第46話


目を開けると、そこは無限の草原が広がって――…、はいなかった。無限の草原が広がっていたほうが、何倍良かったことか。気がつけば、郭嘉の顔が目の前に。



「……退けよ、変態」
「はは、手厳しいな。この前のような混乱した表情が見たかったのに」



「やれやれ」といった表情で私の目の前から退く郭嘉。何が「はは、手厳しいな」だよ。私は眉間に皺を寄せつつ、寝ていた体を起こす。場所を確認する為、辺りを見渡す。……誰かの部屋の中、だろうか。私はベッドの上で寝かされていた。



「此処は私の部屋だよ」
「郭嘉の部屋……?」
「そう、拠点としている屋敷の部屋。といっても、仙人の力を借りてるんだけどね」



その言葉に、私の思考回路が停止する。…………おい、ちょっと待て。この男、なんて言った?「仙人の力を借りてる」だと?少し唖然としながら、「誰の力?」と聞く。けれど、微笑みながら「ふふ、知りたい?」と勿体ぶる郭嘉。思わず冷めた目をすると、郭嘉は慌てて「ちゃ、ちゃんと教えるよ」と苦笑した。



「――…その力を借りている人物とは、素戔嗚殿、だよ」



またもや、思考回路が停止した。なんとなく頭の隅で分かっていたのかもしれない。何故か「なるほど」と少しでも思ってしまった。いや、でも……、



「あ……? ちょ、待っ、有り得ねぇだろ……」



頭が混乱してきた。かぐやが忍たま世界へ降りてこられたのは、力が残っている仙人達に協力してもらったから。それはすなわち、仙界にはもう、仙人の力を持っている人達は居ないということ。



「――…遠呂智が妖水で仙人達を人間に変えた時、一人だけその場にいなかった者がいる」



その言葉に、ハッ、とする。顔を上げて郭嘉の顔を見る。つまり、郭嘉の言う「一人だけその場にいなかった者」というのが「素戔嗚」のこと、ということだ。それを聞くと、郭嘉が仙人の力を使って私の目の前に現れたことに理解ができる。



「でも……、素戔嗚は何でそのとき仙界に居なかったの?」
「人間界に居たんだ。忍たまの世界に、ね」



は? 忍たまの世界?



「遠呂智が何かを企んでいる事を知った素戔嗚殿は、先手を打つ為にどこでも良いから人間界へ降りたんだ。朱色の古びた巻物を持って」
「あ……、そういえば学園長が言ってた。”朱色の古びた巻物が空から降ってきた”って」
「それは、素戔嗚殿の仕業だろうね」



郭嘉の言葉に、懐にしまってあった朱色の巻物を取り出し、「これがその朱色の巻物」と言いながら郭嘉に見せる。「ふむ」と言って私の手元から巻物を取り、まじまじと見る郭嘉。



「見た目はいたって普通のようだね」
「内容はとてつもなく危険なものだけどな」



私がそう言うと、郭嘉は顎に手をあて何やら考える素振りを見せる。そして、どこからかマッチの箱を取り出した。何故マッチの箱もってんの。三國時代に無いだろ。……ああ、仙人の力か。何でも有り、それが仙人クオリティー。郭嘉はマッチ棒を取り出し、マッチの箱へ擦る。摩擦により火がついたマッチ棒。そのマッチ棒についた火を、巻物へと点火した。



「あれ? 此処で燃やしても現実で反映すんの?」
「物だけだけどね。その証拠に、以前会った時に体だけには何も変化は無かっただろう?」
「あー…、うん、確かに」



巻物が完全に燃え尽きた。燃えカスさえも残っていない。ふと、自分の足がどんどん透けていくのに気づいた。時間が来たというわけか。



「次、会える時を楽しみに待っているよ」
「その時は、女好きを直してくること」



呆れながら言う私。しかし、郭嘉は笑うだけ。すると、「あ」と何かを思い出したように声を出し、続けて「そういえば、恋人ができたようだね?」と聞いてきた。なんつー情報網。私は「まあね」と短く返す。



「残念だなあ。小雪殿には、私しか見えなくさせてあげようと思ったのに」
「ははっ、無駄無駄!! 私は郭嘉みたいなの好みじゃないから」
「ふふ、酷い言われ様だ」



郭嘉は私のことなんて本気にはしていないだろう。目の前で楽しそうに笑う郭嘉が、その証拠だ。どうやら、彼は”今を楽しめている”らしい。たくさんの人達が亡くなったというのに、なんて男だ。……いや……、”だからこそ”なのかもしれない。首を傾げ、余裕たっぷりの笑みで「どう? その男から私に乗り換える気はないかな?」と聞いてくる郭嘉。答えなんて分かってるくせに。私は薄れゆく姿でありつつも、口角を上げて目を閉じる。



「無駄だよ。――…私がベタ惚れなんだから」



いつもは余裕見せようと頑張ってるけどね。

 
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