槿花一日。






21


やはり黙って何にも気付かない内に、というのは無理だったか。シャークサブマージ3号を睨みつけるように見つめるマコを、どうしたもんかと見遣った。


「おい、どうしたサンジ。」


先に乗り込んだフランキーが再び入口から顔を出した。


「ん、あぁ、」


なんて言ったらいいものかと、不明瞭な返事を返す。


「何がしたい??」


不審がるマコは至極端的にそうとだけ言った。


「私をここに連れて来たから何??ここに連れてきた意味は??」


普段のツンなんて比に為らない、刺々しさがそこかしこに伺える様な物言いで。


「悪い。」


一言口にすれば余計にマコは眉間にシワ寄せた。


「別に、謝って欲しい訳じゃ、」


そう言って、一瞬彼女の視線が俯いた瞬間、マコの腕を掴んで引き寄せ、自ら口で言葉を紡ぐ途中の彼女の口を塞いだ。瞬間的にマコが驚いた顔をして、その顔が朱に染まった。


「なっ……!!」


驚いたマコを抱え上げると、彼女が抵抗という動作をする間もなく、強引にシャークサブマージ3号に乗り込んだ。


「待たせた、フランキー。」

「別に構わねぇが、おめぇ、もう少し人目を憚れよ。」


運転席に座り呆れたような顔でフランキーは言った。



Ж




不覚だった。急にあんな事されるなんて。まんまと乗せられてしまった潜水艦。脱出を試みれば、サンジに捕まってしまった。


「離せ。」

「ちょっとだけだから。」


困ったような顔をするサンジ。困るくらいならやらなければいいのに。何を考えてるのかが、本当にわからない。まぁ、同時に自分のこともわからないのだが。このまま潜水艦に乗せられているのが嫌なのだが、なんで嫌なのかがわからないのだ。また、もやもやする。


「出すぞ。」

「あぁ。」


そんなことを考えてる内に潜水艦は出てしまって、逃げられなくなって、せめてもの抵抗に、窓から目を逸らした。

何か、嫌だ。
何かが、嫌だ。


「マコ、」


また、困ったようにサンジは言う。


「何。」


ぶっきらぼうにそう返した。


「外見ねぇの??」

「……………。」


口をへの字に結んで視線を床に下ろした。イヤダイヤダイヤダ。何かが、嫌だ。


「なぁ、」


サンジが、私の顔に手を添えて、自身の方に顔を向けさせた。


「何。」

「…………追い詰めるみてぇで嫌なんだけどよ、」


その顔が酷く申し訳なさそうで、更に、サンジの瞳に映った自分の顔が情けない顔をしていて、


「逃げても、見て見ぬ振りしてもよ、現実は変わんねぇぞ??」


告げられたサンジの言葉がイマイチ、ピンと来なくて、目をしばたかせた。
逃げる??見て見ぬ振り??誰が??私が??何、を??


「着いたぞ。あれか??」


そこに声をかけてきた鉄人。思わず振り返って、そこに有った光景に絶句するしかなかった。

黒焦げの船が一隻沈んでいた。

どことなく見覚えのあるそれに、動けなくなった。自分の呼吸音が、心音が良く聞こえた。紛れも無い、一つの終わりがそこに在った。




Ж





何も発せられることはなかった。ただ、そこに在る光景に叫ぶでもなく、拒絶するでもなく、ただ彼女はそれを見ていた。


「マコ??」


放心する彼女を膝の上に乗せて、極力普段通りに、優しく声をかけると、マコに手を捕まれた。歯ぎしりの音がして、少し俯いた彼女は数瞬すると再び前を見据え、一度深呼吸をすると目元を拭った。泣いたのか否かは見えなかった。


「下ろせ。」


そう言って振り返った瞳は迷子のそれではなくなっていた。


「かしこまりました。」


膝から下ろすと腕を組み、足を組み、背もたれに踏ん反り返るようにもたれ掛かり、


「もう浮上していい……"フランキー"。」


突然変わった呼び方に俺とフランキーは顔を見合わせ、それから少し笑うと、


「了解だ、ちび。」

「黙れよ変態サイボーグ。」


いい笑顔でそう言ったフランキーの座る座席の背もたれをマコは全力で蹴った。


「そんなに俺をリスペクトすんなら兄貴と呼んでくれてもいいぜ??」

「……あんた一回医者行け。」


そんなくだらない軽口の応酬に、なんだか安心した。



Ж




「こんななら、酒なり花なり持って来るんだった。」


無事甲板に戻ると、盛大なため息をつき、そう言ってマコは頭を掻いた。


「何すんだ??」


その傍ら、船縁に座ったルフィが首を捻った。


「弔いのひとつもしないのは流石に親不孝過ぎる。」


と、海を覗き込む彼女の肩が船縁から生えた腕に叩かれた。


「――――!?」


その異様な、俺達にとっては見慣れた光景にマコは一歩後ずさると俺をちらっと見た。


「ロビンちゃんだ。」


煙混じりにそう言って、甲板の一段上がった花壇の方にいたロビンちゃんを指し示すと、ロビンちゃんはクスクスと笑っていた。


「驚かせてごめんなさい。お花、あげようかと思って。」

「普通に声かけて。驚いた。」


花を差し出したロビンちゃんに歩み寄りながら、マコは不平を言って、


「………花、ありがと。」


ボソリと付け足した。


「フフフ、どう致しまして。お酒はサンジに頼めばいいんじゃないかしら。」


笑うロビンちゃんの言葉にマコがこっちを見る。


「あー、ちょっと待ってろ。」


俺個人の酒なら誰も文句言わねぇだろうとキッチンに向かおうとすると、先に、キッチンから出て来たマリモが言われるでもなくどこからか俺の酒を持って来た。


「おら、こいつなら俺は文句ねぇから使っちまえ。」

「なっ、マリモてめぇよりによってそれかよ!!」


よりによって一番高いやつをちゃぷちゃぷ鳴らして見せるマリモがにやりと笑う。


「なんだてめぇの女の家族の弔いに出し惜しみか??」

「んなことするわきゃねぇだろ黙ってろ藻!!」


酒瓶をふんだくってマリモにガン飛ばして、マコに渡した。


「………いいの??」


ラベルをちらっと見て、マコはそう問う。


「いい。もう何も言ってくれるな。」


半分妬けになって言えば、マコに突然ネクタイを引かれ、前のめりになったかと思えば頬にキスされた。


「御礼。」


一言そう言って背を向け船縁に歩いて行く彼女に心を撃ち抜かれたのは言うまでもない。横でマリモが鼻で笑いやがったから一発蹴りくれてやったが避けられた。小さく舌打ちをした。
マリモはほって置いて、船縁に視線を向けるとマコは歯で綺麗にコルクを抜いて、瓶から直接一口酒を煽ると、残りを海に注いだ。空になった瓶を傍らに起きロビンちゃんから受けとった花を、何処からともなく出してきた黒い布を花束の包装の要領で巻き付けた。それから、彼女のポケットに入っていた小さな包みを、花の隙間に突っ込んで、それを海に投げ入れた。


「………よかったのか??」


マコの横で海を除いていたルフィが言った。


「いいの。ここに置いてく。」


少し笑ったマコが見つめる先の水面には、花と1つのジョリーロジャーが浮かんでいた。


「なぁお前、俺の仲間になれ!!」


飽きることなく紡がれるその言葉に、彼女は笑った。


「いいよ。あんたの船乗ったげる。」







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