03
「おっ待たせしましたマドモアゼるぅっ!?」
マコちゃん用に綺麗に彩られたプレートを手に彼女が待つ部屋に軽やかなステップで向かい、恭しくお辞儀をしながらプレートを差し出すや否や、寸分の狂いもなく眼球を狙った手刀が飛んできたもんだからプレートの位置は変えずに首だけ仰け反らせたら声がひっくり返った上に脛椎辺りからゴキリと嫌な音がした。
「あんた学習って言葉知ってるか??」
相変わらず深いシワを眉間に刻んだままの彼女が言う。レディと呼ぶのがお気に召さないようだからマドモアゼルにしたのだがこれもいけないのだろうか、気難しい子だ。
「レディもマドモアゼルもお気に召しません??」
「召さない。」
答えが間髪入れずに返ってきたのでよほど気に食わないらしい。ひとまず姿勢を正してから先にお食事を差し出し直す。
「改めまして、お食事でございます。」
「ん、ありがと。」
言い回しに寄っては普通に返してくれるし、感謝もしてくれるいい子のようだ。レディやマドモアゼルの何が気に食わないのか。用意したサンドイッチを両手で掴んでチマチマと食べる様子は小動物のように可愛らしいのだが。等と思っていると、ふと視線を上げたマコちゃんと目があった。
「如何なさいました??」
「………。」
モグモグと口を動かしながらこちらをじーっと見つめて来るものだから何だろうかと首を傾げる。何か言いたいことがあるのだろうか、サンドイッチもお気に召さなかったのかと一抹の不安が過るが気に食わないなら直ぐ様突き返されるだろうからそれはないだろう。それならば一体どうしたのだろうか。それにしても本当に綺麗な瞳だな。ダイヤモンドのようだと思ったが、
「よくよく考えれば海からやってきてくださったのだからダイヤというより真珠……!!決して届かない真珠の美しさに心囚われてしまった私は一体どうすればいい……!!」
と、そこでハッとした。途中から声に出ていたことに気がついたときには、クソジジイもマコちゃんも哀れみの目でこちらを見てから、
「何か突然語りだしたけどこいつバカなの??」
「あぁ、ボケナスだから放っておいてくれ。」
と、二人して頷きあっていた。哀れともさげずみとも取れるその視線もまたいいもんだ。
「とりあえずこっち見て鼻の下伸ばすの止めろ変な眉毛。」
「かしこまりました。」
レディのご要望とあってはしょうがない。視線を他にやろうとしたらクソジジイと目があったので一気にテンションが下がった。さっきまでのときめきを返せ。やっぱり視界に入れるなら愛らしいレディの方がいい。
「いや、だからさ。」
マコちゃんがため息をついてから口を開いた。
「ガン見されたら食べにくい。折角おいしいんだから。」
しれっと言われた一言を頭の中で反芻した。真顔でただ黙々と食べてたけどやはり気に入ってくれてたし、何よりそれを言ってくれたことが嬉しくて衝撃が走った。いや、普段ご来店されるレディ達も美味しいくらい言ってくださるのになんだと言うのか。とりあえず食べづらいというのは一大事なので視線を彼女と正反対の方に向けた。
「おい、チビナス。」
「あ??」
そんな衝撃の余韻に浸る間もなくクソジジイが話しかけてきた。
「ディナー前の買い出し、お前言ってこい。こいつ連れて。」
「へ??」「は??」
そしてマコちゃんを指すもんだから、ほぼ同時に疑問符が浮かんだ。
「買い出しついでにマコのやつ病院に放り込んで来い。」
「あぁ。」
「は、ちょ待て、待ってください。」
クソジジイのその言葉に納得する俺。しかし何を言っているのだと言わんばかりに、マコちゃんが言う。
「なんだ。」
「なんだ。じゃない。金無いし大したことないから病院なんて行かなくていい。」
そう制するマコちゃん。クソジジイは葉巻を取り出すと、くわえてから返した。
「金は出す。」
「なんで、」
「あいつの孫だってわかって蔑ろにしようもんなら何言われるか分かったもんじゃないからな。それに、」
火を点けながらそこまで言ったジジイは一旦言葉を切ると煙を吐いた。
「女が、それもガキが怪我してるってのにほったらかしたりなんざ出来ねぇよ。」
「………………っ、」
そう言われたマコちゃんは何故か歯を食い縛り、苦々しげな顔をした。そこまで病院が嫌なのだろうか。
「安心しろ。お尋ね者だって診てくれるとこだし、金はやるんじゃねぇ。やせ我慢しなくても歩けるようになったら労働で返してもらう。」
クソジジイは立ち上がるとマコちゃんの方へ歩いていき、ポンと手を頭に乗せた。
「だから、船の安否が確認出来て戻れるって決まるまで安心してここに居ろ。」
じゃ、あと任せたぞ。と言い残してジジイは部屋から出ていった。マコちゃんは何故か俯いたまま、サンドイッチを睨み付けていた。
「………………。」
ギリ、と小さな歯軋りが静かになった部屋で聞こえた。
「………、マコちゃん??」
恐る恐る呼び掛けると、バッと顔を上げてこっちを見てきた。何を言うでなく、やはり睨み付けるように見てくる彼女。どうしたものかと、頬を掻きながら、
「えっと、食べない、の??」
と聞けば、視線を再びサンドイッチに落とし、まるでやけになったかのようにがっと一気に頬張った。さっきまでゆっくり食べていたのに無理矢理詰め込むように口の中に入れて飲み込んでしまった。それでも尚、不満げな顔をしていた。沈黙が続くなか、どうにかして笑顔になってもらえないものかと頭を悩ませる。
「あ、そうだ。」
冷蔵庫の中に良いものが入っていたことを思い出して、突然声を上げた俺にマコちゃんは訝しげな視線を寄越した。
「少々お待ちくださいね。」
笑って会釈するや否や、部屋から飛び出してキッチンに向かう。冷蔵庫の中に今朝作ったデザートの試作があるはずなんだ。試作とは言え、自信作だ。甘いもので笑顔にならないレディは居ないに決まってる。
キッチンの扉を雑に開け放ち、クソコックどもを退かしながら、目当ての物とスプーンをひっつかみ急いで戻った。
「これ、今度うちで出そうかって考えてるデザートなんだ。良かったら試食してくれないか??」
そう言って空になったサンドイッチの皿と交換にデザートを手渡す。
「………白い、ムース??」
「いや、プリンだ。」
「プリンは黄色いもんじゃないのか。」
「まぁ、いいからいいから。」
恐る恐る、といった風にスプーンで掬って、口に運ぶ彼女を少し緊張しながら見守る。眉間のシワが緩んで口角が僅かながらに上がるのを俺は見逃さなかった。さっきよりも明確な衝撃が走った。わかった。彼女はただのレディじゃない。
素敵な瞳を持つ天使だ。
「………おいしい。」
その一言が聞こえた瞬間に、衝動に身を任せて部屋の窓を開け放った。
「うぉぉぉぉ俺は幸せ者だぁぁぁぁ!!」
叫んだお陰で後程散々非難されたのは言うまでもないであろう。
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