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「またみょうじなまえ炭治郎くんと一緒にいる」
「なんかあの二人付き合い出したらしいよ」
「え、まじ?次は炭治郎くんに手出したんだ」
「顔がいいだけですぐ男捕まえられてて羨ましいよね」
「ちょっと聞こえるよ!」
休み時間、席を立たずにスマホを触っていると私をちらちらと見ながら控えめに話す声が聞こえる。 こんなの慣れてるし何を言われても気にしないようにしてるけど、それでも傷つくときは傷つくし、ため息をつきたくなるときもある。
「ていうかさ、炭治郎くんもよくあんな子のこと好きになるよね」
「やっぱり炭治郎くん優しいからさ、騙されてるんじゃない?」
「でも性格悪いって有名なのにねー」
「意外と見る目なくない?なんか見損なったわ」
最近、私と炭治郎が付き合っていることが周囲に気づかれ始め、私だけじゃなく炭治郎の悪口を言う人が増えたのだ。私は、付き合っていることを公言するのはやめようと提案したが、炭治郎は自分から言うことはなくとも聞かれたら素直に答えているようだった。そんなこんなで私たちが付き合っていることは少しづつ広まってきており、炭治郎の悪口まで言う人が出てきてしまった。
こうやってその現場に居あわせる度に、炭治郎には申し訳ない気持ちになる。私と付き合わなきゃこんなふうに言われることは無かっただろうし、炭治郎くらい優しい人ならもっと性格がよくてかわいい女の子と付き合えたんじゃないかなと思うことさえある。反論しようと思っても、火に油を注ぐこととなるのは目に見えてるから、私は黙って聞こえないふりをすることしか出来ない。
「俺がどうかしたのか?」
ふと聞こえた声に、思わず顔を上げると教室のドアに炭治郎の姿が見えた。丁度ドアのところで話していた女の子たちが狼狽えている様子が伺える。
「なまえ!ちょっと来てくれ!」
パチリと目が合い、手招きをされて炭治郎の方へ向かうと、私を避けるかのように女の子たちが席に戻っていく。それでも感じる視線に気付かないふりをしながら、「どうしたの?」と問いかけた。
「これ、母さんがなまえにって」
「え?炭治郎のお母さんが?」
紙袋を渡され、そっと中身を見ると美味しそうなパンが沢山入っていた。
「炭治郎のお家のパンだ…」
「ああ、六太にこの間色々買ってきてもらったお礼だ!」
「そんなの、気にしなくていいのに」
「なまえの好きなパンばかり入れてあるから、ぜひ食べてくれ」
「うん、ありがとう…食べる」
パンの入った紙袋を両手で抱えながらちらりと教室を見ると、さっきの女の子たちがまたひそひそと話をしているのが見えた。
「彼女ら、友達か?」
「……」
私の視線に気づいた炭治郎がそう問うが、なんと言ったらいいかわからない。知り合い?クラスメイト?きっとそんな言葉がふさわしい関係なのだろうけれど、さっきの会話を聞いてたらなんだか複雑で、すぐに言葉が出なかった。
「いつもいつも、我慢しなくていいんだぞ」
「…さっきの、最初から聞こえてたの?」
「たまたま聞こえちゃって」
罰が悪そうに笑う炭治郎の顔を見て、胸がきゅっと締め付けられる。そんな顔をさせているのは間接的とはいえ私のせいだ。我慢してるのは、炭治郎の方じゃないの。そう言いたくなる気持ちをぐっと抑えて、恐る恐る口を開いた。
「…別に、我慢なんてしてない」
「またそうやって強がる」
「強がってない!」
「大丈夫、全部わかってるから」
そうやってぽんぽんと頭を撫でられると、すっと心の中のわだかまりが溶けてなくなったような感覚になった。炭治郎の言葉や行動は、頑なに閉ざされていた私の心にまるで魔法がかかってるかのようにすっと入り込むのだ。ありがとう、と小さい声で呟くと、炭治郎が笑ったのがわかった。
「そうだ、放課後なまえが行きたがってたカフェでパンケーキ食べながら、遊園地の計画練り直さないか?」
「…私がいちご頼むから、炭治郎はチョコバナナ頼んで半分こしてよね」
「はいはい」
呆れたような声色だけど、幸せそうに笑ってくれる炭治郎に、私は救われているのだ。