槿花一日。






05



「はい、これでよしっと。」


連れていかれた先の小さな病院の主はそう言って、丁寧に包帯を巻き終えた。「どうも。」と小さく言って頭を軽く下げた。右の太腿と腹部に包帯が巻かれていた。


「脇腹の方は、範囲は広いけど擦り傷みたいなもんだから心配しなくても直に治るだろう。でも、足の方は結構抉れちゃってるから痕が残るかもしれないね。」


医者はそう言いながらカルテに何やら書き込んでいた。太腿の上の方に巻かれた包帯に一度目を落として、


「場所が場所だし、この先も傷跡残すくらいあるだろうから構わない。」


と、返した。「そうかい。」とだけ医者は返して苦笑いなのか愛想笑いなのかわからないような笑みを浮かべた。一応診察前に女であると言ってるにも関わらず、特に何を聞くでもない。ゼフさんがならず者も見てくれる医者と言っていただけあって深く聞く気はないらしい。まだ手配書はないとはいえ有りがたいことなので場所を記憶しておくことにする。いざと言うとき他のクルーも使えるかもしれないからだ。


「鎮痛剤一応出しておくけど無理はしないでね、一週間は安静に。で、2,3日後にまた診せて。」

「安静にする努力はする。わかった。」


そう言ってカルテを閉じた医者に軽く会釈すると診察室である小さな部屋を出る。小さい医者ではあるがきちんと小綺麗な待合室も完備されていた。そこに一つしかないソファに腰かけた。待合室よりも更に小さい、とりあえず待合室と診察室の間に仕切りを作っただけのような受付では女性の看護師が何やら薬棚を眺めて探し物をしているようだった。小さく欠伸をして腕組みをし、理由もなく天井を見上げた。あの喧しい眉毛の野郎は診察の間に買い出しに行くと言って別れたきりだ。勝手に帰ろうにも財布がない。踏み倒してもいいが流石にゼフさんに悪い気がしてしかたないのでぼーっと時間を潰すこと以外にすることがない。本の一冊でもあればいいのに、と思いつつ目を閉じた。



Ж




「マコちゃーん!!あなたのナイトの帰還ですよー!!」

「あ??」


うとうとしていたら急に病院の扉が開け放たれた。それと同時に一気に騒がしくなる。やって来たのは眉毛野郎に他ならないのだが何やら紙袋を引っさげていた。


「叫ぶな五月蝿い。あと遅い。」

「お待たせして申し訳ないマd…いや、マコちゃん。ちょっと時間かかっちまって。」


相変わらずレディだとかマドモアゼルだとか抜かしやがるから、ギロリと睨みつける。眉毛の奴はその度にギクッとしてへらへら笑うだけなのだが。それから、奴は「そうだ、」と思いだしたように口を開いた。


「ん??」


きょとんと首をかしげると、恭しく紙袋を渡してきた。


「貴女のために誠心誠意籠めて選ばせて頂きましたマドモアゼる"っ!?」

「いい加減学習しろ。」


差し出された紙袋を受けとると同時にアッパーを食らわせる。何を選んで来たのかと中身を見てみる。


「ん??」


中に見えた豪奢なレースに疑問符を浮かべると、


「可愛いでしょー??メイド服!!絶対マコちゃんに似合うと思「あんたが着てろ。」


にやけ顔が寄ってきたので問答無用で紙袋を思いっきり押し付けた。


「いや、そのままの格好で買い物するのは流石に抵抗があるだろうから。」


顔の前から紙袋を退かすとこちらを見て頬を掻いた。恥ずかしがってるように見えなくもないが鼻の下が伸びきっているので下心が見え見えである。


「これを着るくらいならこのままでいい。」

「ええええ…。」


気遣いをしてくれたのは分かるのだがとても着る気にならない品物の上にこの顔じゃ何もかも台無しである。礼も言えやしないと、半ば呆れたように本気で残念がる眉毛野郎を見る。


「まぁ、そう言われるとは思ってたけど。」


と、しょんぼりしながら別の袋を出してきた。今度は何を着せる気だろうかと訝しげに一瞥してから袋の中身を見る。


「何であんた最初からこれ出さないかな。」


先程とはうってかわってまともなしかも割と好みの品の入っている袋を見て、純粋な疑問をぶつける。


「チャレンジしてみない訳には行かないと思って。もしかしたら着てくれるかもしれないし!!着て欲しかったし!!ミニスカメイド!!」


もう少し気を付けたら一気にモテそうなもんだが、ここまで残念な奴も珍しいよな、と内心かなり失礼なことを考えつつ「どーも。」とだけ礼を言って服を受け取り着替えることにした。



Ж




見繕った服はサイズぴったりで、着替えて来たマコちゃんに開口一番「キモい。」と言われてしまったが気にしない。俺的にはもう少し可愛い格好、せめてボーイッシュな女の子くらいの格好をしてくれたら嬉しいんだけどなという要望虚しく、繰り出した街での戦利品は見事にTシャツとパンツばかりだった。紳士物の安売りTシャツは回避出来ただけでも上出来か。


「マコちゃん折角可愛いのに勿体無い。」


必要最低限の物だけを買うマコちゃんの荷物持ちをする権利をどうにかもぎ取り少ない荷物を手に少し前を歩く彼女にそう言う。


「あ゛??」

「ごめんなさい睨まないでナイフ出さないで。」


もっと買えばいいと言っても要らないの一点張りだしスカートの提案は返事すらしてもらえないし。荷物も持たせて貰うのに手こずった。普通に褒めたつもりが怒られるし。せめて普通に仲良くしたいのだが中々上手くはいかない。


「あ、」


ナイフを出すのを止めてくれたマコちゃんが口を開く。


「如何なさいました??」


直ぐ様返すと、


「あんた先に船戻っといて。」


と、顎で船を停泊させている方向を指した。何故いきなりときょとんとすると、


「下着屋にまでついてくる気か。」


と、返しながら呆れたように頭を掻いた。


「ついて行ってもいいなら。」

「良くないから今、帰れって言ったんだけど。」


指で再度港を差された上に「あんたバカ??」と追い討ちまで受けたものだから渋々お金を渡して先に戻ることにした。さっきから服を選ぶのも即決だった彼女なら一服している間に戻ってくるだろうしと思っていたが、予想に反して彼女の帰りは少し遅くなった。



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