槿花一日。






15


ホテルに戻るや否や、ガツンガツンと周りへの配慮など微塵も感じさせないほどの足音を立てながら自室へ戻ると総てを遮断してしまうようにバタンと思い切り扉を閉めた。
言葉にならない自分への罵りを無理やり飲み下して壊さない程度にベッドをぶん殴った。スプリングが軋む音がするのを眺めたのはほんの数瞬。それからベッドに横向きに倒れ込むともぞもぞと足だけ動かしてブーツをその辺に放り出した。ストールもコートも倒れ込んだまま適当に脱いでベッドの端に追いやると、これまたもぞもぞと方向転換して枕に顔を押し付ける。


「ほんま何してんやろ。」


枕に埋もれた暗い視界の中で、誰に言うでもなくぼそぼそと自分に言い聞かすような声で呟いた。
あの時、今にも火拳の旦那が攻撃を仕掛けかねないと見た瞬間に体が動いてしまった。別に、彼が何をしようと平然としていればいい筈、なのに。そこまで面倒を見る義務も、理由も"自分"には無いはずなのに。
冷静に、何事にも動じず、何事も嘲るように笑い飛ばせ。と、そうやって何度も自分に言い聞かせてきた筈なのに。何を今更。歯を食い縛りたい筈なのに変に笑えてしまう。馬鹿馬鹿しい、でも、


「キャプテン、」


もだもだとそんなことを考えていると、控えめにノックがされた。


「入り、開いてんで。」


先程使いを頼んだやつの声だったから録に確認もせずにゆるゆる起き上がりコートを着ながら返事をした。


「失礼します。」


そう言って澄ました顔で入ってきた元部下は、扉を閉めた途端に血相を変えた。


「ん、どないしたん、」

「これ……、」


そう言って差し出されたのは一冊の雑誌。受け取って表紙を見ると、部下と同じように血相を変える羽目になった。



Ж




酔うといつもエースは同じ話をする。昔会ったという彼と同い年くらいの少女の話を。


「本当に綺麗だったんだよ。」


そう、ひたすら繰り返す。飲み過ぎてぐだぐだになり、最早机に突っ伏して半ばうわ言のように。


「もういい加減にしとけよい。」

「うぅ……。」


酒を無理やり取り上げると呻き声をあげて、そのまま腕を枕にして爆睡してしまった。
最近入った新入り以外は全員知っているであろう彼女。名前はエース曰く"ミミ"というらしい。金髪で赤い目をした獣系の能力者で、


Alive Onlyの賞金首、血染めの女神。




Ж





訳も分からず道のど真ん中に立ち尽くす俺と、厭らしく笑う天竜人。もう何度も思い出した光景だ。そしてそんな俺らの間に躍り出るふわふわの金髪の少女。真っ白な皮膚におびただしい傷跡が浮かぶボロボロの身体に、真っ白なワンピースを身に纏った彼女は首輪の鎖を揺らしながら、その真っ赤な瞳で俺を真っ直ぐに見た。
キレイだと俺が思ったのと天竜人が指と口で指図を出したのが同時で、俺は感想を口にするまでもなくぶっ飛ばされた。自然系の能力者になったばっかりだというのに、だ!!

それが、俺と奴隷番号33番、ミミとの出会いだった。





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