19

ヒノエや三篠と一緒に自分の部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると、何故か私の部屋の前で沖田さんが壁に背を預けて座っているのが見えた。珍しいその風景に、私は驚いてその場で立ち尽くす。「声をかけたほうが良いのかな……」と考えていると、沖田さんがふいに私へと顔を向けて「あ」と言う。



「おかえり」
「あ、はい。只今帰りました。……あの、何をしているんですか?」
「んー…、監視、かな」



私の言葉に、沖田さんは少し首を傾げながら言う。その言葉は曖昧なもので、私も「監視?」と少し首を傾げながら沖田さんへと歩み寄る。沖田さんが背を預けている壁の部屋は、確かにいつも使わせてもらっている私の部屋。一体誰を監視しているのか凄く気になる。



「あ、そうそう。今日から伊織ちゃんと同じ部屋に住んでもらうことになった子がいるから」



「同じ部屋に住んでもらうことになった子」という言葉に反応し、慌てて沖田さんに「えっ!!? だ、誰ですか!!?」と聞く。すると、沖田さんは「そこに居る子」と言いながら部屋の障子窓を指さした。そちらに視線を向けると、障子窓から此方を見て固まっている子がいた。……あ、この子、朝起きた時にいた子だ。



「総司、無駄話はそれくらいにしておけ」



沖田さんが言う子の顔を確認すると、斎藤さんが朝餉を持って現れた。相変わらず涼しげなその表情は、私には視線を向けずに沖田さんとその子を見る。……斎藤さん、私の存在気づいてますか……。斎藤さんの登場に、ひとつ結びの子が「斎藤さん聞いてたんですかっ!?」と慌てる。その表情は心なしか青ざめているように見える。「聞いていた」については、私は何も聞いていない為、話がよく分からない。



「今の独り言は聞かれて困るような内容でもないだろう」
「そうですけど……」
「橘、ヒノエ、三篠、朝餉の時間だ」
「ああ、そのようだな」



どうやら斎藤さんは私達の存在に気づいてくれていたらしい。内心喜んでいると、そこに平助さん(この前そう呼べと言われた)が「飯の時刻なんだけど……」と言いながら現れた。しかし、斎藤さんは仕事があるらしく「先に食べていい」と言う。いつも一緒に食べてるから寂しい。「残念です」と正直に言えば、「片時も目を離すなって土方さんの命令だからね」と沖田さんが言う。斎藤さんは沖田さんの言葉に同意するように頷く。「片時を目を離すな」「土方さんの命令」ってことは、やっぱりこのひとつ結びの子についてだろうか。どう見ても悪い子には見えないけれど……。



「だったらコイツも俺等と一緒に食わせればいいんじゃねぇの? 土方さんと山南さんは大坂に出張中だし、伊織達も紹介したいし」
「部屋から出すなとの…――」
「――そうだね」



平助さんの提案に、ひとつ結びの子が驚く。斎藤さんは反対のようだけれど、沖田さんはどうやら賛成のようで。沖田さんは斎藤さんの言葉を遮り、斎藤さんが持っていた朝餉を平助さんに渡した。平助さんはいきなり朝餉を渡され、「なんで俺に渡すんだよ!!?」と驚いている。文句を言う平助君に、ニヤニヤしながら「言い出しっぺは君だからね」と言い、私の手を引っ張って歩き出す沖田さん。私は戸惑いつつ「自分で歩けますっ!」と言うが「ダーメ」と可愛く言われて終わった。……いつか下剋上したい。




 ***




皆が居る部屋につくと、永倉さんが「待ってました!」と言わんばかりに、「おめぇら遅ぇんだよ。この俺の腹の高鳴りどうしてくれるんだ?」と言った。その顔は本当にお腹が空いて参っているようで、私は思わず苦笑した。



「先に食べていれば良いものを……」
「ばーか。皆で食べるのが良いんじゃねぇか!!」



呆れながら言う三篠の言葉に、すかさず永倉さんが言い返す。二人が話している間にも、私は斎藤さんと沖田さんの間に座った。全員が座ると、永倉さんと平助さんが朝餉の取り合いを始める。沖田さんは肝心の御飯には手を付けず、お酒を少しずつ飲み始める。そんな沖田さんに「しっかり食べたほうが良いのでは……」と控えめに言うと鼻歌でかわされてしまった。



「橘、その沢庵、いらないなら俺が、」
「あ、これはヒノエ用に」



斎藤さんが沢庵をガン見しているが、これはヒノエが食べる沢庵。素直に言うと、斎藤さんは無言で固まってしまった。一部始終を見ていた沖田さんは、固まっている斎藤さんに「振られちゃったね」と楽しそうに言う。
その時調度、猫姿のヒノエが私の膝にやってきた。私を見上げ、「ニャア」と鳴く。いつもなら幹部しかいない食事時は構わず話すのだけれど、今はひとつ結びの子がいるから話せないでいるようだ。とりあえず、いつものように要求された沢庵をヒノエにあげる。ヒノエは沢庵をパクッとくわえると、ボリボリと食べ始めた。



「……可愛いな」



ふいに、斎藤さんがそう呟く。割と小さめの声だったけれど、隣にいる私はそれを聞き逃さなかった。



「妖ですけどね。あ、抱き上げて見ますか?」
「い、良いのか?」
「はい」



いまだに口の中の沢庵をボリボリと食べているヒノエを抱き上げ、斎藤さんに渡す。斎藤さんは少し照れながら戸惑いつつも、腫れ物を触るように私からヒノエを受け取った。斎藤さんはゆっくりと猫姿のヒノエを膝に座らせる。ヒノエは警戒心が無い相手にくつろいでいるようで、のんびりしている様子。斎藤さんはそれが嬉しいようで、心なしか周りに花が飛んでいる。



「じゃあ、僕は伊織ちゃんを抱き上げよっかなー?」



そう言う沖田さんに、私は反論しようとするが、反論する暇もなく沖田さんに抱き寄せられた。「えっ、ちょっ」と戸惑いながらも沖田さんから離れようとするけれど、腰にある沖田さんの手は離れない。「ちょ、ちょっと沖田さん……!!」と言うけれど、ニヤニヤしているくせに、何でもないように「顔赤いけどどうしたの?」と言う沖田さん。私は腹が立つのと恥ずかしいのとで顔が赤くなり、沖田さんの隣で座って御飯を食べている三篠に助けを求める。すると、三篠は瞬時に沖田さんの頭に手刀をかました。



――ゴッ
「ぶっ……!!」
「主に何をする」



眉間に皺を寄せて沖田さんを睨む三篠。沖田さんは痛む頭を擦りながらも、余裕の笑みで「嫉妬?」と言った。そのことに三篠とは怒りの表情を出すが、それ以上は何も言わなかった。三篠の助けにより沖田さんが離れてくれて、私はホッとする。と、その時、ひとつ結びの子が私に「あ、あの……」と声をかけてきた。そちらに顔を向けると、その子はおどおどしていた。



「私、雪村千鶴といいます。えっと、あなたは?」



雪村千鶴……。袴を着ているけど、やっぱりこの子は女の子のようだ。私は女の子ということに安心しながら、ニコッと笑みを浮かべる。素直に自分の名前を言い、ヒノエと三篠を紹介しする。「よろしくね」と言われた為、私も「こちらこそ」と返すと、雪村さんは、ぱあっ、と嬉しそうな笑顔を浮かべる。素直なその表情は、同じ女の私にとっても可愛いと思う。



「私のことは名前で呼んで!!」



見を乗り出し、急に明るくなる雪村さん。そのことに戸惑うものの、嬉しくないわけがなく、私は笑顔で「勿論」と頷く。更に嬉しそうな表情をする千鶴ちゃん。「私のことも、是非名前で呼んでね」と言うと、嬉しそうにお礼を言い、満面の笑みのまま左之さん(そう呼べと言われた)達のところへ戻っていった千鶴。可愛いなあ、と一人でほのぼのしていると、井上さんが慌てた顔で部屋に入ってきた。なにやら暗い顔で、私はキョトンとする。



「――山南さんが隊務中に深手を負ったらしい」



誰もが息を呑んだ。


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