夜の兎 | ナノ


▼ 2

 ―――GOJITSU――――


「先生ってば、ぽんぽこぽんぽこ人のことはたいてくれちゃって。木魚じゃないんだから」


 なんて口では言いながらも少しも怒っていないような声で頭を摩った名前が寮のドアに手をかけた切島の後ろで教科書の入った鞄をヨイショ、と肩に掛け直す。


「それを気にせず居眠り続けるのも凄いけどね……」


 先のインターンで数日、全休や中抜けで授業を休むことの多かった切島、名前、緑谷、蛙吹、常闇、麗日の6人はやっとの事で遅れた分を取り戻す補習を全て終え、少しの達成感とともに寮の扉を開けた。


「ただいまー」


「うーす」


「補習今日でようやく穴埋まりました。本格参加するよー!」


 それゆえに文化祭の話し合いにはろくに参加できていなかったのだが、今日でそれも終わる。やる気満々、といった様子の数名の後に続いて入室した名前の視線の先には勢揃いするクラスメイトが見えた。とはいえ、自分は文化祭に参加したことも無く、”文化祭”という名前から察するに平和的な催しもののようだから、なおさら興味も無い。まぁ、頼まれごとがあれば手伝うか、という程度の感心であった。


「あっ!名前名前―!これ観て!!」


 「(とっとと制服脱ぎたい)」そんな気持ちでそのまま部屋まで向かおうと名前が人ごみの後ろからエレベーターへと歩き出した時、開かれたパソコンを手に芦戸が駆け寄った。部屋に行こうとする自分の手をぐいぐいと引き、引き止める芦戸に急かされながらそれを覗き込む。小さな四角い画面の中では動画投稿サイトが開かれていて、足の幅ぐらいの紐の上で人が飛んだり跳ねたりしながら技を決める映像が流れていた。


「これ出来たりする?!」


「んー」


「無理だろー」


 「こーいうのはプロがやってんだろ?」と後頭部にクロスさせた両腕を置き、瀬呂が苦笑いをした。名前は少し考えるような素振りを見せると「できると思うよ。多分ね」とサラリと言った。


「何でだよ……」


 やったことはないけど。そう続ければ、今度は瀬呂が頭を抱える。


「こいつも才能マンだからじゃねーか」


 慰めるように上鳴がぽんぽんと瀬呂の肩を叩いた。それに何それ、と首を傾げていると、芦戸が一度嬉しそうにぴょんっと跳ねる。


「じゃあじゃあ名前は演出兼パフォーマーって事で!!」


「演出?」


 「怪力担当が欲しいみたいだからさ!」芦戸がそう続け、紹介するように後ろに手をやる。そこには先程頭を抱えていた瀬呂だけでなく、切島や口田、それに轟がいた。ちょっと手を貸す、ぐらいに考えていた名前は思った以上に役目があることに少し驚いたが、まぁ文化祭というのを体験してみるのも面白そうだ、と人知れず異文化体験するような気持ちでぐっと親指を立てた。


「了解―」


「歌はどうする??」


「へ?うたは耳郎ちゃんじゃないの?」


「いや、まだ全然…」

 
 耳郎が謙遜したことで峰田、切島、青山が順に出て歌い出す。だが、どれも文化祭というジャンルには合っていない。微妙な反応をするクラスの面々。するとマイクを持った葉隠がどこか自身ありげに耳郎の前にそれを置いた。


「―――♪―――♪」


「「「満場一致で決定だ!!」」」

 
 ギター担当常闇、上鳴、ドラム爆豪、キーボード八百万、ベース兼ボーカル耳郎、こうしてA組バンド隊が結成された。


「明日から忙しくなるぜ!!」


―――GOJITSU!!―――


 今日は土曜日。爆豪、轟の仮免補講も補習も無く、A組は文化祭に向け、準備を進めていた。外ではダンス隊が練習をし、寮内では演出隊が演出についてのアイディアを出し合っている。演出隊とパフォーマンス隊を兼任する名前ももちろんその場にいた。


「なるほど!そりゃ良いアイディア!ダンス隊に打診してみようぜ」


「待てよ、でもそうなると人手が足りねェぞ」


「ならこんな感じにするのは?」


 案に賛成を表明した切島に苦言をこぼした瀬呂を今度は頬杖をついた名前が名簿を指差し、打開案を提案する。それに口田、轟が首を縦に振り、一旦の方向性が固まった。


「それも良いな!ダンス隊にも聞いてみっか!!」


 5人はある程度固まったアイディアを手に、早速だ!と立ち上がった切島に続き、外で練習をしているダンス隊のところへと向かった。


「傘あるか?」


「あるよ」


 いつ何時でも手放さない。名前は傘を持った手を掲げると心配性な口田と扉を開いたまま待つ轟の後に続いて外へと出た。


「ありがと」


 そう言って轟の顔を見上げた時。
 

 ドンッ


「おっと」


 足に小さな衝撃が起きた。そして制服のスカートがぎゅっと掴まれる。目線を下げると名前の後ろに隠れるように銀色の髪が覗いていた。


「なぁにしてるの」


 つるりとした銀色の髪にぽん、と手を置けば、持ち主であるエリちゃんがおそるおそる顔を上げる。眉を8の字に、不安そうな顔をして。事前に外に出るとは聞いていたが、まさか学校に来るとは。何故だろうと辺りを見回すと驚いたような通形ミリオの姿が目に入った。なるほど、彼が付き添いだからか。

 彼は名前がまさか知り合いだとは思わなかったのだろう。「知り合い!?」と目を見開いていた。


「……」


 ぎゅうとスカートを握る小さな手に力が籠る。監禁され、他者との関わりが少ない彼女とっては外はまだ不安な場所なのだろう。それにここは病院よりも人が多い。


「遊びに来たの?」


「うん…」


 小さな返事と共に額がスカートに寄る。このまま動けばどうなるだろうか、そんな好奇心と共に少し左に動けばエリちゃんもぴったりと引っ付いたまま左に移動した。


「ははっ、そんな怖がることもないのに」


 まるでコアラだ。それはそれで可愛いものだけど、このままでは私は動くことも彼女の顔を見ることも出来ずに「誰だろう?」と不思議そうなクラスメイトの視線を浴び続けることになってしまう。名前は「ははっ」と笑い声を上げた。


「両手上げて」


 笑い声に顔を上げたエリちゃんは不思議そうな顔で、言われるがままに手をあげる。名前はその手を片手でまとめるとそのまま肩が抜けないよう注意しながらふわった宙に放った。


「わわ、」


 そして、小さな体が腕の高さに体が上がってきたのに合わせて、名前は片腕で彼女を抱き止めた。急に視界が変わったからなのか目を白黒させ、驚いた表情を浮かべるエリちゃんだが、すぐに肩口に頭を乗せ、胸元あたりの布をぎゅっと握り込む。視線から逃れたいエリちゃんには悪いが、この方が彼女がよく見える。ワインレッドのワンピースに小さなバックとブーツ。やっと見えた彼女の姿に名前はまたにっこりと笑った。


「服、よく似合ってる」


 それらは名前が贈ったものだった。


「ありがとう…」


 落ち着いたのか、握り締めていた服から手が離れ、今度は自分の鞄の紐をぎゅっと握り締めるエリちゃん。俯く顔には少し紅が差していて、嫌なわけではなさそうだった。


「名前の抱っこ…羨ましいッ!!!」

 
 目に血の涙を溜め、腕を伸ばしてくる峰田から一歩離れ、傘をくるりと回す。すると、立ち話でもしていたのだろう、クラスメイト達の少し先で固まっていた緑谷が「ええ!!?」と声を上げた。


「だから言ったでしょ。気にしないでって」


「名前さん、エリちゃんと会ったことあったの!!?」


「俺も初耳だね!!!!」


 正反対な反応だが、どこか似ている2人。名前はそれにけらけらと笑うと「言ってないから」とあっけらかんと答えた。


「入院中、私が護衛役だったんだよね。文化祭は来るの?」


「うん…今日は練習なの」


 ここへ来ることは社会に出ていなかった彼女への配慮なのだろう。準備に忙しく、生徒達はエリちゃんを好奇の目で見ることもないし、練習には丁度いい。「へぇ」と返せば、ミリオが「俺が案内役さ!」と立てた親指で自分を指差した。


「ふーん」


 人の目から隠れるように髪に顔を埋めたエリちゃんの手が首に回り、ぎゅっと力が篭った。だが、弱すぎるその力は少しも苦しくならない。とはいえ、ずっと私の側にいても練習にはならない。促すために背中を軽く叩けば何か勘違いしているのか、やけににやけたミリオの姿が目に入った。


「子供好きだったんだね!彼女!」


「いや、そういう訳じゃない」


「だよね!!!」


 ミリオの早すぎる手のひら返しにくくっと笑う。子供は別に好きでは無いが、嫌いでもない。強くなる可能性はあるし、分かりやすくて扱いやすいから。ましてやどんな生き物よりも弱い人間の子供をわざわざ嫌いになったりはしない。


「ちょっと遊んで行く?」


「ミリオさんがね、案内してくれるの」


 だからいい、ということだろう。


「そ、じゃあコレあげる。お腹空いたら食べなね」


 ポケットからお菓子を取り出し、彼女の斜めがけの小さなカバンに入れる。それから彼女を降ろし、ミリオの方に軽く背中を押した。振り向いたまま、不安そうな顔をしている彼女に手をひらひら振って送り出す。エリちゃんは数歩進むと意を結したように小さく手を振り返して、緑谷とミリオ共に校舎の方へと行ってしまった。するとそれと交代するように今度は相澤先生が近寄ってくる。


「夜野、お前ミスコンの準備しなくて良いのか?」


 そして口を開いたと思えば、そんなことを言った。


「名前ちゃんミスコン!!!?なんで言ってくれなかったの!!!衣装合わせしなきゃ!」


 飛び上がった洋服が名前へと駆け寄り、傘を持っていない方の腕をグイグイと引っ張る。興奮した葉隠に揺らされながら、名前は自分の記憶を思い返した。


「んん?待って、何の話?私申し込んでないけど」


「推薦されてるぞ。今回A組からは出さないはずだったんだが…」


 とっくに出されてたんでな。止める間もなかった。そう言って相澤ははぁ、とため息をついた。


「誰に?」


「峰田」


「……」

 
 「名前のエロいドレス姿!!負けても勝っても出し抜ける!一石二鳥!!俺ァ天才だぜ!!!」そう言ってウッヒョーーー!と鼻息荒く騒ぐ峰田。


 ガシィイ


 真っ白な手がボールのようにその頭を鷲掴んだ。


「子供扱いして欲しかったんだよね?」


 「たかいたかーい」と上に向かって放り投げられた峰田の体が空へと飛び上がる。


「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ」


 木を超え、寮の高さを超え、どんどん声が小さくなっていく。クラスメイトの視線もそれを追い、その場にいた全員の顔が空を向いた。あの様子じゃ、しばらくは落ちてこないだろう。苦笑いをするA組だったが、女性陣がいち早く意識を名前へと戻した。


「名前ちゃんめっちゃ美人さんやし勝てるよ!!!」


「そうそう!!勝てる!!!頑張ろ!!」

 
 出場者である自分を置いて、女子達が張り切りだす。「ドレスどうする?」「赤!?」「黒!!」「いや!青!!」とすでに構想を練り始めている彼女らに欠場する、と伝えれば、きっとガラスが割れるほどの声で叫ばれてしまいそうだ。耳を塞ぐ準備をしなければ、そう考えた時、隣から自分を見つめる視線を感じた。


「とどろき?」


 青と黒の目がじ、と自分を見つめる。名前を呼べば、轟は「俺も勝てると思う」と言った。おべっかでもお世辞でも無いその目に見つめられ、つい口角が上がる。そうなれば名前の負けだった。


「あー、もう分かったよ」


 私は私の事を必要以上に肯定したりはしないが、他者からの評価は理解しているつもりだ。姿形は整っていると自覚してるし、”美しさ”は強さであることも知っている。それに、私は祭りも好きなのだ。


「仕方ないね。出るからには見てるやつの腰、美しさで抜かしてやるわ」


「やったーーー!!」


 意気込みと共に腕を前に出した名前の手に先程空へと投げられた峰田が丁度よく落ちる。気絶した峰田片手にニッと笑う名前はなんとも不敵だった。


「お、おう」


「名前ってちょっと爆豪と似てるとこあるよな」


「だから揶揄いたくなるんじゃねェか」


「ヤオモモにも連絡したよ!」


 芦戸のスマホには八百万からの返事が数件。


『デザイナーをお呼びしますわ!!!』


 文化祭まで残り1ヶ月。なんとも気の早い返事に名前は「忙しくなりそう」と傘をくるりと回した。





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