夜の兎 | ナノ


▼ 1

 あれから数日後、インターン組は全員でナイトアイのお葬式に出席した。彼の事務所はサイドキックのセンチピーダーが引き継ぐことになるとのことだった。インターン組の傷は癒えなかったが、それでも日々は進み、また何事も無かったかのように平凡な毎日が戻る。


「おい峰田!知ってるコレ!?」


 ヒーロー基礎学の授業を終え、談笑にふけながら教室へと向かう生徒たち。


「Rは?」


「全年齢よ」


「Mt.レディがエッジショットとチーム結成!シンリンカムイもいるぜ」


「マウント…レディ…だと!?」


 何かのトラウマが刺激されたのか青い顔をする峰田の隣で耳郎が「ラーカーズだよね。前々から噂あったよ」と言った。


「チームアップ多いよなぁ、ここ最近」


「私たちもプロんなったらチーム組もー!麗日がねぇ!私を浮かしてねェ!酸の雨を降らす!」


 芦戸がにこにこと笑いながら後ろを歩く名前、麗日、耳郎を振り返った。


「えぐない?」


「私を瀬呂のテープで操作するんだよ!」


「なんの話してんの」


 風船のような芦戸の姿が想像に浮かぶ。瀬呂は呆れたように笑った。


「口田と障子と耳郎が偵察ね。んで、名前が……確保。チーム・レイニーデイ」


「オー」


「それ私いる?もう満身創痍じゃない?」


「アンタはやっぱ戦闘だよね」


「実は情報収集も得意だったりしてー」


 「あと暗殺」そう冗談風に返した名前に耳郎は「…マジ?」と言った。それににこにこと笑うだけの名前。


「なんか言って!怖いから!!!」


「俺たちは!?」


「いらない」


 上鳴、峰田をズバァンと切り落とす芦戸。


「チームアップは個性だけじゃなく性格の相性も重要ですわ」


「ヤオモモそれ追いうち」


 八百万のフォローになっていないフォローに葉隠がそう言った。


「皆早く移動しなさい!着替える時間なくなるぞ!」


 委員長飯田の催促でゾロゾロと移動を始める。ふむ、と顎に手を当てた名前が思い出したかのように「私、ヤオヨロズなら相性いいかも」と言った。その言葉にまぁ!と嬉しそうに声を上げる八百万。その頬はほんのり赤く染まっている。


「戦闘が私、ブレインがヤオヨロズで。武器とか陽除けとか作ってくれたら助かるし」


「任せてくださいませ!名前はチームユニバースでいかがでしょう」


「銀河、有能、万物。はは、良いね」


 互いの特徴が表現されている。名前は目標であり、自信の現れでもあって、そして驕りだ。互いに冗談だと理解している名前と八百万はくすくすと笑い合った。


  ーーーーーーーーーーーー


「それでは今日も必殺技の向上に努めていきましょー。以前課した最低二つの必殺技、できてない人は開発を、できてる人は更なる発展を」


「安無嶺過武瑠!!!」


 セメントスのゆるい始まりの言葉を聞き、各々が技の開発を始める。インターンの経験を経て新技を開発した切島が技名を叫び、力んだ瞬間、メキメキと体が変貌し、全身がヒビの入った岩のように変貌を遂げた。硬度を上げるために普段よりも力の篭った体は鉱物と化してることもあり、少し動くだけでもガギギギと鈍い音を立てる。防御に全振り。文字通り全力の技だった。


「乱波と同等の連撃を受けて鍛える!!それにはーーー…爆豪!!砂藤―!!緑谷!!名前!!思う存分、俺をサンドバッグしてくれ!」


「誤解を招くぜ!!?」


 とんでもない発言に目を見開いた砂藤がそう言うが、一度口から出た言葉は戻せない。隠れているのに隠しきれていないと称される滲む隠れサドこと嗜虐心を刺激された名前がにぃと笑った。


「遅かったか…!」


 頭を抱える砂藤。


「ごめん僕は1人で…!」


「わかった!」


 断る緑谷の方へ視線を向け、快く送り出した切島のすぐ側で名前は組んだ指をぼきぼきと鳴らした。瞳を弓形にし、口角をへらりと上げたその表情は誘惑しているようで、そして魅力的だ。だが、今見ると恐怖でしか無い。切島はごくりと唾を飲んだ。


「ハハッ、喜んでやったげる」


「名前がやべー顔してるぞ!切島やめとけって!!」


「こ、こえェ…」


 覚悟を決め、「やってくれ!!」と腕を広げた切島に向け、名前がグッと握った拳を素早く腰元に引き、前に突き出す。切島の顔面ど真ん中目がけて放たれた拳には風が巻きつき、切島の頭の中に「やばい」の文字が浮かんだ。


「躊躇ねー!!」


 ヒィぃぃと声を上げる周囲。咄嗟に腕をクロスし、防御した切島だったが、拳が当たった瞬間、体はその姿勢のまま地面を何度も跳ね、すかさず作り出されたセメントスのセメントの壁をいくつもブチ抜き、そして最後に体育館の壁へとめり込んだ。振り切った名前の拳からはシュー……と煙が上がっている。


「削れたァァァ!!ガッ、ま、まだまだァ!!」


「血出てんぞ」


 ボゴォッと起き上がり、上鳴の言葉に「カーッ!効いたぜ!」と爽やかに返す切島。だが、額には汗が滲んでいるし、一部欠けている。それに心なしか体のヒビも増えているように見えた。だが、今は限界を越える時。切島の根性を尊重し、上鳴が「無茶すんなよ」に言葉を留めた時、拳をグーパーグーパ、握る開くを繰り返していた名前が「壊れにくいサンドバッグ…」と呟いた。上鳴はすぐに意見を変えた。


「やっぱ逃げろー!!キリシマァ!」


「もっとやって良い?」


 ぴょんぴょんとその場で小さく飛び跳ね、準備運動を始める名前。


「建物壊す気か!!」


「爆豪、砂藤も早く来いッウォゴガッ、ちょ、待って名前、ゴガッ!」


「ほらもっと力入れて。柔らかくなってるよ」


 その言葉にうっひょーと反応した峰田の隣で文字通りサンドバッグのごとく蹴られ、殴られる切島を見て緑谷は「ヒェ…」と冷や汗をかいた。


   ーーーーーーーーーーーーーーー


「文化祭があります」


「「「ガッポォオォイ!!」」」


 学校っぽいの略を叫び、クラスメイトが沸き立った。仮免許試験から数日後、すっかり秋らしい季節になった頃、雄英では文化祭の時期が来ていた。


「先生、今日はエリちゃんのところへは?」


「ああ、その事については後ほど」


「文化祭!!」


「ガッポいの来ました!!」


「何するか決めよー!!」


 ヒーローを目指しているとはいえど、まだ高校生。学校は楽しみたい。学校らしい行事の到来に至る所で明るい声が上がる。だが、インターンを経験し、本気で命を狙ってくる敵と対峙したインターン組の中にはそれを楽しんでいいのかわからない者もいた。


「いいんですか!?この時代にお気楽じゃ!?」


「切島…変わっちまったな」


「でもそーだろ敵隆盛のこの時期に!!」


「もっともな意見だ」


 相澤はそれを否定するでもなく、「しかし」と話を続けた。


「雄英もヒーロー科だけで回ってるワケじゃない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとしたら文化祭は他科が主役。注目度は比にならんが彼らにとって楽しみな催しなんだ。そして現状、寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じてる者も少なからずいる」


「そう考えると…申し訳たたねェな…」
 

 そう言って、切島はゆっくりと席に着いた。沸き立っていた皆も申し訳なさそうに鎮まる。


「(みんな気が優しいなぁ)」


 敵に狙われているのは誰のせいでもないというのに。


「ああ、だからそう簡単に自粛とするワケにもいかないんだ。今年は例年と異なりごく一部の関係者を除き学内だけでの文化祭になる。主役じゃないとは言ったが決まりとして一クラス一つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう」


 戦争になれば、社会が悪くなれば、芸術や娯楽が真っ先に消える。宇宙のあらゆる場所に行き、幾度も戦場に赴いた名前はその光景を何度も見た。だが、逆を言えば、それが消えるほどの状況である事を危惧すべきなのであって、今の段階で取りやめるのは賢い判断とは思えない。雄英がそれすらも出来ない状況である、弱腰である、付け入る隙があると思われるのを避けたいというのも開催の理由なのだろう。


「ここからはA組委員長飯田天哉が進行をつとめさせて頂きます!スムーズにまとめられるよう頑張ります!!」


 張り切った飯田がそう宣言した。


「まず候補を挙げていこう!希望のある者は挙手を!」


 数人を除き、ハイハイと何本もの手が勢いよく天井に向かって伸びる。ヒーローは他者を先導する役であり、積極性のある者が多いと言うが、この様子を見るにそれは確かだ。


「ぐっ…なんという変わり身の早さだ…ええい必ずまとめてやる!上鳴くん!!!」


 決意を固め、飯田は上鳴を指した。


「メイド喫茶にしようぜ!」


「メイド…奉仕か!悪くない!!」


「ぬるいわ上鳴!!」


「はい、峰田くん!」


「オッパブォッ」


 即座に反応した蛙吹により簀巻きにされ、吊られる峰田。


「麗日くん!!」


「おもち屋さん」


「腕相撲大会!!」「熱いな!」「ビックリハウス」「分からんが面白いんだろうなきっと!」クレープ屋!」「食べ歩きにもってこいだ!」「ダンスー!!」「華やかだな!」「…ふれあいどうぶつえん」「ふれあい動物園!!」「暗黒学徒の宴」「ホホウ!!」「僕のキラメキショウ」「んん!?」「…コントとか?」「なーる!」


「名前さんは何かあるか?」


 黒板に一通り案が上がり、何も意見しなかった名前に飯田がビシッと手を向けた。机に肘を着き、手のひらに頬を乗せたまま「うーん」と少し首を傾げ、悩んでいるような様子を見せる名前。だが、考える気も案も無かったのか、それから少しの間も置かずに「私は何にも」と続けた。


「決まったのに合わせるよ」


「そうか!!」

 
 次は出た案を排除していく作業に移る。


「不適切・実現不可・よく分からないものは消去させていただきますわ」


 スッと八百万の手が翳され、「オッパブ」をはじめとしたいくつかの案が消えた。


「郷土史研究発表もなーー地味よねぇ」


「総意には逆らうまい!」


 飯田の案が消える。


「勉強会はいつもやってるし」


「お役に立てればと…つい」


 そして八百万の案が外される。


「食いもん系は一つにまとめられるくね?」


「そばとクレープはガチャガチャしねェか?」


 だが、結局、意見は全くまとまらず、チャイムが終了の時間を告げてしまった。


「実に非合理的な会だったな。明日、朝までに決めておけ」


 ゆらり、と立ち上がった相澤。飯田、八百万は嫌な予感を感じた。


「決まらなかった場合……公開座学にする」


 ピシャンッと扉を閉め、出ていった相澤先生。


「今の目は本気だったネ」


―――――放課後――――


 バシンッ


 頭に軽い衝撃。ゆっくり顔を上げれば、血走った目と逆立った髪が私を見下ろしていた。手には丸めた教科書が。きっとあれでハタかれたのだろう。ぐぐぐ、と体を伸ばす。


「…いい度胸だな夜野。お前だけ補習伸ばすか?」


「先生、私の扱い悪くない?」


「喜べ。それだけ可愛がってるって事だよ」


 ニヤッと笑った顔はどう見ても可愛がってる顔ではないが、相澤先生なら本気で補習を伸ばしかねない。よく言う、と体を起こし、肘を机について頬杖を着く。起きたことを確認した相澤先生は教卓に戻ると「ああ、そうだ」と斜め前に座る緑谷の名前を呼んだ。


「エリちゃんがお前に会いたがってる」


「緑谷ちゃんに会いたがってる?」


 同じ言葉を蛙吹が繰り返す。


「ああ。厳密には緑谷と通形を気にしている。要望を口にしたのは入院生活始まって以来初めてのことだそうだ」


「わぁ。良かったね緑谷」


「うん…でも、みんな」

 
 歯切れの悪い返事はどこか嬉しそうには見えない。緑谷のことだ。彼は多分、自分の力じゃないとか皆の協力がーとかそんな事を考えてるんだろう。名前は斜め前の席でぽっかりと口を開けたままの緑谷の背中にシャーペンをツンと刺した。


「あたっ!」


「事件の日にまともにエリちゃんに会ったのは君達だけだったんだし、深く考えないで良いんじゃない。皆のことは気にせず行ってきなよ」


 何を気にする必要があるのか。眉を少し下げ、考えるような、どこかバツの悪そうな表情をした緑谷にそう言えば、彼は意志を固めたような顔をして「そう…だね」と頷いた。


「うん、会ってくる」


――――BETUNOHI―――――


「これどうだ」


 白いベットの上には上下揃った幼児服が置かれている。首という首にはフリルが付いていて、下はスカートなのかズボンなのかも分からない。そして最も謎なのが両足とトップスに描かれた異様に目のデカいネコだ。ganrikiNEKOと書かれているぐらいだから、この目力の強いネコ達のことなのだろうが…。


「………」


 ビリィィィ


 名前は何も言わずに目の前の服を手に取ると、「フンッ」と真っ二つに引き裂いた。


「先生、服に頓着無さそうだもんね。任せた私が間違ってたよ」


 片手で頭を抱え、呆れたように首を振る名前。そばには布が舞っていた。まさかそこまでの反応をされるとは思っていなかった相澤は攻めるような視線にそっぽを向いた。


「……可愛いだろ」


「ダサ過ぎる。却下」


 バッサリダサいと言い切られ、相澤は内心「そんなに悪いか…?」と思ったが、名前にギロリと睨まれ、口を噤んだ。相澤は合理性を重んじる男である。ここで何か言うのが得策ではないことぐらい簡単に想像がつく。それに、自分に美的センスがあるとは思っていないし、美に関しては彼女の方がきっと確かなはずだ。あとはこの服を着る本人の問題。相澤は視線を下に向け、困ったような表情を浮かべるエリちゃんを見た。


「………」


「私は何でも…」


 幼いながらも落ち込む相澤を見兼ね、エリちゃんがそう言う。


「気、遣わなくていいヨ。というか私がイヤ」


 事の発端はエリちゃんの外出用の服を拵える事になったことに始まる。もちろん、その役目は相澤が担う事になったのだが、いざ持って来たものがこのganrikiNEKO。しかも、この反応を見ると本気で選んできた模様。だが、たとえ、エリちゃん本人が良いと言っても、これで外を出歩かせるのは私の美意識的が許せない。名前は二つに避けた服をゴミ箱に向けて放った。


「次来る時に新しいの持ってくるから、ちょっと待ってなね」


「うん…」

 
「おい、夜野」


 言葉が続く前に名前が手のひらで壁を立てる。


「相澤“さん“は黙ってて」


 そしてピシャリと言い切った。


「……」





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