36


――…この世界に来て、一ヶ月が経った。
日々学園の仕事をし、日々誰かと交流をし、日々自己流で銃を学び、日々平凡に平和に過ごしてきた。が、この日は少し違った。



〜♪〜♪



ずっと鳴らなかった携帯。なのに、私の袖の中から音がする。私は庭で葉っぱを集めるほうきを持った手を止め、携帯を取り出す。待ち受け画面を見ると、「お兄ちゃん」と書かれた文字が目に入った。……お兄ちゃんから、電話が来たのだ。「……どう、しよ……」と呟く。このまま放置をしていれば、きっとお兄ちゃんは諦めて切ってしまう。でも、電話に出て何を言えば良いんだろう。……落ち着け。大丈夫、きっと大丈夫。お兄ちゃんなら、私の言ったことを信じてくれるはず。



「もしもし、お兄ちゃん……?」
≪秋奈!!? お前、今どこに居るんだよ!!?≫
「おに、ちゃっ……」



お兄ちゃんの焦った声。私はその声に、何故か涙を流してしまった。ああ、周りに誰もいなくて良かった。



≪連絡もせずに、一日どこに行ってんだ!!?≫



時が止まった気がした。おかげで涙も引っ込んだ。お兄ちゃんの言っていることはおかしい。”一日どこに行ってんだ”?私がこの世界に来て、もう一ヶ月が経つ。……時間の支障……? 元の世界では一日経ったのが、この世界では一ヶ月。



≪……秋奈……?≫



私から返事が返ってこないを疑問に思ったのか、お兄ちゃんが私の名前を呼ぶ。大丈夫。だから、そんな不安そうな声を出さないで。



「――…お兄ちゃん、私は今、別世界にいる」



そう言うと、向こうから「は?」という声が聞こえた。そりゃそうだ、混乱するわな。「どういうこと?」と困惑した声で聞いてくるお兄ちゃんに、「そのままの意味」と答える。そして、「忍たまの世界にいるんだ。こっちの世界に来て、一ヶ月が経つ」と付け加える。



≪ちょ、待って……! 話が掴めない……!!≫
「うん、今はそうだと思う。私はまだ、そっちに戻れそうにないけど、私のことは心配しないで。元気にやってるから」



しまった。言いたいことを一気に言いすぎた。お兄ちゃん大丈夫かな。



≪……お前は、無事なんだな? 元気なんだな?≫
「うん。この事、お母さんとお父さんにも言っといて。送れたら、写真とか動画とか送る」
≪……そっか≫



そこで、会話が途絶えてしまった。このまま切ってしまうのは名残惜しい。でも、自分の安否と状況は伝えられた。もしもの時の為に、「なにかあったら電話とかメールとかして」と一応言っておく。お兄ちゃんは「分かった」と承諾する。



≪無理すんなよ≫
「言われなくても。……またね、お兄ちゃん」
≪……ん、またな≫



会話を終わらせ、電話を切る。画面を見ると、圏外ではなくなっていた。ちゃんと電波の棒が立っている。期間限定の圏外だったのだろうか。……先程のお兄ちゃんとの会話を思い出し、涙が出てきてしまった。このままではマズイ。土井先生に会いに行こう。




 ***




土井先生と山田先生の部屋に行くと、土井先生だけが居た。土井先生は胡座をかいて本を読んでいる様子だったが、私の訪問と私の涙に驚いた表情を顔に出す。



「秋奈、どうしたんだ!?」
「ど、い……せんせぇっ……!!」



私は思いっきり土井先生に抱きついた。土井先生は更に驚きながらも、しっかり受け止めてくれた。



「おに、ちゃん、からっ……電話、きて……!」
「電話って、遠くの人と会話できるやつだろう? 今までできなかったはずじゃ……?」
「な、んか、分かんない、けど……、電話、できるように、なってたっ……」
「……それで、安心して涙が出てきちゃったわけだな?」
「っう、ん……」



涙が溢れ出て止まらない。土井先生は苦笑しながら、私の涙を親指の腹で拭く。でも、それだけじゃ拭き切れなかった。「ほら、此処に座りなさい」とそう言って、胡座をかいている自分の太ももをポンポンと叩く土井先生。私は出てくる鼻水をズズッとすする。そして、土井先生の膝に座り、土井先生の胸元へと頭を預ける。頭を撫でてくれる土井先生。なんだか心地良い。



「……寝ても良い……?」
「ああ」



泣き疲れて眠くなってきた。土井先生に聞くと、優しく了承してくれた。――…この後、数分もしないうちに私は眠った。




×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -