夜の兎 | ナノ


▼ 4

――――共有スペースーーーー


 1日の終わり。連日、必殺技の考案と磨きに時間を費やす雄英1年A組女子は共有スペースにして楽しみである就寝前の雑談を楽しんでいた。


「フヘエエエエ毎日大変だァ…!」


「圧縮訓練の名は伊達じゃないね」


「後1週間もないですわ」


 ヒーローと戦闘とは切っても切れない関係にある。しかもここは天下の雄英。入学試験が武闘派な為に女子の比率はあまり多く無い。だからこそなのか彼女達は仲が良かった。


「梅雨ちゃんその髪型どうやってんの?」


 蝶々結びのようなあの髪型がいつも気になっていた。解く時はどうするのかとか絡まらないのかとか。艶々としたそれに触れて名前が言うと蛙吹は「やってあげるわ」と言って、飲んでいたジュースを手渡した。


 「持ってて」なのか「あげるわ」なのかは分からないが優しい彼女はきっとどちらにせよ怒りはしないだろう、とちゅーと中身を吸い上げながら蛙吹に背中を向ける。すると優しげな手つきで手櫛が入り、丸みのある指先が頭皮を撫でながら髪を解く。そのマッサージのような気持ち良さに自然と体の力が抜けた。


「梅雨ちゃんテクニシャンー!名前ちゃん溶けちゃってるよ!」


「猫ちゃんみたいね。可愛いわ」


 にこにこと笑みを浮かべながら結び目を作っていく蛙吹。名前は視線だけをチラリと後ろに向けると揶揄うように目を細め、緩く口角を上げた。


「蛙の梅雨ちゃんを油断させるためかも」


「あら」


 猫はカエルを食べる。蛙吹は一度目を丸くしたが、名前の顔を見てでもあなたはそんな事しないわ。優しいもの。そう言わんばかり「ケロ」と笑った。


「ふふっ、月に住むもの同士仲良くしようね」


 月に住むもの。蛙吹は一瞬なんのことか分からなかったがすぐにピンと来た。ほら、やっぱりあなたは私を食べたりしない。蛙吹は嬉しくなった。


「蟾兎、かしら?そうよね。貴女は兎だったもの」


 聞きなれない単語に???と疑問符を浮かべる葉隠を他所にくすくす笑う2人。蟾兎とはヒキガエルとウサギが月に住んでいるという伝説から生まれた言葉だ。カエルと兎というのはある意味縁深く、月は2人だけの共通点である。分からない話に興味を失ったらしい葉隠は「ヤオモモは必殺技どう?」と八百万に尋ねた。


「うーんやりたいことはあるのですがまだ体が追いつかないので、少しでも個性を伸ばしておく必要がありますわ」


「梅雨ちゃんは?」


「私はよりカエルらしい技が完成しつつあるわ。きっと透ちゃんもびっくりよ」


「名前ちゃんは……、全部必殺技みたいなもんか」


 聞くまでもない、とすいーっと名前から流れるように視線が麗日に移動する。名前は飲んでいたジュースをちゅーっと一度吸い上げた。


「聞くならちゃんと聞いてよ」


「お茶子ちゃんは?」


 尋ねられるもぼーっとしているのかどこか一点を見つめ、何も言わない麗日。名前は蛙吹と目を合わせ、首を傾げた。


「お茶子ちゃん?」


 蛙吹がツン、と突いたことで麗日が「うひゃん!!」と肩を上げる。


「お疲れの様ね」


「いやいやいや!!疲れてなんかいられへんまだまだこっから!…のはずなんだけど何だろうねぇ。最近ムダに心がザワつくんが多くてねぇ」


「恋だ」


 芦戸の言葉に「ギョ」と固まる麗日。鯉だ。そんな事を思っていれば、髪に触れている梅雨ちゃんの手が止まる。「完成よ」と言われ、鏡を見ると後頭部に髪で出来た蝶々結びが出来ていた。


「こっち向いてー」


 葉隠に向けられた携帯に向かって2人で笑う。すぐ隣では麗日が芦戸、葉隠の尋問を受けていた。前世では恋だなんだ、すったもんだ、爛れたものからお堅いものまでそれなりにしてきた人生だったが最近じゃあ、とんと無い。忙しいからいいのだが。多分、そもそも向いてないのだろう。


「な、何!?故意!?知らん知らん!」


 頑なに「恋」という単語を認めたがらない麗日に名前は若いなぁと学生だらけのこの場所では場違いな感想を抱きながら話に聞き耳を立てる。


「緑谷が飯田!?一緒にいること多いよねぇ!」


「チャウワチャウワ」


「浮いた」


 浮き立っているのか物理的にもふわふわと浮きながら赤い顔をアワアワと隠す麗日。「恋していない」なんて嘘が通る訳ないその姿に芦戸は確信を感じ「誰―――!?」と叫んだ。


「どっち!?誰なのー!?」


 自分が思うには緑谷だが、必死に隠そうとする彼女のために黙っておく。他人から言われる「アンタあいつが好きなんでしょー?」なんて聞いているだけでも鬱陶しいことこの上ないし、「ほらほら話しかけにいきなよー」と続くそれは無責任過ぎてもはや負の伝統だ。それに関しては宇宙も地球も同じ。


「ゲロっちまいな?自白した方が罪軽くなるんだよ」


 詰め方がやけにリアルになり始め、浮いていた麗日もゆっくりと降りてくる。


「違うよ本当に!私そういうの本当…わからんし…」


「無理に詮索するのは良くないわ」


「ええ、それより明日も早いですしもうオヤスミしましょう」


 まるで困った顔にも、烏滸がましくも思っているように見える顔でそう言った麗日に見兼ねた梅雨ちゃんとヤオヨロズが2人を咎める。


「ええーーーー!!やだもっと聞きたいー!!何でもない話でも強引に恋愛に結びつけたいーーー!!!」


「そんなんじゃ……」


 芦戸にそんなんじゃと言った麗日だが、その顔は恋している様に見えた。


「名前はないの?」


 これ以上話を聞くことは出来ないと思ったのか、何も言わなかったからなのか2人の矛先が突然、自分に向く。芦戸、葉隠はワクワクとした顔を隠さずにずいっと前に出た。


「は?なんで」


「だってモテそうだもん」


 葉隠に距離を詰められ、自然と体が下がる。


「モテ…?いやモテないけど」


「轟は!?まさか爆豪…?それとも相澤先生…!?物間はどうなのどうなの!」


 羅列される男性陣の基準が分からずに首を傾げる。すると芦戸が葉隠と同じようにぐいっと距離を詰めてきた。


「普通」


「普通って何だァ!」


 空を仰ぐ芦戸に「全力か」と笑った時、一瞬、ほんの一瞬、赤い羽が脳裏にチラついた。それが何故なのかは分からない。不思議に思いながらすぐに首を振る。


「好きな人もいないよ」


 そう言えば、芦戸と葉隠のテンションが目に見えて下がり、2人はとうとう「やっぱかぁ」と肩を落とした。


「もう寝ましょうか」


 そうして1年A組本日の女子会は蛙吹の一言でお開きとなった。 



――――ヒーロー仮免許取得試験当日!!―――――


「降りろ到着だ。試験会場国立多古場競技場」


 あれから約1週間後。この1週間もいつもと特に変わらない毎日を過ごした名前は当日を迎えても同じ調子で、緊張感漂うA組の中心でタコパ…美味しそう、なんて呑気なことを考えていた。


「緊張してきたァ」


「多古場でやるんだ」


 耳郎に続いて緑谷が言う。


「試験で何やるんだろうハー、仮免取れっかなァ」


 口々に上がる不安と緊張の声。相澤は不安そうな峰田を見下ろすと「峰田取れるかじゃない。取って来い」と言った。


「おっ、もっ、モロチンだぜ!!不安とかねーし!!?」


「聞いてねーし」


 峰田に一瞥もくれることなく、そう言った名前。峰田はせめてこっちを見ろとぴょんぴょん跳びながら「う、うるせー!」と抗議の声を上げた。


「今日も凄い切れ味…」


 緊張感のないその姿に感心しながら緑谷が言う。だが、名前は普段と同じで何も変わらない。それに反応してしまうのはきっと自分も緊張しているからだろう。


「この試験に合格し、仮免許を取得できればお前ら志望者は晴れてヒヨッ子…セミプロへと孵化できる。頑張ってこい」


「っしゃあなってやろうぜヒヨッ子によォ!!」


 相澤の鼓舞とも取れる不器用なそれに合わせ、切島が緊張気味なA組を盛り上げる。それを合図に自然と円陣をとり始めるA組にこういうところが彼の良いところだと素直にそう思った名前も輪に加わる。そこで、ふと1人多いような、なんというか暑苦しさにも近い圧を感じた。


「いつもの1発決めて行こーぜ!せーのっ”Plus…」


「Ultra!!!!」


 突然、全く聞き覚えのないバカでかい声が響いた。誰だヨ、と声の方に顔を向ける。軍服のような帽子にブレザーの制服を着たガタイのいい1人の少年がA組の輪の中に紛れ、ガハガハと笑っていた。


「勝手に他所様の円陣へ加わるのは良くないよイナサ」


「ああしまった!!どうも大変失礼致しましたァ!!!」

 
 同校の誰かに咎められ、少年は勢い良く頭を下げる。その勢いは腰を折っても止まることなく、そのままゴスっと鈍い音を立てて頭が地面に当たった。


「暑苦しっ」


「なんだこのテンションだけで乗り切る感じの人は!?」


「飯田と切島を足して二乗したような…!」


 上鳴、瀬呂がキャラの濃さ驚きながらそう言う。


「バケモノすぎるよそれは」


「オイ、どういう意味だよ名前!」


 自身に突っかかる切島を無視し、名前は颯爽と歩く少年と同じ制服の集団に目をやった。


「東の雄英、西の士傑」


「数あるヒーロー科の中でも雄英に匹敵する程の難関校――…士傑高校!」


 爆豪に続き、付近にいた名も知らない誰かが彼らをそう説明した。が、そんなこと知る訳もなく。


「知らないなぁ」


「知らないんすか!珍しいっすね!」


 そう言って少年は何事も無く顔を上げるが、額からは血が流れていて、笑顔と合わさるとなんとも狂気的。暑苦しさもここまでくると恐怖に変わるんだなといった感じである。


「俺、一度言ってみたかったっス!!プルスウルトラ!!自分、雄英高校大好きっス!!!雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みっス。よろしくお願いします!!!」


 目をカッと見開き、話す少年の勢いに合わせて頭からブシャァと血が垂れる。そこでふとトレーニングでもしようと数日前、カバンに入れたまま出すことなく持っていたタオルの事を思い出した。すでに血だらけだから意味は無いかもしれないが、丁度,良いとそれを手渡す。彼は「ありがとうございます!!!!」と手で血を抑えながら今度は先ほどよりも控えめに、とはいえ大きく頭を下げて同校の生徒達の元へと駆けて行った。


「夜嵐イナサ」


 相澤が呟く。


「先生知ってる人ですか?」


「すごい前のめりだな。よく聞きゃ言ってることは普通に気の良い感じだ」


 切島が少年の言葉を振り返り言う。


「ありゃあ…強いぞ。いやなのと同じ会場になったな…夜嵐、昨年度…つまりお前らの年の推薦入試トップの成績で合格したにも関わらず何故か入学を辞退した男だ。」


 轟、八百万を抑えての推薦入試一位。冷静さはないように見えるが人は見かけによらないらしい。名前はほう、と夜嵐イサナの背中へと目を向けた。


「変だが本物だマークしとけ」


 いつ何時でも厳しく、実力以上には評価しない相澤の言葉に生徒達の中に緊張が走る。そんな時である。


「イレイザー!?イレイザーじゃないか!!テレビや体育祭で姿は見てたけどこうして直で会うのは久しぶりだな!!」


 大きな明るい声が相澤の名前を呼ぶ。その声に心当たりがあるのか先生は途端、心底嫌そうな表情を浮かべた。


「(珍しい…)」


 相澤先生がこんな顔を見せるのはマイク以外にいないものだと思っていたために途端、むくむくと興味が湧きはじめる。振り向いた先生の背中からひょこっと顔を出して後ろを見るとバンダナを付け、ニコニコと笑う女がこっちに向かって歩いているのが見えた。


「結婚しようぜ「しない」」


 そして目の前まで来た途端にプロポーズ。相澤の被せ気味の「しない」についふふっと笑いが漏れる。するとすぐそこではなんでも強引に恋愛に結びつけたい女こと芦戸が突然のスキャンダルに「わぁ!」と嬉しそうな声を上げた。


「しないのかよウケる!!」


 何が面白いのかその返答に大笑いする女に対し、照れることもなく至極冷静な相澤。むしろ、鬱陶しそうな顔を隠しもしない。


「相変わらず絡み辛いなジョーク」


「絡みにくさでは相澤先生も大概だけどね」


 そう言えば、ジョークと呼ばれた女ヒーローの目が丸くなり、視線が名前へと向く。


「うるさいぞ夜野」


「その子は?アンタの娘か?似てないな!」


「生徒に決まってる。それにあっても兄妹だろ」


「そこ?」


 それも無いだろ。そう思っていると女は大きく口を開けて笑った。


「Hahahaha!」


 なんとも楽しそうに笑う女だ。名前もつられるようにふっと笑った。


「スマイルヒーロー「Ms.ジョーク」!“個性”は「爆笑」!近くの人を強制的に笑わせて思考・行動共に鈍らせるんだ!彼女の敵対時は狂気に満ちてるよ!」


 ヒーローオタクこと緑谷がすかさず彼女の説明を入れる。スマイルヒーローとは。なるほど、確かに。そう思うと同時にコミカルながら人を強制的に高揚させてしまう個性にそんなものもあるのかと感心した。


「平和的だネ」


「私と結婚したら笑いの絶えない幸せな家庭が築けるんだぞ」


「その家庭幸せじゃないだろ」


「ブハ!!」


 相澤の友人としてはなんとも意外なタイプだが、彼は揶揄いがいがあるし、構いたくなる気持ちも分かる。意外とジョークとは気が合うかも、と肩を震わせて笑う彼女を見て名前は思った。


「仲が良いんですね」


 顎に指を当て、いつものポーズで梅雨が尋ねる。


「昔事務所が近くでな!助け助けられを繰り返すうちに相思相愛の仲へと「なってない」」」


 食い気味の否定。名前はとうとうハハッと声に出して笑った。「笑うな」と相澤がその頭を小突く。


「いじりがいがあるんだよなイレイザーは。そうそうおいで皆!雄英だよ!」


「なんだお前の高校もか」


 ジョークに呼ばれ、数十人程の学生達が現れる。同じ制服。彼らがジョークの生徒達だろう。


「おお!本物じゃないか!」


「すごいよすごいよ!TVで見た人ばっかり!」


「一年で仮免?へぇーずいぶんハイペースなんだね。まァ色々あったからねぇ、さすがやることが違うよ」


 最前列にいた爽やかな笑顔を浮かべた黒髪の青年とパチリと目が合った。感心しているような態度だが、目を見れば思っているか思っていないかぐらいは分かる。もう1人の男子生徒の皮肉めいた言い方もあって、雄英があまり好かれていないことは分かった。

 ヒーローは人気商売であるからこそ学生時代から注目を浴びる雄英は面白くないのだろうか。一方的な敵対心。だが、好戦的な名前からしてみれば何の問題もない。駆け寄ってきた彼に向かって、にっこりと笑顔を見せた。


「傑物学園高校2年2組!私の受け持ち。よろしくな」


「俺は真堂!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね」


「えっあ」


 A組にはいない爽やかタイプの登場に戸惑う緑谷。


「しかし君たちはこうしてヒーローを志し続けているんだね。すばらしいよ!!不屈の心こそこれからのヒーローが持つべき素養だと思う!!」


「どストレートに爽やかイケメンだ…」


 シンドウくんは一人一人に握手をし、最後に一つバチコンとウィンクをした。ずい、と名前の前にも手が差し出される。

 「君が夜野さん、だよね。ずっと見てみたかったんだ」と言う彼は照れ臭そうにもう片方の手で頬をかいた。それはまさに自分に好意を持つものの反応で、好感触。A組女子も何人か何かが始まりそうな予感を感じ、ワクワクしたような表情を浮かべるが、名前はじ、と一度手を見つめるだけに留め、そして真堂と視線を合わせた。それに気付いた彼はにこりと慣れたように人の良さそうな笑顔を浮かべる。


「嘘くさいね君。触れるのが条件の個性とか?」


 それに対しては不躾過ぎる言葉。


「名前さんんんん」


「スンマッセン!!こいつ素直すぎるんです!!」


 切島が頭を抑え、下げさせようとするが、力で敵うわけもなく、「んぐくぐ」と力を込める切島に対して名前は平然としている。むしろ少し顎を上げ、真堂を見下ろしていた。


「フォローになってないよ切島くん!」


「はは、中でも神野事件を中心で活躍した爆豪くんに夜野さん。君達は特別に強い心を持っている。今日は君たちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」


「ははっ、何されるんだろ」


 特別に強い心はきっといい意味では無い。大方、オールマイトの引退の原因であることを皮肉めいているのだろう。それを上手く隠している気だろうが、どこか滲み出ている。だからこそこちらの実力が上だなんて思っているようには到底、聞こえないが言葉通り”挑まれる”のは予想がついた。そんな彼の手を爆豪が払い除ける。


「フカしてんじゃねぇ。台詞と面が合ってねぇんだよ」


「こらおめー失礼だろ!すみませんこいつら無礼で…」


「良いんだよ!心が強い証拠さ!」


 名前は「言われてるよ」と笑って爆豪の肩を軽く叩いた。ゴスッと音がして爆豪の肩が揺れる。


「イテェわ!!」


「おいコスチュームに着替えてから説明会だぞ。時間を無駄にするな」


 相澤の一瞥。途端、生徒達の背筋が伸びる。


「「「はい!!」」」


 そして彼らの仮免許試験は始まった。


 

prev / next

[ back to top ]



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -