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戸籍とは、身分を証明する上で必要なものらしい。私の場合、家族がいない為、登録をするのに時間がかかるのだそうだ。

義務教育とは、国の制度によって受けなければいけない教育のことらしい。私はこの時代で生まれ育ってきたわけではない為、通常6歳から15歳までの期間で受けなければいけない義務教育を受けていない。これについては、近藤さんが勉強を教えてくれて、いつかは中学校卒業程度認定試験というものを受けるらしい。できれば高等学校卒業程度認定試験も、と近藤さんは言っていた。



「――というわけで、何年か学園長室で勉強することになった子が来ている」



現在は、私立薄桜学園という学校の、職員室と呼ばれる部屋の廊下で、近藤さんの言葉を待っている。合図が出たら、私は部屋の中に入って、自己紹介をすれば良いらしい。ドキドキしながら待っていると、部屋の中から「おいで」と言う近藤さんの声が聞こえた。
ガラガラ、と音を出しながら引き戸を開けて、部屋の中に入ってから引き戸を閉める。近藤さんの横に行き、先生達に体ごと顔を向ける。



「橘伊織です。えっと、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします!」



勢いよく、バッ!、と頭を下げる。その瞬間、ガタガタッ!、といくつか音が聞こえてきた。驚いて顔を上げると、先生達の中に数人、知っている顔があることに気づく。驚きの顔を浮かべる彼等に、私も驚きのあまり固まってしまった。



「伊織君、分からないことがあれば誰にでも頼ってくれ」
「は、はい!」



慌てて近藤さんに返事をする。私の言葉を聞き、近藤さんは先生達に「解散!」と言った。先生達は散らばるが、私を知っている彼等は私と近藤さんのもとに来た。
土方さん、左之さん、新八さん、山南さん。髪の毛が短くなっていたり、服装が変わっていたりするが、反応から察するに、私のことを覚えていてくれたらしい。



「あの、お、お久しぶりです」



緊張してしまった。ニコ、と笑みを浮かべるけれど、上手く笑えている自信が無い。



「伊織ちゃん!」



誰かに正面からぎゅっと抱きしめられた。驚いて視線を横に移すと、そこには涙ぐんでいる新八さんの顔が間近にある。どうやら、新八さんに抱きしめられているらしい。抱きしめ返すと、近藤さんの時と同じように、新八さんの抱きしめる力が増す。苦しいけど、今はそれさえもどうでも良いと思ってしまう。



「お前なァ! 勝手に死にやがって!」
「まあまあ土方君、彼女も死にたくて死んだわけじゃありませんから」
「にしても、またこうやって会えるとはな」



土方さんの怒声に怯み、山南さんの助けにホッとし、左之さんの言葉に笑みを浮かべる。彼等にとって、私が死んでから長い月日が経っていることだろう。それなのに、変わらずこうやって接してくれる。私は良い人達に恵まれた。
新八さんが私から体を離したことで、私は新八さんを見上げる。彼は目を赤くしながら泣いていて、目が合うと、照れくさそうにニカッと笑った。



「あいつ等にも会わせてやらねえとな!」



新八さんの言う”あいつ等”とは、この場にいない他の人達のことだろう。「はい!」と頷くと、ガシガシと頭を撫でられる。少し乱暴だが、心地良い。



「そうだ、伊織、今から良いところに連れてってやるよ」
「良いところ?」



左之さんの言葉に聞き返すと、彼はただ笑みを浮かべるだけだった。




 ***




何回か階段を上がって、最上階に来た。最上階だというのに階段が続いていて、その先には鉄の扉が待ち構えている。出っ張っている部分を、左之さんが掴んで捻ると、扉が僅かに開く。
ギィ、と音を立てながら、左之さんが扉を開けた。ぶわっと風が来て、思わず目を閉じる。だけど風はすぐに止み、目を開けると、人が何人も立てる程広い平な場所の先に、この時代の街並みが広がっていた。



「凄い……、この時代の街並みってこうなってるんですね」
「ん? 見たことないのか?」
「はい、私は死んだ当時のまま此処に来たので」



私の言葉に、左之さんは驚きながら「そうなのか」と言った。それ以上追及しないのは、彼なりの優しさなのかもしれない。それにしても、私が生まれ育った時代とは違って、高い建物が多い。色々な形があって目移りしてしまう。



「おい、サボってんなよ」



そう言う左之さんに、驚いて彼を見る。しかし、左之さんは私ではなくて、別の場所に顔を向けていた。び、びっくりした。左之さんの視線を辿って、私もそちらに視線を向ける。そこには、仰向けになって寝ている誰かが居た。



「んだよ。良いだろ、少し、くら、い……」



上半身だけ起こしてこちらを見るその人物。私とその人物の視線が交わった時、お互い目を丸くして固まってしまった。左之さんが私を此処に連れてきてくれたのは、今の時代の街並みを見せることではなく、彼に会わせる為だったんだ。
歪む視界の中でも、彼の存在がそこにあることが分かる。気づけば、彼に向かって走り出していた。抱きしめると、彼の温かさが伝わってくる。



「龍っ!」
「伊織……!」


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