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「――…天道秋奈と申します」



土井先生の隣で正座をし、頭を下げる。目の前には、毒藻津照門と、縄で縛られている学園長先生。毒藻津照門は、頭を下げた私に「頭を上げよ」と言う。その言葉に従い、私は頭を上げる。



「ほう……、なかなか愛らしい娘じゃないか」
「ありがたき、幸せ」



幸せなものか。誰が好き好んでお前なんかの妻に……。
心の中で文句を言っていると、毒藻が学園長先生を差し出してきた。当然、動揺する私と土井先生。毒藻は学園長先生に背中を押し「行け」と命令する。戸惑っている学園長先生だったが、大人しく私達の元へと戻ってきてくれた。土井先生が喜びのあまり「学園長先生、よくご無事でっ……」と少し笑みを浮かべる。



「さあ、次は秋奈だ。近う寄れ」
「っ……」



周りにはたくさんの家臣。きっと、天井の裏や畳の下には忍も何人か潜んでいるはず。なら、今反攻しても、きっと私達は殺されてしまう。そう考えていると「どうした? 早う来い」と急かされる。「っ……はい」と渋々返事をし、立ち上がる。



「はっはっはっ!! 素直で愛い奴だな」



毒藻に近寄る。すると、腰に手を巻かれ、抱き寄せられた。毒藻は30代前半で顔はそれなりに良い。でも、性格が最悪な為、虫唾が走る。



「秋奈は俺のものだ。お前等は帰って良いぞ」



毒藻の言葉に、土井先生と学園長先生は苦い表情をする。だが、後ろにいる家臣たちに「早く帰れ!!」と言われ、渋々立ち上がった。立ち上がる際に、土井先生と目が合う。「大丈夫」と、そう口パクで言った。安心させる為に言ったのだが、どうやら逆効果だったらしい。私の言葉に、土井先生は今にも泣きそうな顔をした。



「……行きましょう、学園長先生」
「……うむ……」



背を向けて行ってしまった二人。残ったのは私と毒藻、その他家臣達。「秋奈、欲しい物はあるか? お前の為ならなんだって買ってやろう」と毒藻に言われ、「いえ、何も……」と小さく言う。何も、無い……。貴方に望むものなんて、ひとつも無い。でも、消えてほしい。




 ***




秋奈が行ってしまった。私は驚いて、どうすればいいのか分からなくて、ただ突っ立っていた。何か行動を起こせば良かった。そうすれば、秋奈が行ってしまうことなんてなかっただろうに。



「――…小平太、」



きり丸の泣き声が響く中、仙蔵が話しかけてきた。私は返事なんてできずに俯く。「大丈夫か?」と滅多に人のことを心配しない仙蔵。それなのに、今は私のことを心配している。そんなに……、そんなに、今の私はおかしいんだろうか。……分からない……。いつもの私は、一体どんなだった……?



「……本気で、好きなんだ……」



口から出た声は、自分でも驚く程にか細く、情けなく、弱々しいもの。違うだろう。いつもの私はこんなんじゃなかったはずだ。



「振り向いてほしくて、構ってほしくて……、」
「……ああ、分かっている」
「アイツが可愛く見えて仕方無くて……、」
「……ああ」
「なのに、どうしてっ……、なんで秋奈が居なくなるって時に、体が動かなかったんだよ……!!」
「…………」



涙が溢れ出て止まらない。くしゃ、と自分の前髪を掴む。



「……何をすれば良いのか、分からなかったんだろう?」
「……ああ」
「いざとなると体が動かなくなって、混乱したんだろう?」
「……ああ」



わしゃわしゃ、と仙蔵に乱暴に頭を撫でられる。いつもなら「馬鹿馬鹿しい」と鼻で笑いそうな仙蔵。何故こんなに優しいのか、私にはなんとなく分かる。それは、きっと、秋奈絡みだからだ。



「……仙蔵は、秋奈のこと好きなのか……?」
「はあ? 馬鹿かお前は」



何故か溜息をつかれてしまった。思わず首を傾げる。私の様子を見た仙蔵は、「確かに私はアイツに心を開いているが、好きになる程じゃない」と言った。そして、「それにアイツは、お前のこと……」と続けるものの、「いや、何でも無い」と切られてしまう。何を言いかけたのか、よく分からなかった。でも仙蔵のことだ。問い詰めても話してはくれないだろう。



「……アイツを取られて、悔いはあるか?」



静かに聞かれ、私は「もちろんだ」と頷く。私の返事に、仙蔵は満足そうに微笑んだ。



「ならば、作戦をたてて行くぞ」
「え……? 何処に……?」
「決まっているだろう?」



――…秋奈の元だ。




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