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いきなりのことだった。
事務室に書類を届け、食堂のおばちゃんの手伝いをしようと食堂に向かった。そんな中、琴音さんと出会った。ビッチと知って以来、なんだか関わりづらかった。琴音さんに「相談したいことがあるから、私の部屋に行かない?」と誘われた。暴力されるのではないか、とビクビクしつつも頷いた。
「……あ、あの……、琴音さん……?」
琴音さんの行動は、私の斜め上を行った。驚くべきことに、私は今、琴音さんに押し倒されているのだ。私の手は、どこから出したのか分からないが、縄で拘束されている。
ど、どうしよう。何この状況アリエナイ。あなたの狙いは土井先生じゃないの?あ、もしかして、私ってばこのまま監禁される……?
「私ね、土井先生のことが好き。大好き。愛してる」
突然、琴音さんがそんなことを言った。目を少し伏せ、口角は上がっている。その姿は綺麗なものだったが、少し狂気も感じた。
「でも、土井先生は振り向いてくれない」
うん、あなたが土井先生のこと好きなのは知ってます。土井先生があなたに眼中に無いことも知ってます。でも、どうか!!この縄を解いて、私の上から退いてくれないでしょうか……!!
「そこで、考えたの。土井先生に溺愛されてる秋奈ちゃんに気に入られれば、土井先生も振り向いてくれるんじゃないか、って」
そう言って、琴音さんは着物越しに私の太ももを撫でる。何これエロい。ま、待って……!! 私そんなの望んでない……!!
「大丈夫。優しくしてあげるから」
「っ……や、やめっ……!!」
琴音さんの手が、着物の中へと侵入してくる。そして、私のすね辺りを撫でる。次第に、琴音さんの手は太ももへときていた。短パンを履いているとはいえ、短パンを脱がされたらマズい。嫌っ……!! 私は混乱しながらも、肘で琴音さんの頭を殴る。私の攻撃を食らった琴音さんが「ぐっ……!?」と私の上から退いた。その隙に、私は琴音さんから抜け出し、肘と足を使って立ち上がる。
「ま、待ちなさいっ……!!」
そんな琴音さんの声をBGMに、私は琴音さんの部屋から走って逃げだした。髪の毛も、着物も、ぐちゃぐちゃになってしまった。恐怖心からか、目に涙が溜まる。着物の袖で涙を拭き、我慢するように胸元の着物をぎゅっと掴む。着物は走りづらい。時々転びそうになる。後ろから琴音さんが追いかけてくる。コレどういう状況だよ……!!
「私から逃げられると思ってるの?」
その言葉が聞こえ、後ろを振り向く。そこには、余裕たっぷりの笑みを浮かべた琴音さんがいた。さり気なく距離が縮んでいるなんて、そんな馬鹿な。私は速度をあげる為、再び前を向いて走る。角を何度も何度も曲がる。そのおかげか、次第に琴音さんとの距離は空いて行った。
「っ……!!」
もう一度角を曲がる。そして、角を曲がってすぐの部屋の障子を足で開ける。スパァンッ、と私は中を確認せずに部屋に入り、足で障子を閉める。はしたないのだけれど、手を使えない今は仕方ない。「…………」と息を殺し、耳をすませる。廊下からはバタバタという足の音が遠ざかって行くのが聞こえた。完全に足音が消えたのを確認し、ホッとし、その場に力無く座る。
「えっと、秋奈ちゃん……?」
後ろから名前を呼ばれ、驚きつつも振り返る。そこには、困惑した表情の善法寺が居た。いや、善法寺だけではない。鉢屋と不破もいる。何故か鉢屋は怪我をしているけれど。善法寺、薬の匂い、怪我人。この3つキーワードで、ここが医務室だということが分かった。その認識と同時に、安心感がドッと来た。
「秋奈ちゃん、大丈夫? 随分慌ててたみたいだけど……」
「それに、追いかけられてたみたいだし……」
心配そうに私を見る善法寺と不破。二人の言葉に、私は「あー…」とどう説明しようか迷った。ふと、鉢屋の目線が私の足に行っていることに気づいた。つられて私も自分の足に目を向ける。……おおっふ……。はだけた着物により、私の足が完全に見えてしまっていた。しかし、短パンを履いている為、下着は見えていない。セーフだセーフ。つか、どこ見てんだアイツ。
「いやはは、お粗末なもの見せて御免遊ばせ」
「おほほほ」と笑いながら、手ではだけた着物を直す。拘束されているせいで、上手くはできなかったけれど。「あ、なに直してんだよー」「うるさい変態」と鉢屋と会話をする。
「え、ちょ、ちょ、その手首の縄なに!!?」
「なんで拘束されてるの!!?」
私の手を拘束している縄に気づいたのか、「ひえええ」と青ざめる善法寺と不破。そんな二人に、私は苦笑する。
「――…襲われかけた……」
「「「え」」」