Act.38

誤解?のようなものが解けて以来、跡部君はよく話しかけてくれるようになった。水分補給はしたか、熱中症には気を付けろ、等々。かけてくれる言葉はどれも私に気を遣ってくれる言葉ばかり。心配してくれるのはありがたいけど、運動している跡部君のほうが心配だ。彼は、俺様はそんなヘマしねえ、とは言うけどね。



「30分間走始めるよー!」



マイクを握りながら言う滝君の言葉に、試合を終えて休憩をしていた選手達がぞろぞろとグラウンドに集まる。私はといえば、タイマーを運び、スタートから30分後に音が鳴るようにセットする。「セット出来たよー」と滝君に声をかけると、「オッケー」と返事が返ってきた。
全員がグラウンドのスタートラインに集まったのを見計らい、滝君の「よーい、スタート!」と言う言葉と共に、タイマーのスタートボタンを押す。よし、ちゃんと動いてる。



「あれ?」
「ん? どうした?」



滝君の隣に移動すると、滝君がどこかを見て首を傾げた。



「なんか仁王の様子おかしくない?」



仁王?
滝君の視線を辿り、仁王が居る方へと顔を向ける。猫背でだるそうに走っている姿はいつものことだから違和感はないけど……。ん? あれ?



「フラフラしてる?」
「やっぱりそう思う?」



私の言葉に、滝君は私を見ながらそう言った。滝君と同意見ということは、フラフラしていることに間違いないのだろう。とはいえ、あのフラフラが疲れからなのか、はたまた別の理由なのかが分からない。
「とりあえず様子見ようか」と言う滝君に、「だね」と頷く。

しかし、10分もしない内に、仁王の足取りが極端に重くなっていることに気づいた。近くを走っていた白石君に心配され、声をかけられているが、仁王は返事をしない。



「御剣、仁王のこと頼めるか?」



竜崎先生に言われ、「はい」と返事をして仁王が居るほうへと駆け寄る。私が駆け寄っても走るのを止めない仁王に合わせ、私も彼と平行しながら走る。白石君は私の存在に気づくと、「御剣さん」と困惑した表情を浮かべた。彼もどうしたら良いのか分からないのだろう。



「仁王、意識しっかりしてる? 1回止まろ」
「……ん」
「”ん”、じゃなくて。止まれる?」



腕を掴みながら言うと、仁王は走るスピードを緩め、徐々に歩き始めた。俯いていて顔がよく見えないが、髪の毛の隙間から見える顔は赤い。それに、服越しに腕を掴んでいるが、体温が高いのがよく伝わってくる。



「白石君、ありがとう。続けて」



私の言葉に、白石君はいまだに心配そうな表情を浮かべつつも「頼むな」と言い、走り去って行った。その背中を見届け、走っている選手達の邪魔にならないように、仁王と一緒にグラウンドの中の方へと避ける。
ポケットにしまっておいた体温計を取り出し、スイッチを入れて仁王に手渡す。受け取った仁王は、僅かに震える手で体温計を脇の下に入れた。



「体おかしかったの、いつから?」



体温計が鳴る間は暇なので、念の為聞いてみる。すると、小さく「朝」と返事が返ってきた。
朝? え、だって、もう午後だよ? 朝から6時間以上は経ってるよ? こんな状態でずっと運動してたってこと?
朝の時に熱を測ったか聞いてみると、その時は測らなかったらしい。朝だからだるいだけなのかと思っていたようだ。だが、ずっとそのだるさが続くのに加え、体も重くなり、フラフラするようになったとか。



「柳生とは朝から別メニューじゃったきに、ずっと、その……」
「ずっとペテンで誤魔化してたってか!? それは言うべきだろ! いや気づかなかった私も駄目だけどさァ!」



思わず怒鳴ってしまった。
私の言葉にしゅんとする仁王は、いつもの飄々とした仁王ではない。いかんいかん、相手は病人だ。もっと優しくしないと。それに大声を出してしまったからなのか、周りからの視線が突き刺さって痛い。
ちょうど体温計が鳴った為、仁王から体温計を受け取って何度か見る。38.5……。



「夏菜達が居る部屋まで歩ける?」
「……ん」



ゆっくり歩き出す仁王に合わせ、私も歩き出す。歩きながらポケットにしまっていたスマホを取り出し、夏菜へと電話をかけた。



 ***



夏菜達が作業している部屋へと訪れると、あらかじめ電話をした為、夏菜がすぐにスポーツドリンクと冷えピタを持ってきてくれた。仁王はスポーツドリンクを受け取ると、近くの椅子に座りながら飲み始める。仁王が落ち着いたのを確認し、夏菜が仁王の額に冷えピタを貼ってあげると、急に冷えたものを貼られたからなのか、仁王の体がビクッと反応した。



「他に欲しいものある?」
「いや、大丈夫。ありがとう」



夏菜の言葉に返事をすると、彼女は「じゃあ、お大事に」と言い、再び自分の仕事へと戻って行った。
仁王を見ると、まだ顔は赤いものの気持ち良さそうに涼んでいる。この部屋はクーラーが効いているし、ここで休ませておけば回復するだろう。



「仁王、私戻るわ」



ゆっくり休んでなー、と言おうと思ったが、仁王が隣の椅子をぽんぽんと軽く叩いた。その意図が分からず、「ん?」と聞くと、もう一度椅子を軽く叩く。……座れってこと? 私が戸惑っていることに気づいているだろうが、仁王は私の目をじっと見て逸らさない。
……分かったよ。結局私が折れて、しばらく休憩することを竜崎先生に電話した。



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