槿花一日。






04


「む………??」


目覚める度に居る所が変わるとは何事なのだろうか。ベッドから見える景色が変わっていることに気がついて小さく疑問の声をあげた。そういえば寝る前に買い出しついでに医者に連れていってくれるとか話をしていたことぼんやり思い出した。もしかしなくても移動中なのだろうかと推測をする。それからとりあえず起きることにした。しかし、起きあがろうとしたが右側の脇腹に鈍い痛みが走った。


「――った。」


まだ気を抜いたら結構痛むんだったっけか、とそれも思い出す。そんなことも忘れるなんて自分はどれ程寝ぼけているのか。多分、ここに移動したのも寝ぼけている間だろう。自分の寝起きの悪さが如何に酷いかは重々承知している。
ふと見るとベッドの脇に自分の履いていたショートブーツが置いてあるのに気がついた。さっき起きた時は履いていなかったのだが、乾かしてくれていたのだろうか。しかし、服は置いてない。服装もさっきから変わっていない。服は怪我をした際にでもダメになったのだろうか。シャツ一枚にブーツで医者に行かなければいけないのはなかなか厳しいものがあるが仕方ないかとため息をつくとブーツを履いて船室から出た。


「あ、…………あー、起きました??」


案の定甲板には変な眉毛の奴がいた。こっちを見るや否や視線をあからさまに逸らしたり顔色がおかしかったりと挙動不審だが何なのだろうかと疑問に思うが、こいつがおかしいのはさっきからだから気にすることもないかと考えるのをやめた。悪い奴ではないと思うのだが今までに出会ったことのないタイプであるのは間違いない。


「ん。ブーツはベッドのとこにあったが元々着てた服はダメになったのか。」

「そうなんだ。怪我してるところと同じところが思いっきり破れちゃってて。マコちゃんが漂着してすぐくらいにクソジジイが捨てちまった。」

「そうか。」


念のため聞いた問いに返された大体予想通りの答えに軽く返す。すると奴は何かぎこちなく笑って頬を掻いた。それから、思い出したように口を開く。


「あ、ランチまだでしたよね。今作るんで。」


そう言って船室に向かおうとする。


「や、いいよ。お腹減ってないし。」


それを制すと驚いたようにきょとんとされた。それから一気に血の気が引く。コロコロ表情の代わる奴だ。


「ま、まさか食欲ない??まだ調子悪いよな、そうだよな。だったら寝とけ??」


と、おろおろ狼狽え始める。


「いや、大丈夫だ。元からそんなに食べないだけだ。」

「いやいや食べないったって朝飯食ったのあれ5時かそこいらだぞ??」


ありえないと言わんばかりに乗り出しぎみに言ってくる。


「や、1日一食とかで足りるし。」

「はぁ!?や、ダメだろそれ。食わないと治るもんも治らねぇだろ。」

「そんなこと言われてもな。」

「ダメだ。気分悪くて食えねぇってんじゃないなら今作っから食え。」


そう言うと半ば強引に船室に連れ戻される。エスコートされるがままにテーブルに着くと、奴は腕捲りしながらキッチンに向かう。


「……まさか1日一食以上食ったら吐くとかじゃないな??」

「それはない。食欲がないだけで胃がおかしい訳じゃない。」


拒食症の気を疑われたようだが即否定する。彼から見たら余程おかしいのだろうか、「ならいいんだけどよ。」と返事を返しながら首を傾げられた。
大人しくキッチンで作業する様子をテーブルから見ていると、流石コックというだけあって見る間に料理が出来上がる。見た感じクレープなのだが、クレープはデザートではなかっただろうかと不思議に思う。そんなことを考えている間に目の前に皿が置かれた。


「クレープ??」


まだ他に椅子はあるから座ればいいのに横でウェイターかのように待機する変な眉毛を見上げて疑問を投げ掛ける。


「ガレットです。食事用のクレープってところか。中身は魚とほうれん草。シードルに良くあうんだが怪我人だから酒は無しの方がいいでしょうからお水で。」


と料理の説明をしながら、水をグラスに注いでくれた。とにかく食べてみることにする。酒は飲みたかったが怪我人に酒は良くないのではないかというのも尤もなので諦める。


「……美味しい。」


ぽつりと呟けば、見てとれるくらいにあからさまに顔を輝かせて、


「そりゃあ勿論貴女の為に腕によりをかけ更に隠し味に貴女への愛情を沢山込め「でもやっぱりシードルとやらが欲しいな。リンゴの酒だっけ??酒飲みたい。」


何やら語り始めたのだが、そこは聞いてられないので遮った。ぐっと言葉が詰まったように不本意そうな顔をされたが、見なかったことにしてもう一口方張る。食べることにさして興味がない私でもこんなに美味しいと感じるのだから案外優秀なのかもしれない、この変な眉毛。そんなこと思いながら奴を見上げれば何故か微笑みかけられた。


「何にせよ気に入ったなら良かったです。」


そう言いながら無意識にだったのか煙草を食わえてライターを取り出したところで気がついたように動きを止めた。


「吸いたいなら吸えば。」


もくもくとガレットとやらを口に運びながらそう告げると、少し悩んだような素振りを見せたが、


「じゃあお言葉に甘えて。」


と言ってへにゃりと笑った。さっきと違う表情に見えた。こっちの方が素のような気がする。接客もしてるし営業スマイルが染み付いているのだろうか。どうにも今までに身近に居なかった人種だからかこいつは疑問に思うところが多い。そんなこと考えながらついうっかりガン見してしまっていた私に、奴はやはり笑いかけるのだ。


「どうかいたしました??」

「いや、別に。」


最後の一口を頬張りナイフとフォークを置けば、スッと皿が下げられた。


「……食器洗うくらいはする。」


当然の如く片付けをしようとするので、それを止めようとしたが逆に制されてしまった。


「まだ無理して立ってるレディに、いやマコちゃんに片付けなんてさせられないよ。だから座ってるか休んでるかしてて??」


そう言って、座らされてしまった。


「でも、」

「何かお返ししないと気が済まないって質なんだろ??治ったら嫌でもジジイがやることくれっから。な??」


なんとなしに考えを読まれた気になって軽く舌打ちをする。


「あ、どうしても今何かしたいってならー。マコちゃんが笑ってくれたら俺元気出ちゃうんだけどなー??」


急に鼻の下を伸ばしてデレっとした顔を見せる奴に読まれるなんて気に障らないはずがない。更に大きく舌打ちすると、


「ウザい。後ちゃん付けんなキモイ。」


と奴を睨みつけた。しょぼくれられたけどこいつきっと懲りないな、と諦めが浮かぶと同時にため息が出た。



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