夜の兎 | ナノ


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 ガーゼなど言語道断、と救急車に担ぎ込まれ、近所の病院にぶち込まれた名前は今、病院のベッドの上にいた。傷はすっかり塞がっており、後は退院を待つのみ。

 ぐっと拳を握るが、肉の引き攣る感覚も無く、痛みもない。この世界の医療技術には感心してしまう。人間よりも回復力の高い夜兎だとはいえ、一日であの傷が塞がるとは思っても見なかった。それは医者も同じだったようで、手当てをしてくれた医者は驚きに白目を剥きながら失神してしまい、入院となったらしい。

 人間は大変だなぁ、とどこか他人事のように病院食をおかわりする名前。するとその耳にバサッとここにいるはずのない聞き慣れた羽音が入った。そして、気配がぐんっと近付く。窓の外を見れば、口角を少し上げた赤い羽の彼が見えた。

 表情は笑っているが、目が笑っていない。どこで話が漏れたのか。名前は流石に耳が早いと感心すると仕方ないなぁとベットから降りて窓を開けてやった。するとその隙間から何枚かの羽が中に入り込み、ふわりと体が浮く。そしてベットの上へと降ろされた。


「もう平気だよ」


 ゴーグルを取りながら、ホークスがそれを追うように入ってくる。包帯が巻いてある場所に視線が刺さった。ホークスは何も言わずにじ、と傷を見ている。少し力を抜いて体を軽く伸ばすと、彼の指先が患者用の服の下にある包帯の範囲を探るようにそこをすーっとなぞった。嫌味っぽい触り方を甘んじて受ければ、指は脚を辿り、お腹、肩、そして最後に頭へと到達した。その指先が手のひらに変わり、頬が温かくて少しゴツゴツとした両手に柔らかく包まれる。


「……名前ちゃんが強いのは知ってるけど、そういうのはあんまりせんで」


 かくいう自分がヒーローだからなんて言っていいのかわからないんだろう。でも、なぜ来たのか。名前は不思議そうに目を丸くすると首を傾げた。


「もしかして……心配した?」


「ここまで飛んで来ちゃうぐらいにはね」


「もう平気だよ。頭は割れたし、内臓飛び出かけたし、脚はぐちゃぐちゃだったし、肩も食いちぎられたけど」


 揶揄い半分、少し大袈裟に言うと、ホークスはじとりとした目を向けた。


「守られてて、なんて言わない。名前ちゃん強いから。でも無茶はダメ」


 包まれていた頬を親指が撫でる。そして、もう片方の手が前に垂れる髪を耳にかけた。


「無茶に入んないよ。まだ動けた」


 これぐらいなら前世で何度も経験した。だから無茶になんて入らない。名前は本気でそう思っていた。苦笑するホークスが顔を寄せ、額同士がこつん、と当たる。近すぎる距離にピントなんて合わず、表情も見えない。名前は逃げることなく、ぼーっと動く口元を見た。

 
「ね、お願い。あんまり心配かけさせんでよ」


「俺心労で死んじゃう」なんて思ってもないことを言うホークス。それにふふっと笑えば、ホークスも少し口角を上げた。


「はいはい。わかったって」


「ハァー、絶対わかっとらんやろ」


 その時、外に人の気配がした。ホークスも気づいたのか、さっと額が離れ、机の上に置かれたお見舞い用のフルーツに手が伸ばされる。


「どーぞ」


 ノックの前にホークスがそう言えば、扉がゆっくりと開いた。知らない人達だった。警戒していないホークスを見て、自分も警戒を解けば、その相手は少し苦笑した。隣ではホークスの手がフルーツの上で迷っているようにふらふらと動いている。自分も、そうベッドに置かれていたもう片方の指にちょんと触れれば、ホークスは躊躇なく名前の好きなリンゴを一つ取り、ナイフで皮を剥き始めた。


「お邪魔だったかな?」


 「いえいえ~」と代わりにホークスが答えれば、男は一枚の手帳を胸ポケットから取り出した。それは警察手帳で、中には塚内と書かれている。後ろにはもう1人、控えていて、じっとこちらを見ていた。自分の知っている警察はチンピラのような人ばかりだったものだから、普通そうなその人達に少し驚く。


「No.3とお友達なのかい?」


「No.3って何のこと」


「「え?」」塚内とホークスが驚いた顔をした。それに、あー、と思い出す。ヒーロー人気とかそういう。ヒーローは好きだが、戦闘面だけ。それ以外には興味が無い。知っているのはオールマイトが凄いらしいというぐらいの名前にとってそれはどうでもいいことだった。


「へーNo.3だったんだ。知らなかった」


 あ、と口を開ければ一口サイズに刻まれた皮の剥かれたリンゴがころんと入り込む。ホークスは小さく「給餌や…」と呟いた。


「で、何しに来たの?」


「事情聴取にね」


 塚内は「いいかな?」と続けた。何度か経験はあるし、面倒なのも知っている。だが、こんなに真面目なのは奉行所かテレビの中ぐらいで、物珍しさが勝つ。返事はせずとも断らずにいればホークスが「いいみたいですよ」と答えた。


「じゃあ君の見た主犯格について教えてくれるかい?」


「子供っぽい奴だったよ。でも多分、あれはシュハン…大元じゃない。そいつが脳無ってやつをくれてやってるんだと思うよ。貰ったような言い方してたし。大きなパトロンがいるんだろうね」


「パトロン?」


「脳無だっけ?あんなのが何十体もいたとして、それをいくつも貸し与えられるとしたらそう呼ぶしかないでしょ。金もある、科学力もある。兵隊もいる。子供に銃持たせればどうなるのかも分かってる。ヴィラン連合だっけあれ、大きくなると思うヨ」


 ボスだけでもあそこで潰しておくべきだった。そう思っていれば、唇にふに、とりんごが当たった。ベタベタするからヤメロ、と唇を一度ペロリと舐め、そして口を開く。ホークスの差し出すそれを齧れば、彼は笑って「名前ちゃんは心配しないでいい。俺達がやるから」と言った。


「ふーん。頑張ってネ、お巡りサン」


「頑張るよ」


 苦笑した塚内はさらにいくつか質問を付け足した。目撃情報が多かったために確認的な意味が強く、それほど多くもなかったし、難しくもなかったが、楽しくは無い。次第に飽きがきて、名前はふぁ、と欠伸を漏らした。それに再度、苦笑いを浮かべた塚内がホークスの方を見る。すると、ホークスはふるふると首を振った。


「怪我をしてすぐに、というのも酷な話だったね。申し訳ない。必要ならカウンセラーを学校に手配するが…」


「要らない」


 塚内は申し訳無さそうな顔をすると最後に、と「怪我の具合は?」と尋ねた。


「それほど」


「(強い子だな…)じゃあ今日はこれで。ありがとう、有力な情報助かったよ」


 横開きの扉がスーッと閉まる。途端、名前が患者服の紐を解き始めた。え!!と驚いたホークスは慌てて自分の目に羽を飛ばし、自身の視界を塞ぐ。勢いよく当たった羽にあたた、と声を漏らしながら困惑気味に尋ねた。


「な、なな、何してんの名前ちゃん」


「何って、帰る準備。ホークス仕事は?」


 何が不思議なのか、というような声色にむしろホークスの頭にハテナが浮かぶ。


「今日は終わりだけど、え!帰るの?その怪我で?」


「もう治りかけてるから平気。いつ帰るの?」


「明日の昼に…」


「泊まってく?」


「え、うん。それは嬉しいけど。ほんとに大丈夫?」


 大丈夫に決まっている、とそれを無視しながら名前はその腕にぐいっと荷物を押し付けた。目元を羽根で覆われながらも反射的に受け取るホークス。


「早く帰ろ。お腹すいたし」


 着替えを終え、彼の手を引けば観念したホークスは羽根を退け、名前の手を取り直した。赤い翼は邪魔にならないように反対に避けられ、パタパタと小さく羽ばたいている。名前はそれをじっと見ると、「ねぇ」といった。


「近くに唐揚げの美味しい店ができたの。食べに行こ」


「もしかして俺見てそれ思いつきました?まぁ、いいけど名前ちゃんお店の肉全部食べちゃいそうだからなぁ。予約しようか」


「賛成」


 
あとがき

 ホークスを泊めるといっても寝る場所はソファか床だと思う。か、簡易布団をホークスが自分で買って置いてる。


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