19「ゴムゴムの……槌ぃ!!!!」
振り上げられた足が海に向かって振り下ろされようとして、そこで彼は異変に気が付いたらしい。
「ん、あれ??」
捕まえて今まさに海へたたき付けようとしていた人間が今だ先程彼が見た場所から動いて居なかったことを。
「ん??」
器用に逆立ちしながら口をへの字にして首を捻った。それから、その人間、ようするに私を捕まえた筈の足を見上げた。
「んん??」
そこには一枚のポンチョがはためくだけであった。彼が足を下ろし、ポンチョを掴み上げると同時にポンチョはヒュッと彼の手を離れ持ち主の元へ飛んで行った。
「何したんだおめぇ!?」
ビシッと私を指差す麦藁くんに、私はポンチョを着直しながら、
「何で敵に手の内明かさなきゃいけないんだ。」
と、淡々と告げる。
「それもそうか。」
「あぁ。」
腕を組み納得するかのように頷く彼に、ぶっきらぼうに肯定する。
ちなみに、実際何が起こったか、というとだ、あの時肩を掴まれた私は彼が私から視線を外した隙に素早くポンチョのボタンを外したのだ。笑えるくらい綺麗に彼が足を振り上げた時にポンチョだけ飛んで行ったのだ。最も風にさらわれたり、海に実際に落ちたら困るから指から伸ばした細いロープをポンチョに繋いで置いたのだが。先程ポンチョが麦藁くんの手から逃げ出したのはその為だ。
「んにゃろー、布だからフニャフニャしてんのか??」
船から飛び降りた麦藁くんがそうぼやいた。
「さぁねぇ。」
態とはぐらかすようにそう言うと、彼は少しむくれたようにこちらを見た。
それから、グッと身を屈めると一気に彼との間合いを詰めに掛かる。
「縄<カナポ>!!」
当然の如く後ろへと跳んで逃げる麦藁くんを捕らえるべく縄で足を引っ掛ける。
「うわっち!!」
よろけた彼に馬乗りにならんと飛び掛かるもまた腕だけで自分を支え更に後ろに逃げる。
「逃げてばっかか!!」
そんな彼に叫ぶと、急にニヤリと彼が笑った。不審に思った次の瞬間、麦藁くんは突然私に目掛け跳び出した。
「なっ……!!」
やばいと思うもそう急に止まれる筈もなく、まんまと彼に腰を掴まれ真上に投げ飛ばされた。私は軽いもんだから、結構高くまで。
「空中じゃ避けらんねぇだろ。」
ニヤリと笑った彼の足が素早く伸びて、
「ゴムゴムの………、」
海に私を蹴り落とすつもりらしいのに気がつくも私は鳥じゃあない。
「槍ぃぃ!!!!」
横っ腹に麦藁くんの足の甲が叩き込まれ、海上まで吹っ飛ぶ。勿論痛くは無いのだが、落ちるのはまずい。凄くまずい。私は舌打ちすると海に落下するのを承知でポンチョを脱ぎ捨てた。
「布<ジャコネッタ>!!」
両方の腕をそれぞれ大きな布状に広げると、陸地の方に靡いた。潮風が陸地に向けて吹いているらしいのを、確認すると、
「飛行<ソヴォラメント>。」
海面に着水する間際、広げた布を翼、といっても形はさながらペンギン、のように形を変えて真下に向かって思いっ切り風を送る。身体が軽いのが幸いして多少は浮くのだ、多少は。
「すっげぇぇぇ!!あいつ空飛べんのか!?」
と、呑気な麦藁くんの声がする。いやいや良く見ろ!!とツッコミを入れたい。
「いや、ルフィ。良く見ろ。」
心の声が通じたのか、偉そうな緑の頭の青年の声がした。
「飛んでるっつぅよりもがいてるの間違いだろ。」
あぁ、そうさ。それが正解だとも。彼らの目には海に落ちまいと必死に手足をバタつかせている、お世辞にも優雅に飛んでいるとは言い難い私が写っていることだろう。潮風で少しずつ陸地に近づいてはいるが同時に少しずつ海面に近づいている。
「落 ち て た ま る か !!!!」
「アッヒャッヒャッ!!不思議ポンチョおもしれぇー。」
「わ ら う な !!」
何という間抜けな様だ。が、どうしようもない。落ちたら終いだ。と、その時幸か不幸か突風が陸地に向けて吹いたのだ。
「お、」
助かった。と思ったのもつかの間。思いっ切り吹っ飛んだ。
「ひぎゃああああぁぁぁぁぁっ!!」
陸地には着いたが、顔面から着地し、しかも西部劇のくるくる転がる枯草よろしくゴロゴロと転がるだけ頃がって、最終的には俯せで足からスライディングして止まった。
「アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!!!」
麦藁コノヤロウ笑い転げていやがる。睨みつけてやりたいのは山々だが、疲労困憊で、手と膝を付いたままゼーゼーと肩で息する他仕方ないのだ。
「クッソやっぱり飛行<ソヴォラメント>使えん………!!」
それでも立ち上がろうとしたらふらついて、その弾みでか、パンツの後ろポケットに入れていた小さな巾着が落ちた。
「あ、」
振り返って持ち上げれば、シャランと巾着が音を立てた。中にはモノクルしか入っていないはずだ。何故音が??と疑問に思って、それから血の気が引いた。
「まさか、」
慌てて巾着を開くと、モノクルはひしゃげ、ガラスの破片が中に散乱していた。さっき墜落した時に割れたに違い無く、ただ、私はそれを眺めた。
「なんだぁ、それ。」
間の抜けた麦藁くんの声がして、弾かれたように顔を上げる。
「なん、でもない。」
そう言って一歩下がる。
「そぉかぁ??お前なんか急に顔色変わったぞ??」
一歩近づいて、首を傾げる麦藁くん。冷や汗が首筋を伝う。
「なんでもない、ってば。」
そう言いながら巾着を閉じてポケットに突っ込んだ。声が震えていた。私は動揺しているらしい。
「そんなこたねぇだろ。」
更に追求する声にフツンと何かが切れた。
「……っつこい、なんでもないってば!!」
叫ぶと同時に、使う気は無かったが無いと落ち着かない。という理由で腰に装着していたナイフに手が伸びて、そのまま勢いに任せて彼の喉笛目掛けてナイフを振り上げた。
>>NEXT