


「でも、もう遅いよ」


 上げられる足を止めようとするオルカの手は反対の足に弾かれる。そして、そのまま更に回転した名前の甲が緑谷とは反対側の顔面を捉えた。


「入った」


 片手は緑谷の攻撃を防いでいる。顔面横、モロに入った足を振り切ろうとしたその瞬間、「ビーーーーーッ!!!」とけたたましい終了を告げる笛の音が鳴った。


「……」


 その音が耳に入ったと同時に名前はオルカの顔面にあった足から力を抜くと地面に着いた片足でバク宙しながら後ろへと下がった。力というのはこめれば込めるほど抜くにも時間がかかるものだ。だが、名前の挙動はまるでいつでも力を抜けるよう準備していたようなものだった。


 何故だ。オルカの輪を描く瞳が問う。


「お互い様でしょ。これは試験であって本当の殺し合いじゃない」


「それもそうだが、次からは試験といえど本気でかかってこい」


「次もあるの?」


 まるで嫌そうにはない言い方で「やだなぁ」と笑う名前にギャングオルカは「さぁな」と答え、緑谷へと目をやる。その目は少し感心しているように見えた。


『えー只今をもちまして配置された全てのHUCが危険区域より救助されました。誠に勝手ではございますがこれにて仮免試験全工程終了となります!!!!』


「終わった!?」


『集計の後この場で合否の発表を行います。怪我された方は医務室へ…他の方々は着替えてしばし待機でお願いします』


「連れてってあげるね」


「あ…あ、たのむ」


 地面に転がったままのイナサ、轟の2人の側に立った名前が2人を見下ろす。まだ痺れは取れていないのか、轟の返事はどこか舌足らずだった。敵の前で喧嘩した挙句、動けなくなるなんて。なんともまぁ。


「ブザマー」


 笑顔のまま完全に動けない轟とイナサを掴み上げ、小脇に抱えた名前へと緑谷が駆け寄る。


「手伝うよ」


「大丈夫。喧嘩した二人をあえて気まづくさせてあげようかなって」


 なんか楽しそうだな名前さん…。けらけらと笑う名前に緑谷は「あ、うん」と苦笑いを浮かべた。
 

「きこえ、てるぞ」


 轟の声色は少し落ち込んでいるように思えた。だが、まぁあの様子じゃ落ちていても無理はないだろうが。それにしてもあのシャチのヒーローは誰だったんだろう。ふと浮かぶ疑問。

 チラリと後ろを振り返った名前の視線にサイドキックと話中だったギャングオルカが気付く。蹴ってごめんね。そんな視線を送ればギャングオルカはゆっくりと丸みのある口元を開き、パクリと噛むふりをした。


「かわいい……」


「歯ッ!!」


 食いしばった緑谷がそう言った。


  ーーーーーーーーーーー


「どうかなァ…やれることはやったけど…どう見てたのかわかんないし…こういう時間いっちばんヤダ」


「人事を尽くしたならきっと大丈夫ですわ」


「そうそう、きっと大丈夫ですわー」


 不安がる耳郎を八百万、名前が慰める。だが、心から思ってくれているだろう八百万とは違い、名前はなんだか軽い。耳郎は思ってんのそれ…?とじーっと名前を見た。すると視線に気付いた名前はにぃと悪い笑みを浮かべ、「受かったら私、故郷に帰るの」と続けた。


「あ”――!フラグ立てないでって!」


「緊張をほぐそうと思って」


「むしろ不安になったわ!」怒る耳郎だが、先程とは違い、不安げな表情は消えている。八百万は名前を見て、ふふっと笑った。
 

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