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しっかりしろ、橘伊織。妖が見えるのは私以外に誰もいない。この場を何とかできるのは、私しかいないんだ。私が終わらせるんだ。
しかし、口が震えて思うように声が出ない。そんな私に、妖は「ククッ」と喉を鳴らし、「この男から身を引いてほしいか?」と聞いてきた。確かに、身を引いてほしい、けど……。



「貴方は、頼んで聞くような妖じゃないでしょ?」



この会話を理解したのか、土方さん達は私が話している相手が妖と分かったようだ。背後から「伊織っ!」と私の名を呼ぶ龍と藤堂さんの声が聞こえた。どうやら、私を追って来てくれたらしい。妖は「ああ」と私の言葉に頷くと、土方さん達を見て「ここは、人がたくさんいるな」と言った。……まさか。



「この人達の生気を吸い取って、弱ったところを食べる気?」



私の考えが合っているのか、妖は楽しそうに、でも妖しく微笑む。そして、ずいっ、と私に顔を近付けたかと思ったら、「お前を食べるのはより一層楽しめそうだ」と言う妖。怯みはしたけど、今度は後ずさらなかった。我ながら頑張ったと思う。
すると突然、妖が「面白い」と言い、べろん、と舌で私の頬を舐めた。
その生暖かくザラザラとした感触に、私は恐くて、でも目を瞑って腰を抜かさないように頑張る。もしかしたら私はこの場で食べられるかもしれない。でも、舐めなくたって……!



「ちょいとアンタ、私の主人に何してくれてんだい」



ヒノエの声だ。思わず目を開けてヒノエの声のした方を向く。ヒノエはいまだに黒猫の姿で、私の目の前に居る妖を見上げ、毛が逆立つほど相手を威嚇している。そんなヒノエの反応に、妖は愉快そうに私から離れた。斎藤さんの「ヒノエ、妖は橘に何をしたんだ?」という問いに、ヒノエが「頬を舐めた」と正直に言うと、全員が「はあっ!?」と驚きを隠せずに言った。



「ほう、お前のような上級の妖が人の、しかも小娘に手をかすのか」
「おや、愚問だねえ。そんな事を聞いて何になるんだい」



ニヤ、と笑うヒノエとは対象に、妖は少しムッとした表情をした。ふと、妖の気配が増えた気がしてヒノエの背後を見た。ヒノエの背後には何人かの妖が居た。妖の「妖を集めたのか」と言う言葉に、ヒノエが仲間を集めてくれたのだと分かる。



「アンタが強い妖だろうと、私とコイツ等が集まったらさすがに勝てやしない。馬鹿な考えはやめて、とっととその男から離れな」



ヒノエと名も知らない妖達が、芹沢さんに憑いている妖を睨む。ヒノエが集めた妖は、どうやら私に協力してくれるらしい。あんなに大勢の妖を動かしてくれたなんて。ヒノエには感謝しなきゃ。そう思いつつ、目の前の妖へと顔を向ける。どうしたら、芹沢さんを解放してくれるんだろう。何か、交換条件を出さないと、手を引いてはくれなさそうだ。



「私が死んだら、この体をあげる。だから、その人から離れて」



妖にとっては、人間の命というのは短いものだろう。私の提案に、妖は「言ったな?」と笑みを浮かべた。……い、言わなきゃ良かったかも……。


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