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涙が出てくる。でも、頑張って堪える。出てきたしまった分は袖でゴシゴシと拭く。息を切らしながらも、背後の屋敷を見る。だいぶ走ったように思えるが、屋敷からの距離はまだ少し短い。でも、此処までなら多分大丈夫だろう。ここら辺はヒノエや三篠以外の妖の気配は全くしない。足を止める私。それに続いてヒノエと三篠や龍達も足を止めた。



「ここまで来れば、もう大丈夫」



私は息を整えつつ、皆に笑顔でそう言う。すると、皆は安心した表情になる。でも、貴志達の事が気になる。再び屋敷の方へ顔を向け、胸元の服をぎゅっと握る。私の心を察したのか、千鶴ちゃんが私の両手を掴み、「私達はもう大丈夫だから、行ってあげて?」と言う。その表情はとても優しく温かい微笑みだった。そのことに戸惑いながら、どうしようか頭で考えを巡らせる。



「あの男の子を助けたいんでしょう? 脱出はできたし、私達は大丈夫だよ」
「でも、私……」



今の私は竹刀も、武器になるものも持っていない。そんな状態で行ったって、どうせ足手纏いになる……。そんな暗い事を考えていると、右頬を誰かにつねられた。吃驚してつねった本人を見て、「ひゅう……?」と名を呼ぶ。つねられているせいで、ちゃんとした言葉にはならなかった。龍は呆れた表情を浮かべている。



「お前なァ、もっと我が儘になって良いんだぞ。千鶴が言ったように、俺達は大丈夫だ。此処からなら俺達だけでも逃げれる」



そう言って、龍が私の頬から手を離した。呆れているものの真剣な表情の龍に目が放せないが、少しヒリヒリとする頬に自分の手を添える。



「お前は、お前のやりたいようにやれ。初めて惚れた男、逃すなよ」



そう言い、ニカッと太陽のような笑顔を浮かべる龍。そのことに泣きそうになりつつも、嬉しくて自然と頬が緩む。私が貴志を好きなこと、今日久しぶりに会った龍に言ってないのに、龍は気づいたんだね。私と斎藤さんを見て恋仲だって勘違いしたのに。「龍、」と小さく名前を呼ぶと、龍は「ん?」と聞き返してくる。龍はきっと知らないよね。私がどれだけ龍に助けてもらったのか、私がどれだけ龍に笑顔にさせてもらったのか。行くよ、貴志を助けに。でも、恥ずかしくてずっと言えなかったこと、今この場で言わせてほしい。



「私、龍のこと親友だと思ってる。ずっと私のこと支えてきてくれて、本当にありがとう」



改めて言う私に、龍は顔を赤くしながら「……おう」と返事をする。そのことに思わず笑うと、龍はいまだに顔を赤くしながら「ほら!! 早く行けって!!」と私の背中を押した。久しぶりなこの感じに嬉しく思いながら「うん、分かってるよ」と返事をする。「伊織、」と三篠に呼ばれ、そちらを向くと竹刀を投げられた。私は慌てて受け取る。三篠を見ると、三篠は穏やかに笑みを浮かべていた。



「天然理心流の技、まだ覚えているな?」
「うん、覚えてる」
「よし。……行くぞ」



走り出す三篠。私とヒノエも三篠の後に続いて走り出す。後ろから「頑張れよ!!」「絶対無事に戻ってきて!!」と言う龍と千鶴ちゃんの声が聞こえた。うん、頑張る。貴志やニャンコ先生と一緒に、絶対に戻るよ。


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