槿花一日。






「なぁ、火拳の旦那ぁ。」

「んだよ。」


現在位置、オルシズ島、中央部の森オウシン。詳細不明。


「これまずいんちゃいます??」

「大丈夫だろ。」


どちらが北でどっちが南かすらわからない。所謂遭難予備軍、いやもう遭難かもしれない。


「いやいやいや!!現在地把握してへんのに何を根拠に突き進むんや!!」

「勘。」

「さよか。もうえぇわ最悪一人で跳んで帰るからえぇわ。」


さて、なんでこんな鬱蒼とした森を火拳の旦那と二人で突き進む嵌めになったかと言うと、数時間前に時は遡る。



Ж




「ここがオルシズ島かぁ、」


急に行きたくなったとか言うオヤジの気まぐれでオルシズ島にやって来ることになった。前に来たことある人が多いようで、色々と島の情報を聞き計画を立てていた。因みにうちはアーチャに行く予定だった。


「おい、キト。」


だっったのだが、急に現れた旦那に寄ってその計画はぶち壊されることとなる。



「なんや。」

「オウシン行くぞ。」


旦那は言う。なんでも旦那もオルシズ島は初めてらしく、オウシンに行ってみたいのだが付き合ってくれる人が居ないという。で、問答無用でうちを引き連れに来たらしいのだが、「誰かと一緒がいい、とか女子か!!」というツッコミは心の中に押し込んだ。


「えー、キトさんアーチャ行くんやけど。」

「いいじゃねぇか楽しそうだろオウシン!!」


とまぁ。そんな感じで押し切られてしまい、結局オウシン探索に来る嵌めになったのだ。まぁ。百歩譲ってそこはいいとしよう。しかしだ、やる気満々に大きな鞄を背負ってきた旦那がまさか地図も何も持たずに来ていたなんて誰が思おうか。まだ星が出るには早く、方角を知る術もなく、ウサウサの実による自分の能力を用いてさえそう簡単には全貌が分からない森。ため息最早出ない。そんな訳で冒頭に戻る。



Ж




「もうちょっとで、中央にあるとかっていう泉に着くと思うんだよなァ。」

「だからその根拠は何や。」

「勘。」


ガッサガッサと草の根かき分けて突き進む旦那に、ポテポテとついて行く。もうこうなったら彼の勘とやらに頼るほか無い。と歩みを進めていると

ギャッ

突然何やら悲鳴のような鳴き声がした。


「ん、何か踏んだぞ。」

「何やギャッゆうたで。」


はた、と二人して足を止める。


「ギャッて何だ。」


旦那がこっちを振り返った。


「さぁ、そういや熊やら狼やら出るゆぅて聞いたけど。」


首を傾げ、森に入る前に小耳に挟んだ話をする。


「でもよぉ、熊も狼もギャッとは鳴かないだろ。」

「せやなぁ。でもなぁ、キトさんさっきから唸り声聴こえてるんやけど。」


腕を組み考えるそぶりをする彼に、微かに聞こえるそれを告げる。


「………どんな??」

「グルルルー、ゆぅて。多分1匹ちゃうなぁ。」

「…………どっちから。」

「旦那の足元。」


グルルル…………、

タイミング良く聞こえた狼の唸り声。


「………確かに。」


旦那の顔が引き攣った。


「多分狼やなぁ。」

「そうだな。」


呑気に言ったせいだろう。旦那はため息を一つつく。


「よし、じゃあ一丁全部ぶちのめ「その前に一端ちょっと逃げよかぁ。」


やる気満々と言わんばかりに拳を握った彼の首根っこを掴んで結構頑張って地面を蹴った。


「なぁっ!?」


続けて空を蹴って草地から少し開けた場所に向けて旦那を投げ捨てて、自分は彼が着地した横に降り立った。


「てめぇ!!」

「あないなとこで旦那が本気出してもたら森林火災なりますやん。キトさんまだ死にたない。それに、」


そこまで言ったところで先程まで居た茂みを指差すと追ってきていたらしい狼達が姿を現した。


「ほら、奴さんら追い掛けて来はった。コクシンウルフやな。毛皮が高付いとったはずや。」

「ほぉ。」


横で旦那がバキリと指を鳴らす。


「朝以来何も食ってねぇし、狼の肉でバーベキューか。」

「ほんで毛皮売っぱらって夜豪勢に行こかぁ。」


首の関節をゴキリと鳴らして狼を見ればビクリと腰が引けて一歩下がった。


「おいおいおい、」

「逃げんといてぇな、」

「「肉!!」と毛皮!!」


後になってみれば恐らく相当な極悪面をしていたのだろうと思う。狼もビビるくらいに。キャインと情けない声を上げて奴らは瞬殺された。伸びた狼達を指差して、


「よし、キト!!捌け!!」


と清々しい笑顔と見せ掛けて実は肉以外最早眼中に無い旦那が言う。


「えぇっ!?」


なんでだ、と言わんばかりの不満を漏らせば、


「んだよお前の剣でちょちょいっとさ。」


なんて気軽そうな返事。


「だが断る。この子包丁ちゃうぞ!!」


愛剣の剣というには短い鞘を握りながら反論する。


「同じ刃物だろうが。」

「ちゃうわ!!旦那かて同じ火ぃやからてライター扱いされたら嫌やろ。」


そう言えば、旦那はうーんと唸りながら首を捻り、


「そういうもん??」


と、イマイチピンと来てない風に言う。


「せや。」


うんうん、と頷けば


「そうか、じゃあサバイバルナイフ出すか。」


と、あっさり大きなかばんを漁り始めた。


「んなもんあるなら端から出しぃな。」


半ば飽きれ気味にそう言えば、


「いやぁ、普段使ってる奴のがいいんじゃねぇかと。まさかそんなこだわりがあるとは。」

「当たり前やろ。」


放り投げられたナイフを受け取り、捌きにかかりながら言い返す。


「なぁ、キト。」

「なんやぁ、」


顔も上げずに答える。


「そいつ泉に着いてから食おうぜ。」

「旦那の胃袋持つんやったらキトさんは一向に構へんで。あ、後旦那。」

「なんだ??」

「後ろに何かおるんちゃうか??」

「あ??」


振り返った旦那の背後には大きな熊。


「熊肉も追加か。」

「の、ようやね。」


熊の顔が引き攣った。


Ж




「おら、見ろ!!着いたじゃねぇか!!」

「あぁ、疑ぅて悪かったわ。」


その後熊1匹、鹿2匹を仕留めて旦那の勘に頼り突き進めば突然開けた森のど真ん中に泉が出現した。


「んで、この泉がなんだっけ。」


勘が当たって満足したらしい、泉の前に仁王立ちした旦那が首だけをこっちに向けてそんなことを尋ねるものだから力が抜けて転びそうになる。


「……覗いた者が真に望む光景が見えるんやろ。」


呆れながらもそう答えると、


「そうだったな。うし、覗きに行こうぜ!!」


と、いきいきした顔で泉の畔に向かって走り出した。そんな彼を眺めて、


「遠慮しとくわぁ。今更泉に言われんでも自分の望む物くらい分かっとるさかい。」


ひらひらと手を振って笑えば


「そうかぁ??」


足を止めて旦那はこっちをすこし振り返った。


「えぇねん。肉焼く薪でも集めとくわぁ。」

「……おぅ。」


そう言うとさっさと旦那に背を向けて近くの茂みから枝を拾い集めにかかる。少し疑問の残る返事の後彼は再び泉に向けて歩みを進めだした。


「結構ぎょうさん肉あるからなぁ、薪もいっぱい拾わなな。」


そんなことを一人で言いながら枯れ木の山を作っていると、泉を覗き込んだ旦那が、突然駆け寄ってきた。


「どうやった??望むもんとやらは。」


へらりと笑って見せると、彼はむんずとうちの服の袖を掴み泉にとって返した。


「なんやなんや!?」

「いいから見てみろ。」


そう言って泉の畔にほっぽり出されたもんで、仕方なく覗いてみることにする。


「けったいな泉やわ本間に。」


見えた光景を見つめ独りごちた。旦那が肉を焼き始めたのかパチパチと木の爆ぜる音がし始めた。


「……望み、ねぇ。」


小さく溜息を吐くと、踵を返して旦那の方に向かった。もう生焼けの肉を食べ始めていた。


「もう食べとるし。」


そう言って近寄ればまだ生焼けのそれを進めてくるから丁重にお断りした。


「おう、何見えた??」


彼の横に腰掛けて、他の肉を世話しながら、


「旦那は??」


と問いかけ返す。


「え、あぁ、俺ぁだな「ここに居たのかよい!!」


が、その答えの前に青い炎が乱入してきた。


「「マルコ!?」」

「ったく、何処にも居ねぇから探してこいっておやじに言われたんだよい。」


2人揃ってキョトンとすれば、マルコが呆れたように後頭部を掻いた。


「え、あぁ悪ぃ悪ぃ。」

「そんな長時間おらんかった??」

「じゃなかったら探しになんて来るかよい!!」


それもそうかなんて笑いながら、マルコが来たことで先ほどの話がうやむやに済みそうなので、ひそかに感謝した。

あれは言われへんよなぁ、

と内心苦笑いしながら。偶然にも旦那も同じことを思っていたということを知るのは随分先の話になる。







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