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池田屋事変



「動ける隊士はこれだけか……」



とある部屋の一室に、隊士が集められた。だが、動ける隊士があまりいない。あまりの少人数に、近藤さんは眉を八の字にしながら呟いた。そのことに「怪我さえしなければ私も……」と少し俯きながら悲しい表情をする山南さん。そんな山南さんを近藤さんが慰めの言葉をかける。



「こんな時、アイツ等が使えれば良かったんだがな」
「しばらく実践から遠ざけるらしい。血に触れるたび狂われてはたまらん」



二人の話を聞いて、咄嗟に耳をふさぐ千鶴ちゃん。聞いてはいけない、そう思ったのだろう。正しい判断だと思う。結局、初めて出会った日の前日の夜に羅刹を見てしまった千鶴ちゃんは新選組で預かることになった。羅刹についての他言無用、千鶴ちゃんの父上についてのことが原因なのだそうだ。



「まだ本命が四国屋か池田屋か分からんのがな……」
「……隊を二手に分ける。橘、お前はどうする?」



土方さんが私に目を向ける。私は「えっと……」と呟く。最近、池田屋付近で強暴な妖が現れたと聞いた。その妖は人間にも手を出していて、被害が大きくなりつつあるのだとか。良い機会だし、妖を追い払うのも良いかもしれない。「私は池田屋に行きます。あれが居るとの情報が入ったので」と言うと、土方さんは「そうか」と頷いた。



「くれぐれも気をつけろ。あれと戦う事は、俺達が相手する奴等より危険だ」
「はい。ヒノエは連れて行きますが、三篠は土方さん達と行動させるのでこき使ってください」



私の言葉に、三篠は珍しく焦った表情で「何!!? 聞いてないぞ!!」と声を荒げる。苦笑しながらも「そりゃ言ってないからね」と返事をすると、「何故だ!!?」と私の肩を、ガシッ、と掴んだ。若干痛い、けど我慢。私はやんわりと三篠の手をはずす。妖のことも気にかかるけれど、新選組の皆のことも気にかかる。分担しないと戦力にならないでしょ。そう言うと、三篠は「チッ」と舌打ちをする。そのことに苦笑するけれど、三篠が納得してくれたようで良かった。




 ***




四国屋へは三篠、土方さん、斎藤さん、左之さん、井上さんを含む二十五名。池田屋へは近藤さん、沖田さん、永倉さん、平助さんを含む十名で出発した。山南さん、千鶴ちゃん、山崎さん達は屯所で待機。私とヒノエは池田屋付近に行く為、近藤さん達と一緒に出発した。



「伊織、気をつけろよ? 妖相手なんて、恐いだろうから」
「さすがに幼い頃から見えてると慣れますよ」



皆が早歩き、時々小走りで道を進む中、近くにいる平助さんが私を心配してくれた。私は心配させまいと笑う。だが、平助さんはまだ不安そうな顔をしている。他の人にも言われた為「皆さん心配性ですね」と言うと、更に不安そうな顔をしながらも「そりゃ心配するだろ」と言われる。心配してくれていることが嬉しくて、私はつい笑ってしまった。しかし、平助さんはそんな私の顔を見て「笑うなよ……」と不機嫌になる。



「心配してくれて有難う御座います。でも、本当に大丈夫ですよ。斎藤さんから剣術教わったし、ヒノエもいるし」



それより、私は皆のほうが心配だ。私は一体の妖相手だが、平助さん達は何人もの人間を相手にする。当然、中には死ぬ者や怪我をする者も出るだろう。そのことを言いながら、少し顔を俯かせる私。平助さんは何を思ったのか、私の頭を乱暴に撫でた。



「ありがとなっ!! でも、俺達はまだ死ねねえからさ」
「……そうですよね。頑張ってください」



私の言葉に平助さんが「おう!!」と返事をした、ちょうどその時だ。私の横を黒い何かがゆっくりと通った。私は吃驚して、その黒い何かを見る。そこには、おかめの仮面をした黒い妖が居た(千と千尋の神○しの顔無しイメージ)。私の視線に気づいたのか、おかめの仮面をした妖がゆっくりと私を見る。



≪……ヒトと、目があった……目があった……≫



静かにそう言うも、嬉しそうに笑い、ゆっくり走って行ってしまう妖。私は驚いて「ちょっ……!! ま、待って!!」と大きな声をあげる。噂で聞いた強暴な妖には見えないけれど、何か手掛かりがつかめると思い、妖を追いかけるように走りだす。いきなり隊の列から抜け出して走り出す私に、永倉さんと平助さんが「お、おい!! 伊織ちゃん!!?」「ど、どこ行くんだ!!?」と驚いた表情で私を見る。私は走りながらも顔だけ振り返る。



「目的見つけたかもしれません!! すみませんが抜けます!! ヒノエ、行こう!!」
「はいよッ」



妖の姿はまだ見える。此処から走って行っても、きっと追いつくだろう。そんな私の姿を見て、近藤さんが苦笑する。それにつられ、沖田さんも苦笑した。「橘君も大変そうだなあ」「妖が見える伊織ちゃんにしかできないことですからね」と会話をする彼等の頬を、冷たい風が撫でた。


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