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昨日、土方さん達に羅刹とやらの事を話された。まるで、妖のような人間だ。人間ではない人間を作り出し、狂ったら殺すだなんて、正直私には理解出来なかった。前代未聞で現実味のないこと。けれど、それほど新選組は幕府を守りたいんだな。私も、襲われないようにしなきゃ。



「……強く、なりたいなあ」



皆に守られるだけの女じゃ駄目だ。自分で戦えるようになって、なるべく皆の負担を減らさないと。じゃなきゃ、逆に私が足手まといになる。そう思っていると、「伊織」と私の名を呼びながら、猫姿のヒノエがどこからか現れた。ヒノエは縁側に座っていた私の隣に座ると、私を見上げる。



「さっき、斎藤が一人で稽古してたよ。強くなりたきゃ、斎藤に教えてもらえばいい」



どうやら私の独り言を聞いていたらしい。「斎藤のところに行くなら、私についてきな」と言い、さっさと一人で歩き出してしまうヒノエ。「ま、待ってよ!」と言っても、ヒノエは足を止めない。仕方なく腰を上げ、行ってしまうヒノエを小走りで追いかけた。




 ***




ヒノエを追いかけてついた場所は道場だった。道場の中を見ると、周りには誰もいないのに斎藤さん一人だけが刀で稽古をしていた。確かに大勢いるより一人でいてくれたほうが話しかけやすいけれど……、あんなに集中していると話しかけづらい。どうしよ……。



「……橘、そんなところで何をしている」



どうしようか困っていると、斎藤さんに声をかけられた。まさか私が此処にいることに気づいているとは思わず、驚いて「えっ」と声をあげてしまう。私が驚いている間に、斎藤さんは素振りをしていた手を止め、私へと顔を向ける。



「あ、えっと……、剣術を、教わりたくて……」
「……剣術を?」



私の言葉に、斎藤さんは少し驚いた表情をしながら聞き返してきた。「はい」と控えめに答えると、斎藤さんは眉間に皺を寄せる。視線が私に向いている為、何故か睨まれているように見えてしまう。



「橘が剣術を習うことは無いだろう。戦うのは俺達だ」
「そ、そうではくて……、妖ともし戦うことになったら、それなりの対応をしなければならないので」



それに……、



「それに、守ってもらってばかりでは、自分が情けなく感じるので……」



私の言葉に、斎藤さんは静かに目を閉じた。何か言うかと思ったけれど、斎藤さんは何も言わない。斎藤さんは頑固なところがあると沖田さんが言っていたし、もしかしたらずっと反対されるかもしれない。斎藤さんの言葉を待っていると、意外にも「分かった」と頷いてくれた。てっきり反対されると思っていたのに。私は慌てて元気良く「はい!! 有難う御座います!!」と頭を下げる。斎藤さんは私の返事を聞いて優しく笑みを浮かべてくれた。



「では、まずは木刀か竹刀、どちらかを選べ」



初心者ということで、まずは基本の木刀か竹刀を使うようだ。木刀は重そうだけれど、その分力が出せる。竹刀は威力はあまり無いけれど、軽いし持ちやすい。どっちが良いのか迷う。迷っていると、斎藤さんが「俺個人としては、アンタには竹刀のほうが合っていると思う」と助言をしてくれた。斎藤さんが言うなら、と思い「じゃあ竹刀で」と言うと、斎藤さんは「取ってくる」と言って、どこかに行ってしまった。私の為に竹刀を取りに行ってきてくれているのだろう。



「アンタ、おっちょこちょいそうだけど、本当に剣術なんてできるのかい?」



斎藤さんを待っている間、猫姿のヒノエがそう聞いてきた。「どうだろう……」と正直に答えると、ヒノエは私のことを鼻で笑った。酷い。自信はないけれど、下手でも少しは戦えるようになれれば良いな。



「それで泣き面かいても知らないよ」
「え、慰めてくれないの?」
「誰がするか!! ……ったく、いざとなりゃ私が守るっつーのにさ」



ぷいっ、とそっぽを向いてしまうヒノエ。なんだか可愛くて、思わず笑ってしまった。素直に「ありがとう」とお礼を言うと、ヒノエは「ふ、フンッ」とわざとらしく言い、黒猫でも分かるほどに照れた。
しばらくすると、竹刀を持った斎藤さんが戻ってきた。「準備は良いか?」と聞く斎藤さん。私は斎藤さんに竹刀を受け取りつつ、「はい」と答えた。



「構えるとき、竹刀を持つ手は胸の前にあってはならない。ちょうど腹あたりで構えるんだ」
「はい」



斉藤さんに言われた通り、腹の前で竹刀を構える。



「その際、右手と左手はこうだ。足も少しずらさなければならない」



斉藤さんがお手本として竹刀を構えてくれた。なるほど、手はそうなるのか。でも、足をずらすというのは、素人にとってなんだか体が安定しない。少し動いただけでも倒れてしまいそうだ。



「肘は曲げず、伸ばすことが大切だ。もう一度構えてみろ」
「はい」



もう一度しっかりと竹刀を構える。変じゃないか意識するとギクシャクしてしまい、余計に大丈夫か不安になる。斎藤さんは私の構えを隅から隅まで見て「うむ、問題ないな」と頷いた。よ、良かった。ホッとしたのも束の間、次は防御について教わることになった。なんだか本格的になってきた気がする。斎藤さんの顔も真剣だし、私ももっと集中して頑張らなくては。



「あれ? 先客?」
「あ、橘ちゃん」
「おお? 斎藤もいんじゃねえか」
「二人揃って稽古か?」



構えの状態を維持しながら声のしたほうを見ると、道場の出入り口で藤堂さん、沖田さん、永倉さん、原田さんがそれぞれの武器を持ちながら此方を見ていた。永倉さんと原田さんに至っては何故かニヤニヤしている。永倉さんと原田さんが斎藤さんに詰め寄りながら、楽しそうに「お前等やっぱデキてんのかァ?」「羨ましいじゃねぇか」と、そう言う。私と斎藤さんは本当にそういう間柄では無いから、誤解ということを言わなければ。



「あの、私が斎藤さんにお願いしたんです。剣術を教えてほしいって」
「それなら俺達に言ってくれりゃ良かったのにー」



私の言葉を聞いて、ぶー、と不貞腐れる藤堂さん。その表情は男性ながらも可愛いのだけれど、今は罪悪感が芽生える。



「お子ちゃまだねえ、嫉妬かい?」
「っうわ、猫が喋るって変なの!!」
「うるさいよ」



ヒノエが妖だと知っている藤堂さん達の前である為、ヒノエは堂々と藤堂さんに声をかける。しかし、今のヒノエは黒猫の姿。いきなり喋る猫に、藤堂さんは少し引いている。さて、このまま気にせず斎藤さんの指導を再開させたいわけだけど……、このまま再開したら藤堂さん達に文句を言われそうだ。



「橘ちゃん、僕に言ってくれれば手取り足取り教えてあげたのになァ?」



いつの間にか隣にいて腰に腕をまわす沖田さん。沖田さんへ顔を向けると、意外にも顔がとても近くにあって驚いた。「ひっ!!?」と思わず悲鳴をあげて、私は思わず沖田さんを殴ってしまった。



――ドゴッ!!
「ぶっ!!」
「あっ……!!」



勢い余っての行動であった為、沖田さんを殴ってしまった後、後悔が私を襲う。変な音が道場に響いたせいか、その場に居る全員が唖然としている。沖田さんは殴られた頬を手でおさえ、吃驚している。……しばらく沈黙が続いた。



「ぶっ……、ぶわっはっはっは!!」
「ギャハハハハ!!」
「っ……、伊織……、ぶふっ……おま、凄ぇな。くくっ……」
「……っ……」



あからさまに笑う藤堂さん、永倉さん、原田さん、。斎藤さんは堪えてはいるものの、笑っているのが分かる。ふと、ゆらり、と沖田さんが私を見た。その顔は悪魔のような微笑みをしていた。私はその顔にビクッと青ざめる。



「橘ちゃん……、――お仕置きだね?」



(ひっ……、ひぃぃぃ!! ひ、ヒノエ助けてー!!)


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