16

しっかりしろ、橘伊織。妖が見えるのは私以外に誰もいない。この場を何とかできるのは、私しかいないんだ。そうだ、私が終わらせるんだ。



「……何故、芹沢さんに憑いたの?」



声が少し震える。駄目だ。震えるな。怯えるな。キッ、と妖を睨む私。土方さん達は訳が分からないようで、私を凝視している。妖は私の問いにククッと喉で笑う。この妖は普段会う下級や中級の妖ではなく、かなり上の上級の妖だろう。



≪この男から身を引いてほしいのか?≫
「確かに、身を引いてほしい。けど、貴方は頼んで聞くような妖じゃない」



この会話を理解したのか、土方さん達は私が話している相手が妖と分かったようだ。背後から「伊織っ!!」と私の名を呼ぶ龍と藤堂さんの声が聞こえた。どうやら、私を追って来てくれたらしい。妖は「ああ」と私の言葉に頷くと、土方さん達を見て「ここは、人がたくさんいるな」と言った。……まさか。



「この人達の生気を吸い取って、弱ったところを食べる気?」



私の考えが合っているのか、妖は楽しそうに、でも妖しく微笑む。そして、ずいっ、と私に顔を近付けたかと思ったら、「お前を食べるのはより一層楽しめそうだ」と言う妖。怯みはしたけど、今度は後ずさらなかった。我ながら頑張ったと思う。すると突然、妖が「面白い」と言い、べろん、と舌で私の頬を舐めた。その生暖かくザラザラとした感触に、私は恐くて、でも目を瞑って腰を抜かさないように頑張る。もしかしたら私はこの場で食べられるかもしれない。でも舐めなくたって……!!



「ちょいとアンタ、私のお気に入りの娘に何してくれてんだい」



ヒノエの声だ。思わず目を開けてヒノエの声のした方を向く。ヒノエはいまだに黒猫の姿で、私の目の前に居る妖を見上げ、毛が逆立つほど相手を威嚇している。そんなヒノエの反応に、妖は愉快そうに私から離れた。斎藤さんの「ヒノエ、妖は橘に何をしたんだ?」という問いに、ヒノエが「頬を舐めた」と正直に言うと、全員が「はあっ!!?」と驚きを隠せずに言った。



≪ほう、お前のような上級の妖が人の、しかも小娘に手をかすのか≫
「おや、愚問だねえ。そんな事を聞いて何になるんだい」
≪……フン、聞いてみたかっただけだ≫



ニヤ、と笑うヒノエとは対象に、妖は少しムッとした表情をした。ふと、妖の気配が増えた気がしてヒノエの背後を見た。ヒノエの背後には何人かの妖が居た。妖の「妖を集めたのか」と言う言葉に、ヒノエが仲間を集めてくれたのだと分かる。



「アンタが強い妖だろうと、私とコイツ等が集まったらさすがに勝てやしない。馬鹿な考えはやめて、とっととその男から離れな」



ヒノエと名も知らない妖達が、芹沢さんに憑いている妖を睨む。ヒノエが集めた妖は、どうやら私に協力してくれるらしい。あんなに大勢の妖を動かしてくれたなんて。ヒノエには感謝しなきゃ。そう思いつつ、目の前の妖へと顔を向ける。



「どうしたら、芹沢さんを解放してくれるの?」
≪……そうだな。小娘、お前が何故妖に好かれるのか分からぬ。だから、お前が死ぬまで共に過ごそう≫



…………えっ……?



≪ただし、お前が死んだらお前の身体を貰う。良いな?≫
「なっ……、何勝手なこと言ってんだい!! そんなの許すわけないだろう!?」
「そうだそうだ!!」
「伊織様になんてことを!!」



勝手な事ばかりを言う妖に、ヒノエと妖達は反論する。私は、何故妖がそういう結論になったのか分からない為、事の成り行きを見守る。



「……どうして? 私と一緒に居ても、良い事なんてひとつも無い。それどころか、事件に巻き込まれるばかりだよ?」
≪だったら、あの人間達はどうなんだ? それを承知でお前と居るのだろう?≫
「それは、そうだけど……」



チラッ、と私は土方さん達を見る。確かに、土方さん達は危険を承知で私と一緒に居てくれている。凄く感謝しているけれど……、この妖に言われた通り、新選組の皆を危険に巻き込むかもしれない。でも、今頃それを言ったとしても、優しい土方さん達は納得しないだろう。



≪ただひとつ、理由がある≫



妖が私の額に鼻をつける。そして、呟くように言った。



(興味が、わいたのだ)


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -