槿花一日。






02



「船出せぇ、野郎共!!」


油断した、と思った。あのへたれそうなウサギが突然牙を向くなんて思ってなかった。

まさか、隠し持ってた白煙弾を着火するのにエースを使うなんて思いもしなかった。よく考えりゃ、あいつさえ居たらライターいらねぇな、なんて考えながら腕を青く燃え上がる翼に変え、飛び上がり白煙を抜ければ、相手の船は海の先。


「おやじ、追うかよい??」

「あぁ、頼む。」


青い炎を纏い、さぁ追うかとした矢先、後ろからもう一人白煙から抜けて来た気配。振り返ろうかとした瞬間、


「困るわぁ、不死鳥の旦那。うちの船追われたら困るから、その気なら打ち落とさなあかんやん。」


背後から声。まさか居ると思っても見なかったから、完全に油断していた。今しがた油断したと後悔したばかりだったというのに。


「な、ウサギおま、」


何処からともなく現れたウサギに急襲を食らい甲板に叩き落とされそうになるのをなんとか踏み留まる。


「鳥は大人しく狩られときぃや。」


すぐさま見上げると、上からそのまま重力に従って落下し、もう一発食らわさんとする奴の姿。しかし空中ならこちらに分がある。あっさりと奴をかわす。


「お前が落ちろい。」


落ちる先、真下はモビーディック。船は逃げたが、船長捕まえりゃ十分だ。と思ったのだが、


「そら無理な相談や。」


空中に似合わぬ何かを蹴る音。


「残念やなぁ、落ちへんかったわ。」


声が上から降ってきて、慌てて見上げると俺より上空でにやりと笑うウサギの姿。


「なっ……!?」

「困んねん追われたら。」


もう一度そう言って、今にも飛び掛からんとするウサギが、なぜか急に飛び退いた。その一瞬後、奴が通過しようとしていたルートに炎の弾丸が飛ぶ。見聞色の覇気持ちなのだろうか、やけにタイミングが良かった。


「ちぇ、あかんわこりゃ。」


その弾丸の来た先、モビーに目をやると、ウサギは不貞腐れたように言った。どうやら白煙が晴れ、モビーから応援が来だすと判断したらしく遠ざかりだす。


「行かせるかよい!!」


逃がしてたまるかと追おうとした矢先、視界が真っ暗になる。


「っ!?」

「ほな、行かせて貰うでー。」


次の瞬間には対応する間もなく背中に衝撃が走り、ものすごい勢いで落下していくのが分かると同時に顔の辺りに何かが巻き付いているのに気付く。慌てて取ればそれはあいつのストールで、海面スレスレでぎりぎり浮上して船縁に。


「油断したよい。」


油断しっぱなしじゃねぇか、俺としたことが。自分で自分に悪態をつくと、空ちゅうを振り合える。振り返った先の遠くに黒い傘を差した白いロングコートが空を歩いて行くのが見えた。


「なんの打ち合わせも無しになんつー連携だ。船見張ってた連中も同じタイミングで全員やられちまってら。慣れてんのか??」


隣にやって来たエースが、伸されて海に落とされたらしい連中を指差しながら悠々と歩くウサギを見上げた。


「グララ、多分あの下手くそな口笛だろうな。目の前で指示出してやがったんだ。あの鼻タレなかなかやりやがる。」


一連の動きを見たおやじがやはり上を見て豪快に笑い飛ばす。そして笑うだけ笑うと、にやりとしたまま、大きな槍をドンと甲板に突いた。瞬間その場にいたクルーがざっとおやじの方を向く。


「さぁ、ぼやぼやしてねぇで船漕ぐ準備しやがれ。あのナメたウサギ船、黙らせに行くぜ野郎共。」


笑ってたおやじの顔が引き締まったと同時にクルーの雄叫びがこだました。



Ж




まぁ、あんだけやっておいて見逃して貰えるなんざ思っなかった。絶対追って来るとは思ってたけど。


「いくらなんでも早いわ!!」

「モビーの起動力ナメんじゃねえよハナタレ。」


叫び声を上げた先、自分の船がその陰にすっぽり隠れてしまうようなでかい船の甲板、その上に、そこの船長が立っていた。そして、自分が立ってる周りにはご丁寧にも隊長がずらり。


「今度は逃がさねぇよい。」

「ちゃーんと海楼石も持って来たぜ??」


と、腕を組み眠たげな目でこっちを見る不死鳥の旦那と、もう一人は確か4番隊隊長だったか、そして、黙ったままの真正面に火拳の旦那。それから、不敵に笑う、有名過ぎる面々。彼らを代わる代わる見ながらくるりとさしてた傘を回す。そして、傘を右手で持って、左手を挙げ降参の意を示す。

クルーはとっくに制圧済み、一人ならもしかしたらごまかせるかもしれない隊長格が、わんさか。自分みたいな小物にちょいと厳重な対処すぎやしないか。逃亡の際のあの不死鳥の旦那とのやり取りがまずかった。あれは出来すぎだった、と今更ながら思ってみる。


「さてと、おとなしく手錠されてモビーに行こうかウサギちゃん??」


ニコニコしながら海楼石の手錠をくるくると回す4番隊隊長様が、近づいてくる。


「えー嫌や。」


ぶーたれた顔してそう言えば、カクンと力が抜けたらしい彼が、リーゼントのその頭をかく。


「嫌だって言える立場かよい。サッチ、さっさと捕まえちまえよい。ほっといたらまた何しでかすか分かんねぇよい。」

「まーそんな訳だ、大人しくコートから手ぇ出してくんねぇか??」


容赦のない不死鳥の旦那に比べたら穏和に、笑いかけながら彼は頼んできた。組み伏せられる可能性を想定していたのだがしないらしい。逃げられるなら逃げてみろと言わんばかりだ。勿論逃げないけれども。


「このコート特注で袖異常に長いさかい、手出ぇへんのんよ。」


その温情なのか、余裕なのか分からないが随分と優しい対応に感けてへらりと茶々を入れるようにふざけたような笑みを浮かべる。


「じゃあコート脱げよい。」


苛立たせることに成功したのか、呆れたのか、問答無用と言わんばかりに不死鳥の旦那がコートを指差した。


「きゃー不死鳥の旦那のエッチ。」


続けてふざけてみる。


「ぶちのめしてやろうかい。」

「すいまへん。」


がしかし、即答で物騒なことを言われた挙句指の関節を鳴らして旦那がウォーミングアップを始めたのでこれまた即刻素早く土下座すれば、不死鳥の旦那は呆れたように頭を掻く。


「ったく、調子狂う奴だよい。」

「いややわ、褒められたら照れ「褒めてねぇよい。」


ため息をつく不死鳥の旦那相手にからからと能天気に笑いながらコートの袖を軽くたくし上げ、おとなしく手錠をかけられる。


「おい、」


やれやれとため息をつくと、二人の横でだんまりを決め込んでいた火拳の旦那が歩み寄ってきて手を差し出す。


「ん??」


何のようだろうかと首を傾げれば、強引に腕を捕まれそのまま肩に担がれた。


「ふぉ!?」

「おやじんとこ行くから、おとなしく担がれろ。」


軽々と担がれた為動揺していると、


「あらあら、エース君頑張っちゃって。おっとこ前ー。」


とリーゼントの旦那が茶化す。


「は、うるせぇよ。」

「女の子相手だからって張り切っちゃってやーらしー!!」


と続けて茶化す彼の言葉にしかとして歩き出そうとしていた火拳の旦那の足が止まった。


「は??え、誰が、」

「え??何が??」


驚いたようにリーゼントの旦那を振り返る火拳の旦那。リーゼントの旦那はリーゼントの旦那できょとんとしている。


「いや、だから、女の子って誰が、」

「いや、女の子って、ウサギちゃんが。」


互いに何故かどうようしているのかしどろもどろと言ったような会話をして、


「………、はぁ!?マジか!?」


数瞬黙って火拳の旦那が叫んだ。


「いやいやお前何言ってんの明らかに女の子だろう?!」


旦那が気付いていなかったことに驚いたらしいリーゼントの旦那がオーバーなリアクションで「信じられねぇ!!」と叫ぶ。「せやで。」と追い打ちをかけるように言えば、信じられないものを見るようなまなざしを向けられた。解せない。

そんなこと言ってると、不死鳥の旦那が痺れを切らして「いいかささっさと行けよい!!」と怒鳴って、再びモビーディック号に担ぎ込まれ、手錠してるってのに更にロープでぐるぐる巻きにされ、白ひげの前にほうり出された。


「グラララ、さぁて捕まえたぜ??やんちゃなウサギが。」

「せやなぁ、捕まったなぁ。」


槍を構え、立ち上がっている彼を見上げる。座ってるから、首が攣りそうだ。本当にでかい。立ってるだけでこの貫禄、さすがだなぁ、なんて呑気に考えていれば、


「ったく、緊張感が無ぇ奴だな。お前、名前は何ていう。」


と言いながら彼は彼専用であろう大きな椅子に腰かけた。


「せやから、言うたやん『盲目ウサギ』やて。」


ついさっきと同じ回答をすると、


「違ぇよ、本名だ。」


と、すぐさま返された。彼は大きな瓢箪をどこからともなく取り出して一口煽った。


「そんなん聞いてどないするん。」


そんなリラックスし始めた彼に、少し棘のある言い方で聞き返す。


「子供の名前知らねぇとか親失格だろう。」


しかし彼はそんな言い方を意に介さずにっこりと、柔らかい笑みをこちらに向けた。


「お前はこの船に乗るんだからな。乗るからには俺の子だ。」


そう言って彼は笑った。何故こんなにも執着されるのか、疑問に思って少し眉間に皺が寄ったが彼にはきっと見えていないだろう。


「嫌や言うたやん。」


再び拒否する。


「俺が決めたんだ。俺ぁ白ひげだ。なんか文句あっか。」

「うっわ、なんちゅう横暴な。」


というか、普通あんなことしたんやからぶちのめすだろう。なんて思ったのだが、どうしても自分がこの船に乗るのは彼の中で確定事項らしい。もう逃げられない。腹をくくってふぅ、と軽く息をついてから、


「あらへん。」


ただ一言そう言った。


「あ??なんだって??」


疑問符を浮かべながら白ひげが乗り出すようにして聞き返してきた。


「名前なんざあらへんゆーの。んなもんとうの昔に捨てたわ。」


自棄になって雑に答える。すると白ひげは顎に手を宛てて、少し考える。


「そうか、なら俺が名前考えなきゃなんねぇな。」


良い名前つけてやるよ。なんて笑う彼に、呆けていれば、


「何やらかしたんだか知らねぇが、気張ってばっかじゃ疲れるだろう。言っただろう。俺ぁ白ひげだ。バスターコールだってなんだって娘傷つける奴ぁぶちのめしてやらぁ。」


と、徐に立ち上がって一歩歩み寄ったかと思えば、頭を撫でてきた。


『いくら白ひげの大将でもバスターコールの種、船に置きたないやろ??』


あの時白ひげに耳打ちした台詞を聞いて、さらに、余計なことまでしたというのに、


「ガキちゃうんやから、そないに頭撫でんといてんか。髪ぐしゃぐしゃなるわ。」


どう対処したらいいのか浮かばず、顔を背けて言った。拗ねた子供の様だと我ながら思う。セリフと行動が激しく矛盾している。


「グラララ、何言ってやがる。俺の何分の1生きたってんだ、ハナタレが。」


しかし彼は笑ってそういうだけで更に頭を撫でた。


「……おおきに。白ひげの大将。」


照れ臭くてぽつりと言う。ちらりと見上げるとやはり彼は笑っていた。


「白ひげの大将なんて他人行儀な呼び方すんじゃねぇよ。おやじだ。」

「……おおきに、おやじ。」


そう言ってみたはいいもののやはり何か照れ臭かった。



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