槿花一日。







01


突然のシケだった。


「帆を畳めー!!」

「甲板に溜まった水を出せ!!」


総動員で右へ左へ上へ下への大騒ぎ。当然、私も甲板に居た。


「船長!!正面に岩礁があります!!」

「回避しろ!!面舵だ!!」

「船長間に合いませんぶつかります!!」

「チィ、全員船にしがみつけ!!」


更に突然のハプニング。慌てて船縁を掴もうと手を伸ばした。が、けたたましい衝突音がして、船縁を掴もうとした手が空気を掴んだ。


「――――――!!」


あ、やばい。無駄に冷静な頭でそう感じた時には既に甲板からほうり出された後で。更に落下する先に小さな岩礁。あの上に落ちたら死ぬんじゃないか、と思っても空中では何も出来ずに、右脇を岩礁に打ち付けた。そしてそのまま海へ。暗い海の中赤いモノが滲むのが見えた。死に物狂いで海面に上がり不幸中の幸いかぶつかった際に出たものであろう木の板にしがみついた。


「誰、か………!!!!!」


今にも沈みそうな板の上で叫ぶも波に掻き消され、そうこうする内に船はどんどん遠ざかる。


「誰かっ…………!!!!!!!!」


助けを求める声が届くことはなく、そのまま意識を手放した。




Ж





チャプチャプと波音がやけに遠くに聞こえる。目は開かない。体もピクリとも動かなくて、感覚もない。私、どうしたんだっけか。
うっすらと目を開けると板と海が見えた。あぁ、そうだ、シケで、私、


「おい、お前!!生きてんのか!!」


不意に頭の上から声が降って来た。


「生きてんなら返事しろ!!」


男の声。返事をしようにも喉が渇いて声が出ない。代わりに少し手をあげて見せたが、すぐ力尽きて落ちた。駄目だ、眠い。次の瞬間には再び暗くなっていった。




Ж





目を覚ますと寝かされていた。視界がなんだかぼんやりする。一体ここは何処だ。体は相変わらず力が入らず目だけ動かして辺りを伺う。暗くてランプの明かりがオレンジの光りを発していた。とりあえず夜らしい。


「あ、」


何処からか声が聞こえた。聞き覚えがあるその声に何とか寝返りをして、声の主を探そうと試みる。


「いっ………つ、」


右脇が尋常じゃなく痛んだ。なんとか俯せにはなったがそのまま力尽き枕に頭を埋めた。


「大丈夫ですか??レディ。無理しない方がいい。医者が言うにゃ少なくとも1週間は絶対安静らしい。」


そう声が言って、足音がこちらに近づく。少し横を見れば、枕の向こうにスーツが見えた。


「あ、んただ…ケホっ、れ゛。」


もう少し視線を上げると顎ヒゲを少し生やした金髪の男が居た。何者かと問うた言葉はい辛っぽい喉のせいできちんと発せられることはなかった。噎せる私の背中を男は摩った。


「大丈夫、じゃねぇよなぁ。ただ今お水をお持ちしますね。」


困ったように笑ったそいつはそう言って私の頭を軽く撫で、部屋から出て行った。あげた視線を枕に戻した。当然本調子とは程遠く、直ぐさま瞼が重くなっていった。




Ж





水と痛み止めを持って、部屋に戻ると彼女は俯せで顔だけこっちに向けて眠っていた。


「…………、お水お持ちしましたよ。」


ベッドに近寄りながらそう告げる。規則正しい寝息が聞こえるだけでリアクションは全くない。


「レディ??」


ベッドの脇にしゃがみ込み、もう一度声をかけてみる。すると、うっすらと目が開いて、焦点が合ってるのかわからないような目でこっちを見た。こんな時に思うのも何だが、凄く綺麗な瞳だと思った。さながらダイヤにも見える、銀色。


「お水、お持ちしましたよ。」


そう言って、コップを見える位置にやれば、起き上がろうとするもんだから慌てて止めた。


「ストローあっから、そんままで大丈夫だ。起き上がんな。」


背中を摩りながらストローを差し出す。それを見るや否や直ぐさま口にする彼女。よほど喉が渇いていたらしい。一息に飲み切った彼女はストローを口から離すと咳込んだ。


「あん、がと。」


まだ掠れた声でぼそぼそと言った彼女の頭を何気なく撫でれば、手を払われた。


「何か食べます??」

「い、らない。寝る。」


それだけ言うと、怪我が痛むだろうに彼女は無理矢理寝返りをして俺に背中を向けた。構うな、ということだろうか。


「かしこまりました、レディ。」


それならば、コップを片付けようかと立ち上がる。


「おやすみなさい。」


と、一言声をかけて。



Ж




ユラユラ、床が揺れる。船が波に乗って揺れる。生まれてから先ずっと側に有った心地好い揺れ。辺りは明るい気がする。しかし、心地好い揺れに加えて何だかとても暖かいので何だか起きる気にならない。あぁ、でもいい加減起きないとみんなが起こしに来るかな。私の上にダイブされても困るな、でも起きたくない。
寝返りをうって仰向けになろうとした、途端、右の脇腹に鈍痛が走る。


「っつ……、ぅあ??」


一気に醒めた目を開ければ見慣れない天井があった。


「何、処だここ。」


ゆっくり身体を起こすと眠る前のことを思い出した。そうだ、海に落ちて怪我してどっかに拾われたんだっけか。足をベッドから投げ出して、自分が大きなシャツ1枚しか着ていないことに気が付いた。昨日の金髪スーツの奴のだろうか。


「いっ……!!」


立ち上がろうと力を込めれば、左側の太股からも鈍い痛みが走る。包帯が巻かれているから怪我しているんだろう。どうにかこうにか立ち上がると、素足でペタペタと歩きだした。


「あ、」


机上に置かれた見慣れたウエストポーチを手に取る。中身を出して見ると、どうやら一度中身を出して乾かしてくれたらしい痕跡があった。中身の配置が少し違うし、何より中身が濡れていない。ありがたいと思いながら腰にポーチを着けた。辺りを見回すと、タバコと灰皿、ノートが沢山、それからスーツが何着か。どうやらあのスーツの奴の部屋らしい。試しに机の上に置きっぱなしのノートを開けば、ひとまず彼の職業は知れた。


「コックか。」


まさか、同業の船じゃないだろうな、と、嫌な予感が過ぎるが、だったらそれはそれで強攻策に出るなりなんなりすればいい。そう思いとりあえず部屋から出ることにした。


「んだとてめぇ!!」


途端に聞こえた荒っぽい声に、やっぱりそうかと頭を掻いた。



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