Act.23

翌日
朝風呂派な私は、夏菜より早く起きて、部屋に付いているお風呂に入った。髪の毛を乾かして夏菜を起こし、化粧をして、夏菜も私も準備完了、ということで部屋を出て食堂に向かう。早起きな人は本当に早く、既に朝食を食べ終わった人もいた。寝ぼけている夏菜と一緒に用意された朝食を食べて、8時半から午前の練習が開始された。



「ほれほれっ! もっと気張らんか!」



ほとんどの人達が寝ぼけている中、竜崎先生は皆をちゃんと起こす為に声を出す。いきなり大声を出されて、皆は勿論、近くにいる私もビクッとしてしまった。同じ仕事仲間の滝君が「ぶふっ」と笑ったのだけれど、朝から声は出したくない為にスルーする。



「せんぱーい、怪我したッスー」



そう言いながらこちらに来るのは、眠そうな切原君。膝からは少し血を流している為、寝ぼけてどこかで転んでしまったのかもしれない。少し呆れながら救急箱から必要な治療道具を出す。「痛いけど我慢してねー」と言って切原君の前でしゃがみ、膝から流れている血や膝についてしまった砂を濡れたティッシュで拭き取る。



「……なんか良いッスね、女の人に手当てしてもらうのって」
「はいはい」



上から聞こえる切原君の言葉を受け流し、傷口に消毒液を付ける。その瞬間、「いだっ!!?」と切原君が悲鳴をあげるが、それをも「はいはい」と受け流し、傷口に合った大きさの絆創膏を貼る。道具を救急箱に戻し、立ち上がって「出来たよ」と言う。



「ありがとーございまーす!」



ニッと笑みを浮かべてそう言い、切原君は元気良く走って行ってしまった。怪我した膝は痛まないのだろうか、と心配になるものの、あの元気さに少しだけ目が覚めた。さて、私も頑張らなきゃなあ。



「滝君、素振り終わったら30分間走だっけ?」
「うん。俺達は10分おきに残り時間を言うだけで楽だね」
「イケボで言ってね」
「じゃあ御剣さんは可愛く言ってね」



なんだと。「それは難易度高いよ」と言うと、「じゃあミッ○ーで」とまたもや難易度の高いお願いをされてしまった。楽しそうに笑みを浮かべる滝君はかっこ良くて美しいんだけど、滝君絶対楽しんでるでしょ。私分かってるんだからね。



「あ、素振り終わったみたい。行こっか」



そう言い、滝君がグランドに向かって歩き出す。私も欠伸が出るのを噛み殺し、滝君の後を追う。前を歩く滝君が、素振りが終わった選手達に「何も持たずにグラウンドに集合ー!」と声をかける。それにより、ラケットを置いた選手達がぞろぞろとグラウンドに向かって小走りで集合していく。



「御剣さん、タイマーのセット頼むよ」
「あいよー」



私に顔を向けて言う滝君に返事をし、大きいデジタル式タイマーが置かれている方へと向かう。それにしても、このグラウンドはやたらと大きい。普通のグラウンドの二倍三倍くらいはあるんじゃないかな。皆バテて倒れないと良いけど……。今日日差し暑いしなあ、と皆のことを心配しつつも、30分経過したら鳴るようにタイマーをセットする。



「じゃあ全員30分間グラウンド走ってね」



タイマーのセットが終わると、滝君がそう言うのが聞こえた。説明が若干雑だけれど、それでも伝わったようで「えー」と不満を漏らす全員。でも、「ほらほら全員走る準備して」と言う滝君の言葉に、全員渋々ではあるものの、グラウンドのトラックへと向かう。全員がトラックに辿り着いたところで、滝君がどこからかマイクを取り出した。



「何故マイク」
「このグラウンドやたら広いから、声届かないだろう、って跡部が」
「なるほど」



時間経過を伝える為のマイクか。納得していると、滝君がマイクのスイッチを入れて「よーい、」と言う。私は慌ててタイマーのスタートスイッチをいつでも押せるように構える。何秒かして「どんっ!」と滝君が言い、それと同時に全員が走り出した。勿論、私も同時にタイマーのスタートスイッチを押す。



「どっちが先に時間経過言う?」
「滝君で。お手本見せてください」
「えー、俺も初めてなんだけどなあ」



そう言いつつも、引き受けてくれる様子の滝君。流石。皆が走っている中、私と滝君は他愛もない話をした。主にお互いの学校での話について。話しているうちに、あっという間に時間が過ぎ、気づけば既に10分経過を迎えようとしていた。さあ、滝君、出番よ。イケボでお願いします。



「10分経過。残り20分です」



滝君は私の要望通り、普段よりも良い声で言ってくれた。そのことに滝君がマイクの音声を切ったことを確認してから「滝君流石!」と言うと、滝君は不敵な笑みで「だろ?」とまたもやイケボで言ってくれた。ふつくしすぎる。



「次、御剣さんね」
「ミッ○ーって声高くすれば出来る?」
「んー…、どうだろ?」



滝君の曖昧な言葉に、私は「えー」と不満を漏らしつつ、滝君からマイクを受け取る。ミッ○ー…、ミッ○ー…。声は思い出せるけれど、自分の声で出すとなると出来る気がしない。「あー、あー、」と試しにミッ○ーを意識して声を出してみるけれど、全然似ていなくて項垂れる。どうしよう。



「御剣ー、腹減ったー!」



皆が走っている中、近くまで来た丸井が私にそんなことを言った。「知らんがな」と言うと、走りながらも再び「腹減ったー!」と言う。どうしろと。呆れた顔で丸井を見ていると、丸井はそのまま走り去ってしまった。グラウンドをぐるぐる走るだけだから、その内また近づいたら何か言われるのかな。
しばらくして、また10分経った。恥ずかしくて緊張するけれど、これは私が言うしかない。滝君ニヤニヤしながら私を見るのやめて。



「10分経過したよ。残り10分だから引き続き頑張ってね、ハハッ☆」



マイクをオンにして言うと、大体の選手達が「ぶふっ」と吹き出して笑った。失礼な。特に隣にいる滝君が爆笑している。……失礼な。



「御剣ふざけんなー! 体力消耗するだろうがー!」
「おまん後で覚えときんしゃい!」
「マネージャー真面目にやらんかい!」
「ハハッ☆」
「「「ぶふぉっ!」」」



丸井、仁王、一氏君、撃沈。
三人は笑いを堪えようとするが、堪えきれずに走るペースが落ちてしまっている。私はマイクをオフにし、「大丈夫かね、アイツ等」と滝君に聞く。けれど、滝君は素晴らしい程キラキラした爽やかな笑顔で「御剣さんナイス!」と言うだけだった。滝君会話成立させよう。
その後、走り終わった三人に滅茶苦茶怒られた。真田君を盾にしたら散って行った。



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