17

翌日
昨日、土方さん達に羅刹とやらの事を話された。まるで、妖のような人間だ。人間ではない人間を作り出し、狂ったら殺すだなんて、正直私には理解出来なかった。前代未聞で現実味のないこと。けれど、それほど新選組は幕府を守りたいんだな。私も、襲われないようにしなきゃ。
……強く、なりたいなあ。
そう呟く。皆に守られるだけの女じゃ駄目だ。自分で戦えるようになって、なるべく皆の負担を減らさないと。じゃなきゃ、逆に私が足手まといになる。そう思っていると、「伊織」と私の名を呼びながら、猫姿のヒノエがどこからか現れた。ヒノエは縁側に座っていた私の隣に座ると、私を見上げる。



「さっき、近藤が一人で稽古してたよ。強くなりたきゃ、近藤に教えてもらえばいい」



どうやら私の独り言を聞いていたらしい。「近藤のところに行くなら、私についてきな」と言い、さっさと一人で歩き出してしまうヒノエ。「ま、待ってよ!」と言っても、ヒノエは足を止めない。仕方なく腰を上げ、行ってしまうヒノエを小走りで追いかけた。




 ***




ヒノエを追いかけてついた場所は道場だった。道場の中を見ると、周りには誰もいないのに近藤さん一人だけが刀で稽古をしていた。確かに大勢いるより一人でいてくれたほうが話しかけやすいけれど……、あんなに集中していると話しかけづらい。どうしよ……。



「伊織君? そんなところで何をしているんだい?」



どうしようか困っていると、近藤さんに声をかけられた。まさか私が此処にいることに気づいているとは思わず、驚いて「えっ」と声をあげてしまう。私が驚いている間に、近藤さんは素振りをしていた手を止め、私へと顔を向ける。
剣術を教わりたいことを伝えると、近藤さんは驚いた表情で「剣術を?」と聞いてきた。「はい」と控えめに返事をすると、近藤さんは苦笑した。



「伊織君が剣術を習うことは無いさ。戦うのは俺達だ」
「そ、そうではなくて……、妖ともし戦うことになったら、それなりの対応をしなければならないので」



それに……、



「それに、守ってもらってばかりでは、自分が情けなく感じるので……」



私の言葉に、近藤さんは静かに「そうか」と言った。近藤さんは頑固なところがあると沖田さんが言っていたし、もしかしたらずっと反対されるかもしれない。近藤さんの言葉を待っていると、意外にも「分かった」と頷いてくれた。てっきり反対されると思っていたのに。私は慌てて元気良く「はい! 有難う御座います!」と頭を下げる。近藤さんは私の返事を聞いて優しく笑みを浮かべてくれた。



「では、まずは木刀か竹刀、どちらかを選んでくれ」



初心者ということで、まずは基本の木刀か竹刀を使うようだ。木刀は重そうだけれど、その分力が出せる。竹刀は威力はあまり無いけれど、軽いし持ちやすい。どちらが良いのか迷う。迷っていると、近藤さんが「俺個人としては、竹刀のほうが合っていると思う」と助言をしてくれた。近藤さんが言うなら、と思い「じゃあ竹刀で」と言うと、近藤さんは「じゃあ、取ってくる」と言って、どこかに行ってしまった。私の為に竹刀を取りに行ってきてくれているのだろう。



「アンタ、おっちょこちょいそうだけど、本当に剣術なんてできるのかい?」



近藤さんを待っている間、猫姿のヒノエがそう聞いてきた。「どうだろう……」と正直に答えると、ヒノエは私のことを鼻で笑った。酷い。自信はないけれど、下手でも少しは戦えるようになれれば良いな。



「それで泣き面かいても知らないよ」
「え、慰めてくれないの?」
「誰がするか! ったく、いざとなりゃ私が守るっつーのにさ」



ぷいっ、とそっぽを向いてしまうヒノエ。なんだか可愛くて、思わず笑ってしまった。素直に「ありがとう」とお礼を言うと、ヒノエは「ふ、フンッ」とわざとらしく言い、黒猫でも分かるほどに照れた。
しばらくすると、竹刀を持った近藤さんが戻ってきた。「準備は良いかい?」と聞く近藤さん。私は近藤さんに竹刀を受け取りつつ、「はい」と答えた。



「構えるとき、竹刀を持つ手は胸の前にあってはならない。ちょうど腹あたりで構えるんだ」
「はい」



近藤さんに言われた通り、腹の前で竹刀を構える。



「その際、右手と左手はこうだ。足も少しずらさなければならない」



近藤さんがお手本として竹刀を構えてくれた。なるほど、手はそうなるのか。でも、足をずらすというのは、素人にとってなんだか体が安定しない。少し動いただけでも倒れてしまいそうだ。



「肘は曲げず、伸ばすことが大切だ。もう一度構えてみてくれ」
「はい」



もう一度しっかりと竹刀を構える。変じゃないか意識するとギクシャクしてしまい、余計に大丈夫か不安になる。近藤さんは私の構えを隅から隅まで見て「うむ、問題ないな」と頷いた。よ、良かった。ホッとしたのも束の間、次は防御について教わることになった。なんだか本格的になってきた気がする。近藤さんの顔も真剣だし、私ももっと集中して頑張らなくては。



「ははっ、そう固くならなくても大丈夫さ。ゆっくりやっていこう」



ぎこちない私の動きに、近藤さんが笑って言う。「は、はいっ」と返事をする私の顔は、恥ずかしくて赤くなっていることだろう。


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