第60話


「ただいまー」



用が済んだ私と太公望殿は、用意された自室へと返ってきた。いやー、疲れた。結構歩き回ったもんだな。それにしても太公望殿が居てくれて良かったよ。一人だけで行ったら絶対迷って帰れなくなってた。



「あ、小雪さん!! やっと帰ってきた!!」



何やら焦ったように声をかけられた。「ん?」と振り返ると、そこには久々知が居た。「どうした?」と聞くけれど、「説明は後でします!!」と言われてしまった。そのまま私の手を掴んで走り出す久々知。私は引っ張られながらも太公望殿と顔を合わせる。だが、太公望殿もさっぱり分からないようで首を傾げた。




 ***




いきなり知らない部屋に入り、「小雪さん連れてきました!!」と言う久々知。その部屋には四年生、五年生、六年生、お兄ちゃんと酒呑童子が居た。だが、何やら不自然だ。善法寺が「おかえりさない!!」と言いものの、すぐに「あの二人止めてもらえませんか!!?」と焦った表情でどこかを指さした。その先を視線で追うと、そこには誰かを蹴っているお兄ちゃんとハチの姿。丸まって蹴られている人物は此処からでは見えないが、これは只事ではない。



「ちょ、お兄ちゃん! ハチ! 何してんの!!」
「止めるな、小雪!!」
「これは貴女の為なんです!!」
「はあ?」



何を訳の分からない事を……。人をとことん蹴ることが私の為? それは一体どういう事だ。首を傾げていると、太公望殿に「おい小雪」と声をかけられた。



「あの蹴られている人物、――郭嘉じゃないか?」



……マジで……? 蹴られている人が見えるように、お兄ちゃんとハチの間から蹴られている人を見る。その人物が見えた瞬間、私は固まる。金髪に青いピアス……、間違いない、郭嘉だ。郭嘉は蹴られながらも私の存在に気づき、力なく笑みを浮かべた。



「や、やあ、小雪殿。無様なところを見られてしまったようだね」
「蹴られてもなお笑っていられる事は素直に受け止めてあげても良いよ」
「ふふ、嬉しいな。もしかして私の事が好きになった、とか……?」
「お兄ちゃん、ハチ、もっとやっちゃって」
「うわぁああ!! ちょ、ちょっと待って!! だいぶ痛いんだよ!!?」



私はなんてタイミングで帰ってきてしまったんだ。もっと遅く帰ってくれば良かった。「めんどくせ」と言うと、「まるで司馬昭だな」と太公望殿に言われた。うるせいやい、面倒くさいものは面倒くさいんだ。



「ねえねえ、貴女が噂の氷室小雪?」



後ろからロリの声が聞こえた。今生きている三國武将の中で高い声の女の子といえば、小喬しかいない。声のした方を向くと、そこには予想通り、小喬が居た。小喬の隣には周瑜様が立っている。周瑜様は私と目が合うと、軽く頭を下げた。私は中国の歴史に習い、胸の前で拳を作り、もう片方の手でその拳を包み込み、頭を軽く下げる。



「呉の軍師・周瑜殿とその妻・小喬殿とお見受け致します。いかにも、私の名は氷室小雪。お見知りおきを」



上手く言えたかどうかは分からないけど、言い切った。すると、小喬が「えー」と不満そうな声を出した。え、嘘、なんか間違ったかな。焦りながらも顔を上げて小喬を見ると「なんかお堅ーい」と口を尖らせて言った。



「いつも通りで良いのに」
「小喬の言う通りだ。今は身分の事なくても良いのだぞ」
「い、いえ、その、」
「むう……、友達になれると思ったのになー……」



悲しそうに、頬を膨らませて視線を下に向けながら言う小喬。今、「友達」とおっしゃいました? おっしゃいましたよね? ……そういうことなら、



「小喬殿がそうおっしゃるのならこんな凡愚な私ですが友達になっても良いですよ寧ろお願いします」



私の言葉に「変わり身が早い奴だな」と言う太公望殿の声が聞こえ、すかさず「自分の心に素直だと言って」と釘を打つ。けれど、太公望殿は容赦なく私の頭を軽く叩いた。何かとあれば叩く男だな、モテねぇぞ。



「ところで、此処に郭嘉様が居るって聞いたんだけど」
「ああ、あそこに居るぞ」



そう言って、太公望殿がお兄ちゃんとハチに蹴られている郭嘉を指さす。其方へ目を向けた瞬間、小喬は固まり、周瑜様は目を背けた。うん、だよね。



「小雪さん、先程、そのお二方のことを周瑜殿と小喬殿とおっしゃっていましたが、本当ですか?」



立花の言葉に「うん、本当」と頷くと、立花は目を丸くして小喬と周瑜様を凝視する。それは、他の皆も同じらしい。でもムリもない。普通に過ごしていたら絶対会えない英雄達が、今この場に居るのだから。あ、サインとかもらっといた方が良いかな。でも色紙無いしなあ……。



「他の者達は来ているのか?」
「うん!! 素戔嗚様と一緒に、かぐやの所に居るよ」
「そうか」



短く返事をした太公望殿が、「瓶を出せ」と言いながら私を手を差し出してきた。この野郎、もっと言い方ってもんがあるだろ。心の中で文句を言いつつ、懐から出した空の瓶を太公望殿の手の上に置く。



「これが妖水の入っていた瓶だ。先程小雪と共に零してきた。これで私達仙人が人間になる事態は防げるだろう」
「居ないと思ったら、そんなことしてたんですか」
「”善は急げ”と言うだろう。先手を打ってしまえば、後は遠呂智を倒すのみだ」



太公望殿と滝の会話を聞き、「僕も行きたかったなあ」「うん、そうだよねぇ」と会話をする綾ちゃんとタカ丸に少しキュンとする。何はともあれ、今現在で言えば私達の方が有利ってわけだ。「このまま行けば勝てるぞ」と言いながらニヤリと笑う太公望殿につられ、私も笑みを浮かべる。周りを見れば、他の皆も安心したように笑っていた。士気は高め、かな。



「おい小雪!! この男殺しても良いよな!? な!?」
「え!? お兄ちゃん何言ってんの!! 駄目に決まってんじゃん!!」
「止めないであげてください!! それと俺にも許可を!! この男、小雪さんとあんな事やそんな事をしたって言ったんですよ!!?」
「いや、それは明らかに事実じゃないし」



「だから落ち着いて」と言うと、何故かハチがうるっと涙に目を溜めた。え、ちょ、待って。なんで、なんでなんでなんで。



「小雪さんの馬鹿!! 小雪さんなんて浮気でもなんでもすれば良いんですよ!!! うわぁぁああん!!!」



ハチはそう言い、男泣きしながらも走って行ってしまった。……え、ちょっと待って。なんで私泣かせちゃったの。唖然とする私に、不破が苦笑しながらも口を開く。



「ハチってば、小雪さんがあまりにも落ち着きすぎてるから逆にショックを受けちゃったんですよ」



ショック?



「自分が相当焦ってるのに、相手は相当落ち着いてますからね。あまりの温度差に傷ついたんでしょう」
「あー…、追いかけた方が良い?」



私がそう聞くと、皆が一斉に頷く。それがあまりにもタイミングが良くて、思わず苦笑してしまった。さて、ハチを慰めに行かねば。私はハチの走って行った方へ、全速力で駆け出した。全く、手のかかる恋人だこと。

 
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