槿花一日。






10


「ハァーやっと消えたぁぁぁぁ。」


どうにかこうにか火を消し止め、深いため息をつくと、目の前からも聞こえるため息。


「おめぇってさァ、」


火拳の旦那が、ため息混じりに言う。


「なんかどっか、アホだよなァ。」


あっけらかんとした様子に、うちは固まり、周りは噴き出した。それからプツンと音を立て、うちの中から何かがログアウトした。


「な、んやてこの雀斑野郎がぁ!!」


ストールを投げ捨て、ビシィと効果音が付きそうな勢いで刀で旦那を指した。


「ソバカスのこたぁいうな!!へたれウサギが!!」


罵り合い、数秒の睨み合い。先に動いたのは向こうだった。


「チャームポイントだっつうの!!火銃!!」


手でピストルを作って、その指先から次々と火の弾丸が飛んできた。それらを避けたり切って散らしたりすれば、口角をヒクヒクと引き攣らせる旦那。


「うーん、でもキトさんは雀斑要らんわぁ。」


ニヤリと笑ってわざわざ苛立ちを煽れば、


「てんめぇ、今度ぁその長ぇコートに火が点いても知らねぇからな………。陽炎!!」


次は大きさを増した火の球が飛んできて、避ける為に上に跳び上がった。


「かかったな。空中じゃ覇気で読めても避けらんねぇだろ。」


右腕を引いて不敵に笑う旦那。


「火拳!!」


飛んできた拳。


「んー、狙いは良かったけどなぁ。」


小さく呟くと、足に力を込めて、空を蹴った。「なぁっ!!」と旦那が驚く声を下に聞いて、クルクルと2回転宙返りをして着地した。


「んん、10.00。」


着地体制をピシッと決めてそう誇らしげに言ったところにまた飛ぶ炎。


「うわっち。」


左足を一本引いて避けると、


「左側頭部を狙って蹴り、やな。」


読めた思考をわざわざ明かしてしゃがんで避けた。一瞬遅れて通過する黒いショートブーツ。


「クッソてめぇ!!見聞色とか卑怯だぞ!!」

「んなこと言われたかてなぁ。」


次々迫る蹴りや拳を寸出のとこでかわし、後が無くなったので大きく跳んで、旦那の頭上を越して後ろへ。


「一端覇気使うの止めて純粋に力だけで勝負しやがれ。大体、こんだけ動き読めてんならいくらでも反撃出来たろ!!なんで反撃しねぇ。」


攻撃の手を止めギロと旦那がこちらを睨んだ。


「どーも馬が合わへんのや、武装色と。だから入れよ思ても録に入れられへん。」


やれやれと大袈裟なリアクションを取れば、旦那は目をしばたかせて。


「んー、じゃあ常人だったら死んでたってとこまで俺を追い込めたら勝ちってのでどーだ??覇気無しで。」

「覇気無しかいな。」

「嫌なら俺の勝ちで。」


ニィと腹立たしく笑った旦那。ハァ、と盛大なため息をついた。


「そんなん本気出さなあかんやん。」

「いや、始めから出せよ。」


すかさず入ったツッコミはスルーしておくことにして、仕方ないと、目を開けると、周りがざわめいた。


「きたー!!キトさん本気モード!!」
「キトさんかっけぇッス!!」


いや、主に極一部だが。キャアキャアと叫ぶ元クルーの固まりに、ため息ついてちらっと見れば即座に口をつぐんだ。


「普段から覇気使とるから逆に使わんの面倒やねんなぁ。」


と、軽く嫌味を言いながら相手を見れば手の間接をバキバキ鳴らして。こっちのこと燃やす気満々である。


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ!!十字火!!」


旦那のクロスされた両手の人差し指から飛んだ十字の人をぎりぎりまで引き付けて少しだけしゃがんでかわすと、左に大きく踏み出し全力を込めて甲板を蹴り間合いを詰めにかかる。刀を構え、振りかぶると躊躇いなく振り抜いた。


「どわっ、」


視界の下から沸いたように見えたろうに、ギリギリのところを避けられた。チッと小さく舌打ちした。


「そう簡単に当てられて堪るかよ!!」


瞬時に体制を整えた彼は、そう叫ぶと頭目掛けて蹴りを繰り出した。


「おっふぇい!?」


鼻先を掠める蹴りに思わずのけ反る。直ぐさま2発目が来たので、そのまま後ろに左手をついて逆立ちついでに旦那の顎目掛けて蹴りを叩き込もうとしたがかわされた。逆側に足を着き立ち上がると刀を納めた。


「貰ったぁ!!」


そこに飛んできた旦那の足を、受け止めた。


「……ミタッドビスティア。」

「なっ、」


目をしばたかせる旦那。


「別にな、使えん訳ちゃうねん、武装色。」


白い毛に覆われた床に着きそうな長い腕。


「あぁ、でも覇気無しでって、武装色もあかんのやろか。」


ついうったり使ってしまった、と反対の手で頬を掻いた。一方キョトンとする旦那。


「おまっ、卑怯だぞ!!言っとけよ!!」


足を下ろすと噛み付かんばかりの勢いで詰め寄ってきた。


「敵に手の内曝すなんてアホな真似しぃへん。」

「今後の為にお互いの手の内曝そうぜって目的の手合わせだろうがこれ!!」

「あー、そうやったっけ。」


ヘラヘラ笑えば、彼はため息をついて額を押さえた。


「わざとか??わざとなのか??」

「うん。」

「だよなぁ、わざとな訳……ってわざとか!!」


見事なノリツッコミに笑えば、旦那は眉間にシワ寄せ、口角をひくつかせた。


「ざっけんなてめぇ!!」


再び蹴りかかってきた彼の足をかわし、体制を整える。


「怒っちゃいやん。」


語尾にハートが付きそうな調子で茶化して言えば、


「ぶりっ子すんなうぜぇ!!」


と、余計に怒りのボルテージが上がる。旦那は一歩引いて構えると拳を突き出した。


「火拳!!」

「来る思たでぇ。」


飛んで来る火の玉に向かって床を蹴る。徐にコートの襟を掴むと、横に一線。火を散らすと一気に間合いを詰めた。旦那は詰め寄るこちらを見てギョッと目を見開いた。火を散らされて驚いた??恐らく違う。

ギョッとするくらいの勢いで、コートを脱いだ身体が包帯に覆われているからだろう。


「な、」


驚き、口を開けた旦那の隙をついて再び刀を抜くと喉元に突き付けた。


「うちの勝ち、やな。」


次の一瞬で喉笛をえぐれる体制に持ち込みニィと笑った。



Ж




純粋にビビった。その白に。コートを脱いだところ、そういや見たことなかったっけか。と思い出す。ボーダー柄のタンクトップから本来見えているはずの皮膚は、指先にまでいかないと見えなかった。ただ、清潔そうな白に覆われていた。首も胸元も腕も、ちらりと見えた腹も。


「うちの勝ち、やな。」


呆然として気付けば喉元に刀を突き付けられていた。ニィと笑う彼女。


「おま、それ………怪我してんのか??」


負けたことよりもそれが気になって。


「んー、いや??ちゃうで??」


俺の喉元から刀を外し、仕舞ったキトは言う。パチンと彼女が指を鳴らせば、彼女の元部下達がコートやらストールやら傘を持って来た。


「不名誉な傷跡を隠しとる。」


それらを付けて貰いながら彼女は言った。普段と違う自嘲じみた笑みで。


「親父みたくな、戦いの跡を誇れる人間は曝したらえぇんやろけどな。」


最後に傘を開き、


「うちはよう曝せん。」


と一言。そこまでして隠したい、全身に及ぶ怪我なんて想像も付かなくて、聞こうと口を開こうとした時に、ポンと肩を叩く手。


「ん??」


振り返った先の怒りを浮かべたハルタとクリエル。


「え、お前らどうしたんだよ。」

「「問答無用。」」


あ、これやばい。直感で感じた。キトに聞くのは後でいいや、ととりあえず逃げることにした。


「「待ちやがれエース!!」」

「だからなんだってんだぁぁぁ!!」








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