夜の兎 | ナノ


▼ 6

 
 
 ミスコンを終え、控室を出た私の目には何やらゴキゲンな格好をした轟が映っている。彼の手には私の名前が書かれたうちわが握られていて、襷や法被にも同じように私を応援する言葉が書かれていた。そんな格好なのに彼に恥ずかしさは無いらしい。いつもと何ら変わらない顔で「もう取っていいか?痒い」と素材の不満だけを口にした。それについ笑ってしまう。口元を隠して笑うと轟は何を思ったのか「次もこれでいくか」と言った。


「ははは、何その格好」


 普通に来てくれたらいい、と言って彼の頭の襷を抜き取る。


「女子にやられた」


「見てたんだ」

 
 エリちゃんとミリオさん、緑谷は見つけられたものの、人が多くて他の人たちはどこに居たのか分からなかった。彼が言うにはみんな見に来ていたらしく、インターン組は特に投票先に悩んでいるとのことだった。


「ああ。綺麗だった」


「腰抜かした?」


「?いや、抜かしてねぇ」


「残念」

 
 轟に差し出されたジュースを片手に、廊下を歩いてクラスメイト達のいる方に向かう。


「俺は見慣れてるからな」


 一瞬、何のことだっけ、と思うものもすぐにさっきの話の続きであると分かった。


「一緒にいること多いしね」


「ああ。耐性付いてるのかも知れねぇ。いつも綺麗だから」

 
 さらりと言われて足が止まる。驚いた。そういうのに興味なさそうだと思ってたから尚更。轟は振り向いて「どうした?」と少し先で同じように足を止めた。彼のこういう純粋に思っているような、真っ直ぐすぎる言葉が少し苦手だ。それはクラスメイトみんなに当てはまることだけど。止めていた足を進めて、不思議そうに首を傾げた彼の隣に並ぶ。


「ふふ、それならいいや」

 
「なんか機嫌いいな」


「そう?」


 廊下を出て外に出ると、待っていたらしいエリちゃんがぱぁっと効果音が出るほどに顔を明るくして、駆け寄ってきた。そして止まることなく足にぶつかる。今までで1番の勢いにドンっと音がして、彼女は額を抑えたまま顔を上げた。だけれど、痛みは感じていないのか頬を染めて、そのまま興奮したようにさっきのことを話し始める。


「お姉さんっ!すごくね、キレイだったの。ぴょんって飛んでってね、くるくる回っててね。すごかった」


「ありがとー」


 本人である私に必死に説明してくれる彼女は満面の笑みで、つい頭に手が伸びる。ぽんぽん、と手を跳ねさせると少しずつ彼女の手が降りて、赤くなった額が現れた。頬も額も赤くて、彼女の好物と同じ。それに「りんご」と呟くとなぜか彼女の口の端からじゅるりと涎が垂れた。それから「リンゴ飴…」と小さい声が聞こえてくる。


「デクさんとね、探すの」


「いいねぇ。ほっぺ落とさないように気を付けなよ」


「ほっぺ…落ちる…!」


 期待半分、怖さ半分、両頬を抑えるエリちゃんを笑っていると彼女を追って来たクラスメイト達が周囲を囲んだ。それから綺麗だったと口々に褒め始める。


「ドレスも本当に似合っていて…私、感激しましたわ!」


「そーそー、ヤオモモってばアンタが動くたびに声出してたよ」


「凄かったなァ!お前!」


 興奮したようにぷりぷりと言う八百万、耳郎、切島にお礼を言って、「見てくれ」と常闇に渡された携帯の画面に目を落とす。そこにはさきほどのパフォーマンスの映像が映っていた。手ブレもなく、事前の打ち合わせも無かったというのに姿をしっかりと捉えている。よく撮れてるなぁと感心した。


「人にあげても良いか?もちろん、悪用はしない。お前にも後で送ろう」


「オレモテツダッタ!」


 カメラのアングルが動きに合わせてコロコロ変わる。常闇では届きそうもない高さの映像もあって、黒影ちゃんが言ったとおり、彼の頑張りが垣間見えた。


「良いよ。ダークシャドウちゃんも頑張ってくれたんだね」


「アイ!」


「俺にもクレェぇぇええ」


「貴様はダメだ」


 血涙を流して懇願する峰田を一刀両断した常闇に轟が声を掛ける。


「俺にも送ってくれ」


「良いか?」

 
 常闇を見て、轟は次に私を見た。そして常闇も同じように私を見る。


「良いヨ。好きにして」


「それはそうだが…」


 用途は知らないし誰に送っているかも聞く気はないが、想像はつく。それが合っているなら悪用はされないだろう。常闇はそれでいいのか?と思ったが、名前は自身の事に対してあまり危機感が無いことを知っていたため、まぁ本人がいいならいい…のか?と轟とのメッセージ欄に写真を貼り付けた。


   ーーーーーーーーーーーーー


 クラスメイトと別れだ後、気を利かせたミリオの「エリちゃんと2人で何か食べておいでよ」との提案でエリちゃんと2人、食べ物系の屋台の並ぶ辺りへと来た。さすが天下の雄英と言うべきか、どの店もクオリティが高く、食べ物も美味しそう。何食べようか、彼女も好きそうなものがいい。そうキョロキョロと辺りを見回した名前の目に可愛らしいポップなデザインの屋台が入った。登りに書かれている文字は「クレープ」。あれなら彼女もきっと食べられる。


「クレープでも食べようか」


「くれーぷ?」


「甘くて美味しいデザートだよ」


 「甘くて美味しい…」と繰り返したエリちゃんの口がぱかと開く。その顎下に手を添え、かぱと閉めてから名前は店へと足を進めた。


「スペシャルクレープでーす!」


 いちごにバナナ。カスタードに生クリーム、そしてチョコレートを垂らしたそれは、エリちゃんにとって初めてのもの。片手で受け取った名前がそれを「はい」と自分に差し出すが、目の前にすると思っていた以上に大きく、躊躇する。ほんとに食べていいの…?エリちゃんが声に出さずに伺うと名前はふっと口角を上げて、ばくっとそれに噛み付いた。


「ほら」


 口元にクリームを付けたまま、名前が一つを差し出した。


「お姉さん、おくち」


 ついてるよ、と言いかけて止める。よく見るとクレープで両手が塞がってしまっていた。私が取らないから…。エリちゃんはもう一度、「ん」と差し出されたそれを両手で掴んで受け取ると、名前に習って大きく口を開け、齧り付いた。


「甘くて…美味しい…!」


 頬にクリームを付けたエリちゃんの満足げな表情に「よかった」と笑った名前は自分の頬に付いたクリームをぐいっと親指で拭い、舐め取った。それを見ていたエリちゃんも同じように自身の頬に指を伸ばし、ぐいぐいと頬を押す。だが、うまく取れない。それに両手で持ってやっとなクレープを片手で持ち続けることなんて出来るはずもなく、クレープはぐらりと傾いた。わっ、と慌てて手で受け止める。落としはしなかったものの、エリちゃんの両手はクリームまみれになってしまった。


「はははっ」

 
 エリちゃんの頬に手を伸ばし、ぐいっとクリームを拭いとる。それをぺろっと舐めると名前は「エリちゃんまで甘くなっちゃった」と笑った。


「やぁやぁ!デートはどうだった?」


「楽しかったよ」


 エリちゃんが食べ切れなかったクレープの残りを食べ終えた時、連絡していたミリオと緑谷と合流した。


「エリちゃん、何食べたの?」


「くれーぷ!」


 緑谷は腰を曲げ、エリちゃんに尋ねた。それから「次はどこに行こうか」と地図を取り出し、あれもこれもとエリちゃんに紹介し始める。これは相澤先生から聞いた話だが、エリちゃんが今日、ここに来れたのはこの2人の提案があったかららしく、緑谷も彼女と回るのを楽しみにしていたとのことだった。なら私がこれ以上一緒にいるのはきっと違う。「お姉さんはどこに行きたい?」と言うエリちゃんの頭にぽんと手を置いて、名前は別行動することを伝えた。


「私、お化け屋敷全制覇するつもりだからさ。2人と遊んでおいで」


「オバケ屋敷…」


 一緒に行きたいけど、こわい。とエリちゃんの表情が言う。じっと返事を待っていると、彼女が顔を上げた。眉は垂れ、どこか不安そう。なぜ?と首を傾げているとエリちゃんは「また来てくれる?」とおずおずとした様子で言った。


「”また“明日、会いに行くよ」


「うん…!」


 花のように笑ったエリちゃんが私の足に手を伸ばし、そしてぎゅっと抱きしめられる。はいはい、と頭を撫でるとミリオから生暖かい視線を向けられていることに気付いた。


「なに?」


「いや!ナニモ!」


  「彼女ってやっぱり子供好きだよね」と緑谷に小声で耳打ちするミリオに聞こえてるぞ、と目を向ける。ミリオは「ハハハ」と笑って「さぁ!どこ行こうかな!」と誤魔化すように緑谷の広げたマップに目を落とした。


   ーーーーーーーーーーーー


 3人と別れ、轟、飯田の職場体験組と常闇、口田のA組屈指の察し力こと無口組と偶然にも合流した名前はそのまま一緒に行動することに決め、串焼きの残骸を口に咥えたままふらふらと校内を歩き回っていた。


「次はどこ行こうか」


 尋ねた直後、「あ、あそこにしよ」と凄まじい速さで自己決定した名前に特に行きたいところも無い4人は一度顔を見合わせ、同意するように首を縦に振る。名前がビッと串で指差した先は黒いカーテンに閉じ切られ、至る所に血や蜘蛛の巣といったおどろおどろしい装飾の施された教室だった。


「目指すはお化け屋敷の制覇よ!」


 ひゅうううと不気味な音が鳴る。真っ暗な闇の中、足元には白い霧が立ち込め、肌寒い風が肌を掠める。なんとも言えない生臭い香りは川の香りか、まさしくナニカが現れそうな雰囲気だった。


「よく出来てるねぇ」


 その中をさくさく進む名前と轟。幽霊は苦手だが、それは物理攻撃が通らない理不尽さが嫌いなのであって、それ自体が怖いわけは無い名前とまだ見たことねぇしな、と遭遇した経験の無い轟にとってお化け屋敷は敵ではない。キャー!!と少し先から聞こえる悲鳴と「助けに行くか?」と尋ねてくる轟をBGMに、名前は天井から垂れる包帯に触れ、出来心で軽く引いた。瞬間、天井の一部がパカっと開き、「うう”ぁぁ」と呻き声を上げ、何かが落ちてくる。


「わ!!!」


「わぁ」


 顔よりも少し上。目と目がすぐそばで合う。逆さの誰かは思ったよりも近かったその距離に呻き声を驚きに変え、すぐさま反対に体をのけぞらせた。


「…来たんだ」


 自分の事を知っているような言い方だが、包帯だらけでよく分からない。誰だっけね、と名前は目の前にある顔を両手で挟み込み、そして自分が見やすいよう、首を顔を地面と同じ方向にするように反対に向けて動かした。


「いててっ、ちょ、痛いって」


「ああ、心操ね。それにしてもミイラ男って。世界観どうなってるの?」


 いろいろな意味での距離感と、それに照れているのが自分だけという状況に気恥ずかしさを感じていた心操は「分かんなかったのかよ…」と呟くと、両頬に添えられた手を同じく両手で外し、一つため息を吐いてさっさと次に行くよう促した。はいはい、と再度歩き始める名前と轟。あの人、意外と距離気にしないんだよな、そうここの中で漏らした時、歩き出したはずの名前がくるりと振り向き、また戻ってきた。


「え、なに。どうしたの」


「写真、撮っとこ」


    ーーーーーーーーーーーーー


「ぷっ、ふふっ、ははは!ほんとこれ好き」


 覗き込んでいる常闇の携帯画面には校舎と根津校長顔パネルに顔をはめた真顔の飯田と轟が写っている。先程撮ったばかりの写真だが、2人の意外なマッチ具合といい、何故それ?嵌めたところで合う人誰もいないでしょ、と言いたくなるチョイスに何度見返しても笑えてしまう。


「ムリ、ふはっ、轟と飯田の写真面白すぎる」


 口元を手で隠してひいひぃ笑う名前と轟が「そんなに面白いか?」「私も欲しい。ちょうだい」「ああ」と会話するそばで、引き気味の視線を送っている口田、常闇。それに気付いた名前がなに?と視線を向けると常闇はゴホンと言いにくそうに、そしてわざとらしく咳をした。


「名前、食い過ぎじゃないか?いつも思うが、その体のどこにそれらが入るスペースがあるのか…」


 片手に積み上げられた食べ物の皿の山。もう片方の手にある巨大なゴミ袋には残骸達が仲良く一緒くたに詰め込まれている。傘を差すのすらも轟に任せ、少しも満腹感を見せずに一定のペースで食べ続けている名前の姿からは食い倒れ上等どころか挑戦者を待つ側の余裕さえ感じてしまう。


「腹の中に13号がいるのかと思う程の食べっぷりだな」


 「それは個性の影響か?」と言う常闇に「うーん、ちょっと違う」と返した名前は少し考え込むような様子を見せ、たこ焼きの最後の一つを口に放った。


「力が強い分、君達よりエネルギー消費が大っきいんだよね。ほら、体が大きい人の方が小さい人よりエネルギーを使うのと同じで。あとは…遺伝と先祖返りみたいな感じかな」


「どのくらい食べるんだ?」


 興味深そうに飯田が言う。


「力士4、5人分ぐらいは余裕だよ」


「だからいつもなんか食ってんのか」


「まぁね」


 なるほどな、と轟が言ったのとほぼ同時に口田が名前の袖を引いた。携帯のロック画面を見せ、慌てたように時間を指さす。ああ。


「ホントだね。もうすぐ5時だ」


 いつの間にやらそんな時間になっていたらしい。ぶんぶん首を縦に振る口田にお礼を言い、5人はミスコンの結果発表の場に向かった。


「随分遅いご到着ですわね!!あなたはこちらよ!」


 時間ギリギリの到着。控室には既に他の出場者達が集まっており、和気藹々とした雰囲気で結果が出るのを待っているようだった。「ホーホッホ」と笑いながらも親切に並ぶ場所を教えてくれた絢爛崎のマスカラで補強されたまつ毛がその瞬きの度に突き刺さる。


「絢爛崎さんまつ毛刺さってる」


「オホホホホホ!刺してますの!」


  ーーーーーーーーーーーーーー


 特徴的なドラムロールの音。待ち望む観客。舞台の上で並ぶ生徒達はその瞬間、誰もが自身の上にスポットライトが当たる瞬間を想像していた。


『グランプリは……………3年ヒーロー科!!波動ねじれさんです!!!』


 ワァアアアアア


 上がる歓声と3年間を讃え合う波動、絢爛崎の2人。名前はグランプリの称号であるティアラを頭上に乗せた波動を横目にあーあ、と笑うと両手を背中で結び、舞台裏へと続く階段を降りた。
 

「あれ、全然落ち込んでないね」


 聞き慣れた声に目をむける。耳郎がよ、と手を上げた。だが袖に待っていたのは彼女だけじゃない。一緒に回っていた4人に加え、A組女性陣、それにエリちゃんやミリオ、緑谷までいる。大所帯だなぁ、と言う名前には悔しさは見えず、むしろどこか満足気で、クラスメイト達は首を傾げた。


「来年の衣装はもっと派手にしちゃおうよ!」


 いいねー!と芦戸の意見に賛成する葉隠の2人を見て、今度は名前が首を傾げた。


「え、私来年も出るの?」


「出ないの!!!?」


「惜しかったじゃん!!!」


 びっと頭上を指さす2人。そこには小さなティアラが乗っていた。審査員特別賞として贈られたそれは準々グランプリの証。準グランプリの絢爛崎とは惜しくも一票差であったことを表している。


「んー、気分が乗ったら出るかなぁ」


 足元から送られる控えめなエリちゃんの視線。名前は彼女を抱き上げると、自身の頭からティアラを取り、頭に乗せた。自分には小さくとも、彼女にはよく似合っていた。


「これ…」


「あげる」


「ありがとう…!」
 
 
 頬を染め、今日何度目かの満開の笑顔が現れる。自分にはティアラは必要ない。動き回ってばかりの自分では落としてしまうだけだ。どうせ埃だらけになるなら彼女の思い出の一つである方がいいだろう。


「エリちゃん」


「あ…」


 相澤が現れる。時刻は5時、エリちゃんの帰る時間だった。


   ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今日はありがとう!楽しかった!」


「……うん」

 
 正門前、緑谷の言葉に俯いたまま返事するエリちゃんの寂しそうな姿にミリオ、相澤、緑谷は目を合わせ、名前はじっと彼女を見つめていた。


「エリちゃん顔を上げて。サプライズ!」


 緑谷の手には一本のリンゴ飴。それを見てミリオが驚いたように目を見開いた。


「リンゴアメ売ってた!?俺探したよ!?」


「プログラム見てないかもと思ったんで、だから買い出しの時に材料買っといたんです。作り方意外にカンタンで!食紅だけコンビニにはなかったんで佐藤くんに借りて」


「まァ、近い内にすぐまた会えるハズだ」


 エリちゃんだけでなく、緑谷に向けても相澤が言う。カリッと一口それを食べたエリちゃんは嬉しそうに笑った。


「フフ…さらに甘い」


「次は一緒に作ってみたら?」


「うん!」


 「お姉さんまた明日ね」「また明日」昼間の言葉を繰り返す。相澤、ミリオ、エリちゃんの姿が見えなくなるまで2人は手を振っていた。


「新しい修行?」


 その姿がすっかり見えなくなった頃、緑谷は手を下ろし、頼みがある、と言ったかと思えば、自身の修行での躓きを話し始めた。それから突き出した拳をぐっと握り込み、何かを決意したように空を見上げる。それが何の決意なのか知るわけもない名前は首を傾げた。


「うん。実は名前さんにもコツ聞いたいって思ってたんだ」


 「風の技」と続ける緑谷。


「同じパワー系だから?」


「それもあるんだけど。僕のしたいことと君のが似てるから」


「なるほどねぇ。いいよ」


「良かった!」


「こうぐっと力を入れて頭の中でこんな感じになるかなぁって想像しながら手を動かすとぶわーって出てくるのよ」


「こっちも感覚タイプ!!!」




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