「そういやオマエ、誕生日いつなの」

なんの代わり映えもしない放課後、一の家でくつろぎながら携帯をいじっているとふと投げかけられた質問。出会ってから1年、付き合いだしてから2週間とすこしの私たちはまだお互いの誕生日を知らなかった。実はちょうど1週間後に誕生日を控えていた私は、付き合って初めての誕生日に期待していることをできるだけ悟られないようなんでもない振りをして答えた。


「…は」


小さな声とともに、一の手からするりと滑りおちる雑誌を見て、そんなに驚くことかと思いながらも声をかける。

「ごめん、来週なんて急だったよね。でも自分から誕生日言うなんて祝って欲しいみたいじゃん、だから言えなくて」

びっくりしたよね。そう続けようと一を見ると、驚いているのかと思った顔はほんの少し険しさが滲んでいて、不安になった。やっぱり言わなかったこと怒ってるのかな。

「…一?」
「…なんでもない、来週な。空けとけよ」
「うん…ありがとう」

なんでもないとは言いながら、どこか苛立っているような、悲しいような、不思議な顔をしている一に何か別の話をしようかと思ったけれど、何を話したらいいのかわからず結局暗くなってきて、帰るようにと促されたまま帰路に着く。いつもなら用事がない限り家まで送ると言ってくれる彼が何も言わず、目も合わさずに私を見送るなんてとても珍しくて、やはり不安は膨らむばかりだ。何か気に障ることを他に私が言っていたのだろうかと自分の発言を一つ一つ思い出そうとするけれど、何が悪かったのかは分からない。ふと携帯が震えて、確認すると「家に着いたら連絡して」と絵文字も何も無い簡素なメールが届いていた。一は普段から絵文字は使うほうじゃないし、私がひとりで家に帰らなければならない時はいつも家に無事ついたかメールで教えるように言われるけれど、いつもは何通も続いているメールや何時間にも渡ることのある電話をなんだか今日は自分からはする気になれなかった。家ついた?と再び送られてきたメールに着いたよとだけ返して、携帯をしまい込み、布団にもぐり込んだ。



気づいたらカーテンから光がさして、外が明るくなっていることに気づく。シャワーを浴びてから携帯を見ると、何件かある通知の中に一の名前はなくて、安堵と不安が入り交じった不思議な気持ちになった。行ってきますと玄関を出て最初の角を曲がると、いつも待ち合わせをしている公園に一が立っているのが見えて、びくりと肩が揺れる。私が何をしたという訳では無いのにびくびくしてしまう自分が嫌で、何も無かったように振る舞おうとすればするほどいつものように振る舞えなくなっていく。そんな私に気づいているはずなのに特に何も触れずに、一言も言葉を発さない一は今何を考えているんだろう。学校に着くまで会話のラリーが5回あったかどうかわからない。いつもなら聞いてほしいことが次々と出てきて、それに対して優しい顔をして相槌を打ってくれるのがとても好きで、学校までなんてあっという間に着いちゃうのに今日はなんだか永遠のように感じられた。クラスが違う私たちはこのまま喋らないまま一日を終えてしまうかもしれない。そう思ったらとても寂しくなって、自分の教室に向かおうとする一の手を思わず掴んだ。

「どうした?」
「…あの、今日、放課後暇…?」

普段はなんでもない言葉もとても勇気が必要で、か細い声になってしまった。なんだか一の顔を見られなくて、ぎゅっと掴んだ手に力が入ってしまう。

「あー、今日集会あんだわ。それまでならいいけど今日名前部活だったよな」
「そっか、ごめんね、それなら大丈夫」

集会なら仕方ない。そう頭ではわかっていてもじわりと涙が滲んできて、それじゃまた明日ね、となんとか声を絞り出して一を教室に押し込んだ。こんなに昨日のことを気にしているのは私だけかもしれないし、今日一と過ごせない時間が多いのであればその時間で気持ちを整理して、明日からはまた笑顔で一と話すことが出来ればいいな。そう考えていたのに。

「悪い、今日も一緒に帰れねえわ」
「え、」

ここ3日間、避けられている気がする。いや、避けられている。遊びに誘っても、全て断られてばかりで、終いには一緒に帰ることさえ断られてしまった。やっぱりあの日から私たちの間の何かが変わってしまったのだ。一緒に過ごせない理由を聞こうとしても、なんて言われるかがわからなくて不安で、分かったとしか言うことが出来ない。どうにかしなきゃと考えた結果、彼の幼馴染に相談することにした。


「ねえ、一なんか私のこと言ってた…?」
「ココから?何も聞いてないけど」

経緯を話すと一と同じように固まったイヌピーを見てどきりとする。

「え、私やっぱりなにかしたのかな…」
「いや、そうじゃない…苗字の誕生日、俺の姉の命日なんだ」

息が止まるような感覚がした。イヌピーのお姉さん、赤音さん、一の大切な人。イヌピーから前に聞かせてもらったことがある。一はそんなことはないと言っていたけれど、私が到底敵うはずのない人。私の誕生日が、その大切な人の命日だったなんて、知らなかった。

「そうだったんだ…イヌピーありがとう、私、一のところにいってくる」

携帯を開き、通話履歴から一の名前を探し出して発進ボタンを押す。

「どうした?」
「一、会いたいの、今から家行ってもいい?」
「今日は無理だって言っただろ」
「お願い、ほんのちょっとだから、お金とってもいいから」
「バカ、お前から金取るわけねえだろ…俺が行くから待ってろ」

お前の家で待ってろ。そう言われて切れた携帯を握りしめて、走って一の家まで向かう。遠くに一の姿が見えて、いっそうスピードを上げて抱きつくと、一は驚いた顔をしたけれど私をしっかりと抱きとめた。


「家にいろって言っただろ!なんでここにいるんだよ」
「イヌピーに聞いたの」
「は?何の話だよ」
「私の誕生日、赤音さんの命日だって」
「…え」

ピクリと固まる一。そりゃそうだよね、知られたくはなかっただろうし、きっと隠し通すつもりだったんだと思う。付き合う前に私は一度、赤音さんに嫉妬して当たったことがあった。そんなに大切な人がいるのになぜ私と付き合おうと行ってくるのかがわからなくて、彼の頭の殆どを占めている赤音さんが羨ましくて、私のことを重ね合わせてるとか、私の事なんてどうでもいいとか、面倒なことを沢山言って一を困らせたのだ。それでも私がいいからと言ってくれて付き合い始めてからは、一は赤音さんの話は全くしなかった。


「あのね、私の誕生日、祝おうとしてくれなくて大丈夫だよ」
「…何でそうなんだよ」
「だって、大切な人の命日でしょ?一にとって忘れられない日だよ。そんな日をほかの女のお祝いで過ごすなんて絶対やめた方がいい」
「……」


抱きついている腕にきゅっと力を入れる。明るい声で話したいはずなのに、どんどん声は震えていって、今一がどんな顔しているのか怖くてみることが出来ない。すると、一の腕にも力が入り、私の顔を胸板に押し付けられた。


「お前、勘違いしてんだよ」
「…勘違いって、」
「赤音さんは確かに俺の大事な人だった。でも名前と出会ってからは名前の方がよっぽど大切なんだよ」
「うそ…」
「嘘な訳ねえだろうが、ここ何日かオマエが何したら喜ぶか考えて悩みまくって、なのに祝うななんて無理だろ」
「そうだったの…」
「誕生日聞いてそりゃ最初は頭に浮かんだけど、赤音さんに報告するいい機会だと思ったんだよ…お前が俺の、大切な人だって」


そんなふうに考えてくれてたなんて全く想像もしていなくて、涙が止まらなかった。一が着ているシャツにどんどんシミが広がって、そんな私の頭を撫でる手が優しくて、胸がきゅうっと締めつけられる。一は私が思っていたよりもずっと、私の事を大切にしてくれているんだって考えると次から次へと涙が溢れ出して、止めることが出来ない。


「だから、名前の誕生日、少しだけ墓参り付き合ってくれるか」
「…うん!」


やっと心の底から笑うことが出来て、心が暖かくなった。


「その後は、オマエがしたいこと何でも付き合うから」
「一、だいすき」
「…俺も」


::
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -