仁王が風邪を引いた翌日。
仁王の熱はいまだに平熱まで下がってはいない。今日も安静にする為、自室で休んでいる。看病は夏菜がしてくれている為、何の問題も無いだろうが、柳生君は仁王がいないのが落ち着かないのかそわそわしていた。そのことについて幸村君が軽く叱ったものの、本調子ではないらしい。
「そんな動きでは先を読まれてしまうぞー! ほれっ!」
竜崎スミレ先生の言葉に、彼女の打った球を受けている宍戸君は「はいっ!」と返事をする。容赦なく何度も球を打つ竜崎先生の動きについていくのは大変だろう。私なら5球もしないうちに弱音を吐いてやめるかもしれない。
対して私は、籠いっぱいに入った球を、打ちやすいように竜崎先生の前にポイッと軽く投げるだけ。楽に見えるだろうけど、連続で投げなければいけない為、結構腕が疲れる。
「ほっ!」
「ラストー」と言いながら籠に入った最後のボールを投げて、竜崎先生が打ち、汗だくの宍戸君が球を打ち返す。打ち終えた宍戸君は、その場に大の字で寝転がり、息を整え始める。あ、それ良いな、私もやりたい。そんなことを思いながら、痛む腕を軽く揉みほぐす。
「御剣、河村と交代じゃ」
「え、」
「休憩しておれ」
もしかして、腕が痛いから気を使ってくれた?
竜崎先生の言葉に「あ、はい」と返事をし、近くにいる河村君に視線を向けると、彼は「休んでて」と言ってくれた。「ありがとう」とお礼を言うと、「どういたしまして」と笑った。はー、良い笑顔するね。
お言葉に甘えて、近くの木の陰に入って座る。運動していない私でも疲れるのに、みんなは凄いな……。
「そういえば、合宿って後何日だっけ……」
合宿でのことを思い出しながら、指を折りながら数えてみる。えっとー…、……あ、今日で5日目か。今日を含めて後3日。長かったような、短かったような1週間。まさか自分が、こんな大勢の他校の人達と1週間過ごすなんて思わなかった。
……この合宿が終わったら、ファンの目があるから、仁王達とはあまり喋らなくなるんだろうなあ……。
「隣、良いかい?」
体育座りで頬杖をついた瞬間、上から綺麗な声が聞こえてきた。見上げると、目が合った幸村君が綺麗に笑みを浮かべる。「どうぞ」と言うと、幸村君は私の隣に胡坐で座った。女顔だからなのか、胡坐で座るのはちょっと意外だった。ま、男だし、胡坐で座るのも普通か。
「どうしたの? 練習は?」
「うん、時間ができたから、御剣さんと話したいことがあって」
話したいこと? 幸村君のことだし、夏菜についてなのかな。
「なに?」と聞くと、「城阪さんのことなんだけど」と返ってきた。やっぱりそうなのか。
「俺ね、フラれちゃったみたいなんだよね」
幸村君の言葉に、幸村君に顔を向ける。顔は笑っているけど、無理をしているようで痛々しく見えてしまう。
今までの幸村君は、なんというか、自分の気持ちに素直だった。夏菜のことならなんでもしてあげたいって思ってそうで、夏菜の好きなことを選んできたように思える。
「知ってる? 城阪さんの好きな人」
「……うん」
「俺じゃないんだよね」
「……うん」
「だよねえ」と、幸村君は苦笑する。
かける言葉が見当たらない。フォローをしたいけど、なんとかして幸村君の心が少しでも和らぐようにしたいけど、何も言えない。私もフラれた経験はあるから、辛い気持ちは痛いほど分かる。あの時の私は、どうやって立ち直ったんだったかな……。
「いっそのこと御剣さんに乗り換えようかな?」
まったく、何を言っているんだか。
「そんなこと、本当は思ってないくせに」
夏菜のこと本気だったんだから、そう容易く気持ちを切り替えれるわけないのに。
私の言葉に、幸村君は「バレたか」と笑った。……幸村君って、辛いときに笑っちゃうタイプ? それとも頑張って誤魔化してる?
「さーて、練習に戻らないと」
そう言いながら立ち上がる幸村君。お尻についた葉っぱを払い、歩く為に足を動かそうとする。慌てて、幸村君の手首を掴んだ。私の行動に、幸村君は驚いて私を見下ろした。
私も立ち上がって、幸村君の目を真っ直ぐに見据える。
「泣きたいときだったら、胸貸すよ」
やめてよ、泣いちゃう。
私の言葉に弱々しく返事をした幸村君は、確かに今にでも泣きそうな表情で笑った。
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