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「こんにちは」
いつも来てくれるヒーローの女の人。その人は、すごく優しい。いつもしゃがんでお話ししてくれるし、リンゴジュースもくれる。でも少し怖い。
「…こんにちは」
「今日のお菓子はねー。コレ」
お得用のお菓子袋からかさっとお菓子を取り出し、布団に落とす。少女はなんだろう、と思いながら、にこにこ笑う女を見た。
「クッキー」
「くっきー…」
「いっぱい食べなね」
「うん…」
食べないと怒られるのかな、でもお姉さんは怒らないって言ってた。少女は数日前、そう言われたことをしっかりと覚えていた。かわいそうだとは思わないけど、痛いことはしない。難しくて少女にはよく分からなかったが、それだけは分かった。
「ちっさい口。付いてるよ」
さくさくと両手でクッキーを食べる少女の頬に手が伸びる。少女は無意識に体を引いた。
「あっ…ごめんなさい…」
買ってくれたのに…。拒絶してしまい、咄嗟に謝る。怒られるかも、そう思って俯く。上から「んー?」と声がして、女の人がそこにしゃがんだ。ふふっと笑っている。そこに機嫌を取るような嘘の笑顔も怒りもなくて少女の肩から力が抜けた。
「びっくりした?謝んなくていーよ」
「ごめんなさい…」
「また謝ってる。そうだなァ」
また謝っちゃった…、どうしよう。すると、俯いたままの少女の手にもう一枚クッキーが乗せられた。
「ほら、ありがとうって」
「あ…りがとう」
「どういたしまして」と笑った女はたしかに自分を怒ったりしなかった。
「ハァ…ハァ…」
体が熱い。それにすごくしんどい。お医者さんはお薬を置いてどこかに行ってしまった。呼んでいいのかな、ダメかな…、怒られるかもしれない。痛いのはいや。少女の頭の中はそれでいっぱいだった。
「エリちゃ…」
ドアの音が微かにして、よく遊びに来てくれる女の人の声が聞こえた。それから小さくぱたぱたって足音がして、ほっぺに冷たい手が当たった。冷たくて、気持ちいい。少女は離れそうになる手を追うように頭を動かした。するとまた頬に冷たい手が添えられる。
「薬はもう飲ませているので…しばらくすると眠ると思います」
「そ、分かった」
「では。私たちはあまり長居してはいけないことになってるので…」
「どうもね」
視界がぼやける。そして少女は治崎のことを思い出した。痛いジッケンを、怖い思いを、両親のことを思い出した。怖くて怖くて涙が出る。落ちそうになるそれを誰かの手が拭った。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
「大丈夫、大丈夫」
優しい声が聞こえた。そして、ゆっくり頭を撫でられる。少女の息は次第に落ち着きを取り戻した。
「こわい…いや…」
「大丈夫。怖いものは私がぜんぶ追い払ってあげる。だからゆっくり寝ていいよ」
胸がぽっとして、怖いものが消えていく。そして、ぼやける視界が少しずつ暗くなる。
「ここで守ってあげるから」
涙がことりと落ちた。
次に少女が目を覚ました時、隣にはやっぱりあの女の人がいた。自分を囲むようにぴったりとくっついて、腕を枕に、体を小さくして眠っている。少女は女の胸に頭を寄せた。とくんとくんと音がする。それにひどく安心した途端、ゆっくりと瞼が落ちてきた。
「くしゅんっ」
女が小さくくしゃみをした。自分は布団の中にいるが、女は布団の上にいる。少女はハッとした。すぐに眠気眼を擦って起き上がり、ベットから降りて収納スペースの扉を開ける。ブランケットは上にあった。手を伸ばしても届かない。なんとか椅子を動かして乗るもまだ届かない。背伸びをして、背伸びをして、とうとう垂れる布の一部を掴み、ぐいっと引っ張った。自分よりも何倍も大きなブランケットが上から降ってくる。
少女はそれを床を引き摺りながらベットまで持ってくるとよいしょ、よいしょ、と女にかけた。ずり落ちそうになるそれを何度か調整して、落ちてこないのを確認してから反対側からベットに乗る。そしてまたさっきと同じ位置に戻った。とくんとくん。暖かくて優しくて、安心する。少女の瞼がゆっくり落ちて、そしてぴったりと合わさった。
「おやすみ。いい夢を」
寝ていたはずの女の目が開く。そして少女の背に腕が回った。
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