夜の兎 | ナノ


▼ 4

「お姉さんもみすこん?出るの?」


「うん。出るよ」


 膝の上に乗せたエリちゃんの髪に指を通し、半分に分ける。それからそのうちの一つにもう一度指を通して三つに分け、真ん中が入れ替わるよう交互に組んでいく。


「明日だよね…」


「そうだよ。楽しみにしてなね」


「みすこんってどんなの?」


 ああ、そうか。彼女まだ5、6歳、ましてや監禁されていた状態で新しい知識など入ってくるはずもない。名前は細いゴムを取り出すと毛先近くを結んだ。


「美しさを競うんだよ。まぁ美しいってのは勝ち負けで決められるものじゃないけど」


「美しさ…」

 
 ハテナを浮かべているエリちゃんを笑って、残った半分の髪を同じように結っていく。力を入れすぎないように。極力、力を抜いて。そして結い終わった髪の先をまたゴムで括った。少し緩めだが、それはそれで可愛い。出来栄えに納得しつつ彼女のポケットに手を伸ばす。それから掌をくるりと返すと指先には一つの青いビー玉が現れた。


「美しいっていうのは綺麗って事だよ。例えばこれ」


 空のポケットからビー玉が現れたことに驚いたらしいエリちゃんは不思議そうに首を傾げながらぽんぽんと自分のポケットを叩いた。簡単な手品だが、思った以上に反応が良くてつい名前から笑顔が溢れる。これは彼女の暇つぶし用に持ってきたもので、もちろん一つじゃない。カバンから幾つもビー玉の入った袋を取り出して、それをベッドに放る。そして名前は指先に摘んでいたビー玉を光にかざした。青いビー玉は輝いて、白い手に青い影を落としている。


「キラキラしてて、きれい…」


「じゃあこれは?」


 何色かも分からないほどに黒く、古いビー玉をポケットから取り出す。エリちゃんは私とビー玉を交互に見て、「綺麗じゃない…?」と言った。


「そう?ここ覗いてみて」

 
 両手でそれを包み、光の方に向けてエリちゃんにそこを覗かせる。ビー玉の黒い縁の中で深い緑と淡い緑が混在して、炎のように揺めきながら鈍く光っていた。たしかに見た目は綺麗じゃないが、見方一つで本来の美しさが、いや、それ以上のものが見えてくることもあるのだ。


「きれい…」


「美しいっていうのはね造形だけじゃない。汚くても、古くても綺麗なものもあるし、新しくても綺麗じゃないものだってあるの」


「むずかしい、」


「そうだね、正解もないし。私にもよくは分からない。でも美しいってのは大事だよ」


「どうして?」


 この少女は大きな力を持っている。身内もいないし、あれだけ報道された事件だ。彼女の事がこれから先、漏れない保証はない。利用されることもあるかもしれない、心ない言葉をかけられる事もあるかもしれない。私は気まぐれにこれから先も苦労するだろうこの小さな子供のために一度だけ優しい言葉をかけることにした。


「これはね生き方のコツ。私のね。今の自分が美しいと思える自分かどうか。そうあろうとすれば大抵の辛い事は乗り越えられるし、誰に何を言われても自分で在れる。参考程度に覚えとくといい」

 
 私の両手は汚れているし、子孫もいない。何も成していない私でも、後悔の残らないように生きてる。自分で在ろうと生きてるから私は私の美しさを、私を肯定できる。美しくありたい私を誇りに思う。銀髪の侍だとか、この世界のヒーロー達のような美しさは持ってないけれども。折れもせず、曲がりもしない、そんなモノが一つくらいあった方が生きやすいと思うのだ。エリちゃんはよく分かっていないのか、小首を傾げて「分かった…?」と言った。


「はは、ムズカシイよネ。簡単に言うと自信持って生きるのが大事だよって事」


「自信を持って…」


 エリちゃんの手がゆっくりと伸びてくる。それから前に垂れる私の髪を一房取って小さくて少し肉厚な子供特有の指を通した。


「私もお姉さんの髪結んでみたい」


「いいよ」


 彼女からの要望は初めてだった。私は彼女と少し似た波打つ自分の髪の束を三つに分け、それからエリちゃんの手のひらに置いた。


「端のを真ん中にして、次に反対の端を真ん中にするの。そうそう」


「お姉さんの髪、綺麗」


「ふふっ、ありがとう。あなたのもね」


 それから少しの間エリちゃんと遊んだ私は、不恰好で少ししか結われていない揃いのお下げを揺らし、病院を後にした。
 

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